辻村深月さん『嚙み合わない会話と、ある過去について』を読んで

辻村さん3冊目。
短編集で4つの話があるので、それぞれに感想を。

ナベちゃんのヨメ

痛いほどナベちゃんの気持ちが分かってしまう。
私とナベちゃんはきっと似た性格なんだろう。

恋人が欲しい。
誰かの特別になりたい。
自分を愛してくれる人を全力で愛したい。

そんな願いを叶えるために、真面目で優しいが恋愛経験値が不足している私たちが何をするのかというと、徹底的に優しく頼られる人間になるために行動する。
困っている人がいれば声をかけ、過剰なほどまでに手厚くサポートし、「私は害のない男ですよ」とアピールするために絶対に男女の一線に近づかない。
恋愛経験値が低すぎて異性としてのアピールはできないので、温和な人間力のアピールをするしかない。

なんでこんな悲しい自分のことが物語になってしまって、解像度が高く描かれてしまったのだろう。
辻村さん、ほんとやめて。

手に入れた恋人に、婚約者に尽くすため、期待に答えるために女友達を捨てる道を選んだナベちゃんは幸せなのだろうか。
幸せを選ぶ選択で、今までの自分を否定するような生き方をこれから先も続けられるのだろうか。

素の自分でいることができる恋人って大事なんだなぁ。

