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ヒトの記憶の”驚くべき能力”

エビングハウスの忘却曲線

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 エビングハウスの忘却曲線(図1)というものをご存知でしょうか? 心理学者のヘルマン・エビングハウスが自ら被験者となり「子音・母音・ 子音」から成り立つ無意味な英単語(kot, naf, guk, ...etc)のリストを作 成し、それを完璧に記憶した後、一定期間を空けてその内容を再び完璧 になるまで再度記憶したとき、どの程度時間がかかり、1から覚えた時 と比べて、どの程度時間を節約できたか(また、覚えるための反復回数 を節約できたか)を「節約率」として記録したものです。

 その結果は、1日後の節約率は約 34% だったとされています。例え ば、最初無意味な英単語を覚える時間が仮に 100 分かかった場合、1日 後に改めて覚え直す際には、76 分程度時間がかかるということす。結 果をみると、確かに初見の時と比べると時間が節約できているので、覚 えてから1日後の脳内には 34% の記憶が何らかの形で残っている、一 方で最初の学習から1日後には 66% の内容を忘れてしまう。という解釈がされています。

* エビングハウスの実験に対しては、無意味な英単語を使用していることや、被験者がエビング ハウス一人であることから一般的な学習に当てはめることができないのでは?という指摘も あります。実際エビングハウス自身もこれはあくまで個人の結果であり、一般化できるかどう かはわからないとしています。しかし、実験的な手続きでは比較的厳密な手法をとっており、同 様の結果が最近の研究でも報告されているので、新たにわかった新事実との対比とのため、広 く一般に知られているエビングハウスの研究を引用しています。

記憶理論の間違った !? 解釈

 エビングハウスの忘却曲線は復習とセットで引用されることが多いのですが、多くの方が復習(学習)に関して3つの間違った解釈をしています。
 それは...

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・復習をしなければ記憶は0%になってしまう
・復習(学習)は 100% 覚えるまで行う必要がある
 =復習(学習)は覚えようとしなければダメ
・復習は忘れる前になるべく早く行う必要がある

 です。間違っているというよりは、これまでの研究ではそう解釈するのが自然であり、最新の研究によって全く異なる新しい解釈が出てきたとい うことです。さらに、世の中にあふれる書籍やWEB記事の中には経験則 に当てはめたイメージ図を使用している場合が多いのも事実であり、これらのことが多くの誤解を呼んでいる原因となっています。

より効率的な学習方法がわかってきた

 長期間にわたる学習や復習の効果といった記憶の研究はその方法に 原理的な難しさがあるため長い間、科学的に扱われることは多くありませんでした。しかしパソコンがより身近に高機能になったことや、寺 澤教授のスケジューリング技術(特許取得済)を用いることで、今まで は測定できなかったヒトの持つ驚くべき記憶の能力を初めて可視化した結果、新しい事実がわかってきました。

 寺澤教授はこれらの「暗記学習に関する古い解釈」や、「〇〇式記憶法」などの効果が全く無いと指摘するのではなく、より効率の良い方法がわかってきたので、これらの古いやり方の非効率性を広く伝え、多く の学校現場で行われている知識獲得の指導法を変えていきたい。また、マジメな子ほど陥る記憶の落とし穴から子どもたちを救済し、勉強嫌いや学校嫌いになる子どもをなくしたいと訴えています。

人は一度見たものを忘れていない
 「思い出せないだけ」

 結論を先に述べると、人は一度覚えた、目にした、聴いたという感覚情報 レベルの記憶を、忘れずに、長期間脳内に保持していることがはっきりと わかってきています。
 それはエビングハウスの忘却曲線からも見て取れます。忘却曲線の1ヶ 月後の値に注目すると、一度覚えてから復習を1ヶ月間行っていないにも かかわらず節約率は 21% となっており、脳内には僅かながら最初に行った学習の効果が残っていることがわかります。(図1)ただし、潜在記憶の レベルで長期間保持していると言っても、思い出せる部分は僅かで、学習 者本人はそれを自覚することができない場合がほとんどです。この僅かな 学習の効果を目に見える形で検出し(世界初)、学習者にフィードバックす ることで、後述するように学習者の意欲を確実に高められるようになると 同時に、効率の良い学習方法が提案できるようになってきています。

* この他、1ヶ月以上期間を空けた場合でも同様の結果を示す実験が複数あり、寺澤教授他による 一度聞いたメロディーが1~4ヶ月経った後に影響を及ぼすという実験結果や、5ヶ月前に何回 学習したか、という僅かな学習回数の効果が5ヶ月後の成績に影響を及ぼす結果も明らかになっ ています。(詳細はホームページに掲載しています)


潜在記憶と顕在記憶

 このように僅かながらも長期にその効果が残っている記憶は「潜在記憶」 と呼ばれており、母国語や常識のように頑張って思い出そうとしなくても 浮かんでくる、忘れない知識も潜在記憶に含まれます。それに対して、覚え てもすぐに消えてしまい、頑張って思い出そうとしないと出てこない記憶 は「顕在記憶」と言われています。顕在記憶は一夜漬けの学習で手に入る一 時的な記憶で、その効果は期間を空けると消えてしまいます。一方で潜在記 憶は私たちが話している日本語や、すでに知識として覚えている記憶を指 し、入学試験や資格試験のような実力を測るテストの成績は潜在記憶が基盤となっており、一度覚えた後は忘れることはほとんどありません。

テスト(効果測定)はいつありますか?

 仮に明日テストがある場合の学習方法は、一夜漬けの学習で獲得できる 顕在記憶レベルでの学習が効果的です。幸か不幸か「過去に行われている効果的な学習方法や教育方法を検討した研究のほとんどは、その効果測定 であるテストを、直後や、翌日、1週間後など短期間で行っているために、 顕在記憶のレベルでの効果を測定したものがほとんどだ」と寺澤教授は指 摘しています。巷にあふれる「〇〇式記憶法」や「〇〇流暗記術」といった類 のものは、その効果が顕在記憶レベルであることが多く、明日のテストには有効でも、先述のような潜在記憶を使う入学試験や資格試験のような実 力を測るテストの勉強に必ずしも役立つわけではない点には注意が必要です。

 このように、テストは学習の効果測定であり、「テストがいつあるのか」 は学習にとって非常に大きな意味を持ちます。学習者の視点に立つと、テ ストがいつあるのかを念頭に置き、計画的に学習を行わなければ良い点を 取ることはできません。また、教育者(評価者)の視点に立つと、テストをい つ行うかによっては、学習者(被評価者)の実力を正しく判断することがで きず、学習者を本当に正しく評価しているのか?という点に大きな疑問を 残すことにもなります。

 一方で、学習者が今後身につけるべき学習内容はすぐ忘れて良い記憶で はなく、数年後の入学試験や社会に出てからも必要となる、常識や、英語力 といった実力レベルの知識です。入試で良い点を取ったり、英語が話せる ようになりたい!という場合は「潜在記憶」の実力レベルで習得すること が好ましいと考えるのが自然です。では潜在記憶レベルでの学習とはどの ようなものを指すのでしょうか?

潜在記憶に効果的な学習量は?

 前述の通り、一度記憶したもののうち、思い出せなくなってしまう顕在 記憶の部分と、長期に残る潜在記憶の部分があるとすれば、単に覚えれば良い暗記学習は潜在記憶に残る部分だけを行うのが最も効率の良い方法であるといえます。その点について、寺澤教授は次のような実験研究を 行っています。

 高校生を対象に、表示された【英単語の意味】をどの程度覚えているかを 【0:全くだめ~3:良い】の4段階で自己評定してもらうという現在の マイクロステップ・スタディの形式に近い e-Learning 学習をしてもらい、 1日の中で学習する回数が1~8回となる条件の単語を用意した上で、そ の学習を1ヶ月おきに半年以上継続する実験を実施しました。次の図2 は、その5ヶ月目の成績を 1 日の中での学習回数(1~8 回)に対してプロットしたものです。

* 当然ながら、条件の効果を正確に測定できるよう、学習条件やテスト条件、インターバルなどは厳 密に統制されています。

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6回以上の繰り返しは非効率! (英単語の場合)

 図2を見ると、1日の中の学習回数の効果は5回を境に積み上がらなくなっています。つまり、潜在記憶レベルにおいて 1 日の学習(復習)で何回 学習すれば良いか?という問いには明確な回答があり、それは英単語の場 合は 1 日5回が限度ということです。復習はその場で 100% 覚えるまで まで何十回も書いたり、声に出したりすることが良いような気がします が、実際は、単に見るだけの学習にもかかわらず、6回以上の効果は積み上 がらないことが明らかになっています。つまり、一日の中で同じ英単語を 10 回も 20 回も学習することは、実力レベルでは無駄な時間を費やして いることになります。逆に、一日の中で学習する英単語の種類は増やして も問題にならないと考えられます。ここに、効率的な英単語学習のヒント があります。その他の実験室実験でも潜在記憶の成績は学習回数に対して 単調には上昇しないことが数多く示されています。また、【難しい漢字の読み】を学習課題とした同様の実験では、さらに少なく、3 回以上の学習は効 果が積み上がらないという結果も出ています。

 先述の通り、この実験で用いた e-Learning の実際の学習は「問題を解 く」「時間をかけて覚える」というものではなく、単語とその意味が画面に 表示され、その単語をどの程度理解できているかを自己評定するだけの
「見流す学習」であり、その学習時間の平均は1~2秒の僅かな時間です。 そのような学習でも復習(学習)の効果が残り続けることが過去の別の実 験結果からもわかっています。その見流す学習こそがマイクロステップ・ スタディの特長であり、「覚えようとしなくても覚えられる「」見流すだけ で OK !」という部分の根拠となっています。(図 3)

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継続は力なり

 先述の実験の結果から、英単語の学習はなるべくたくさんの量を行う 方が良い、ただし、1 日の学習回数が 5 回以上は統計的に有意な効果が積 み上がらないので、1 日の学習回数は多くとも 5 回程度見流せば充分。そ れ以上は非効率であることがわかりました。一方で、同じ回数を学習するのであれば、学習をばらけさせ長い期間を かけた方が良い、という結果も示唆されています。


 図 4 では学習を 1 日でまとめて行った場合と、7ヶ月間に分散させた 場合の効果の違いを示しています。いわば「継続は力なり」。この部分は経験則としても、多くの先生方が同 様の考えをお持ちではないでしょうか? 一度にまとめてやるよりも、 コツコツと継続することが大きな効果を持つということです。ただし、何 百もある英単語の一つ一つを、いつ、何度学習するのかを学習者ごとに把 握・管理し、学習を促すことができなければ効率的な学習は提供できま せん。それを可能にしたのがマイクロステップ・スタディです。

[ 実験 ]1 日に見る(学習する)回数を1~8回ごとに指定し、1ヶ月のう ちに 1 日だけ学習を行った単語について、1 日の学習回数が7回条件の 2ヶ月目の値と、1 日の学習回数が1回条件の8ヶ月目の値を比較したも のです。被験者:高校生
[ 実験内容 ] いずれの条件も7回の学習の後、最後の学習から1ヶ 月の期間を空けた上で成績の測定が行われました。

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間隔と回数のスケジュールこそがキモ!

 これまでみてきたように、学習(復習)に対しては、「いつ、どのくらいの 量を、何回、どのくらい間隔を空けて、どの期間行うか」というスケジュー ルが大変重要だということをわかっていただけたかと思います。また、入 試や、社会で通用する実力を身につけたいのであれば、潜在記憶のレベル で効果を発揮する学習を行う必要があるという点もわかっていただけた ものと思います。寺澤教授のこれまでの研究の成果をまとめると次の通 りです。

潜在記憶のレベルで記憶するならば

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マジメな子ほどムダな努力をしている!

 マジメな子ほど、「復習は忘れないうちにやらないと!「」覚えるまで やらないと!」と、たくさん英単語をノートに書いて覚えようとした り、その場でソラで言えるまで何度も繰り返したり、多くの時間を費や しているのではないでしょうか。ですが、その多くの学習は実力レベル
(潜在記憶)でみれば効果が積み上がらず、ムダを強いている可能性が 高いと言えます。小テストでは良い点が取れるのに、模擬試験や、実力 テストのような学習から長期間を開けたテストでは成績が振るわない というマジメな児童・生徒に思いあたりはありませんか?

 もちろん短期間で集中的に行う学習方法は一夜漬けで獲得できる 「顕在記憶」のレベルでは高い効果があります。翌日に小テストがある ならば、なるべくたくさんの量を覚えようとして学習する方が良い点 が取れるはずです。ですが、先述の通りで、学習者が目指すべき知識の獲得は「潜在記憶」のレベルで行われるべきです。

小テストの功罪

 言い換えれば、知識習得の場面において、先生が一番やってはいけないのは「小テスト」です。知識習得の際に小テストのような一夜漬けの 効果を測るテストをこまめに実施してしまうと、確かに児童・生徒は 一定量の学習に取り組むため、学習を全くやらないよりはマシかと思 われるかもしれません。

 しかし、マジメな子ほど一夜限りの一時的な記憶を獲得するために ムダな時間を費やし、その場では良い点が取れ、記憶できたかのように 見えても、結局その大部分が身に付かずに終わってしまっているとい うことです。

 この部分に対して寺澤教授は強い危機感を抱いています。極論をい えば「学校で知識習得を確認するテストをするべきではない」とも指摘 しています。一方、マイクロステップ・スタディは全てのテストが抜き 打ちテストのようになっており、実力レベルで正確に問題ごとの成績 を何度も測定できるようになっています。

 本当の意味で知識習得を測るテストは短期間における1度や2度の 「点」による測定ではなく、日々の学習や、前回学習時の結果との比較、 学習からどれくらいの期間が空いた結果なのかといった綿密な事前の学習計画に基づく「面」での測定が必要不可欠です。

暗記学習に「革命」が起きない理由

 そのような綿密な学習計画とは【莫大な量の記憶すべき事項を網羅 し、「いつ」どのようなタイミングで学習を繰り返し、さらにテストは各 学習からどのくらいのインターバルをあけて実施するのかを、個人ご とに、問題ごとに制御し、顕在記憶の影響を小さくし、潜在記憶となっ た実力を正確に測定するスケジュールを作る】ことです。それに従って データを収集することで、実力として身についた問題を学習リストか ら外していく処理(後述する個別最適化処理)もようやく実現されるこ とになりました。

 そのような綿密な学習計画と測定は人間ワザだけでは不可能であり、 様々な学習法があっても一向に暗記学習に革命が起きないのは、その学 習計画の管理が個人ではできないからに他なりません。ですが、綿密な 学習計画をコンピュータに任せ、それに基づく適切な指導があれば暗 記学習に革命を起こすことが可能です。それを可能としたのが、まさに マイクロステップ・スタディを支えるスケジューリング技術(特許取 得済)です。そこで得られた様々な学習者の情報を本人や学校現場へフィードバックすることで、より良い学習環境を提供することが可能 となっています。

AI 時代の教師の役割とは?

 従って、「知識習得を測定する」「知識を身につけさせる」のは先生の仕事ではなくなります。児童・生徒が個別に実行し、そのサポートを我々 のような外部の機関がコンピュータ(AI 技術を含む)を駆使し、正確な 情報に基づき行う、という流れが本来のあるべき姿だと考えています。 今までは、それを示す客観的なデータも収集できず、小テストに変わる 評価指標が提供できなかったのでこの主張を大きく声に出すことが出 来ませんでしたが、それができるようになった今、知識を習得させるた めには学校でテストを行うべきではなく、知識習得は先生の仕事から切 り離すべきだと寺澤教授は強く強く主張しています。

 そんな AI 時代の先生の仕事は、我々のような外部機関から提供され る子ども達の正確な成績結果をもとに、知識理解の評価を行い、子ども 達一人ひとりの状況(普段の様子や家庭環境等)に応じて適切なアドバ イスや指導を行う、というものです。それは、人間にしかできない、経験 がものをいう大切な仕事です。先生の適切な指導やアドバイスがあれ ば、今まで多くの子ども達が挫折し途中で諦めてしまっていた知識習得 学習を、意欲を失わず継続することも可能となります。また、効率化され た知識習得学習により余った時間を使い、経験や体験を通じた学習の 時間を今まで以上に確保することも可能となります。その一つのツー ルとしてマイクロステップ・スタディがお手伝いできればと考えてお ります。

大切なのは個人の成績を正しく評価する事

 こどもたちが何を理解し、何を理解できていないのかを一人ひとり に対し正しく正確に把握し、その結果に基づき、適切な学習支援を提供 するという、いわゆる「個別最適化」が最も大切な視点となります。仮に 5回ある問題に正解すれば英単語は覚えられるという研究結果があっ たとして、本当に全員がその基準をクリアすれば英単語が身につくで しょうか?決してそんなことはなく、そこには大きな個人差が存在します。

 次回以降の記事では、それらの個人ごとの学習情報を正確に把握する ことの大切さとその難しさ、それをクリアしたマイクロステップ・ス タディの個別最適化の仕組みについて解説しています。

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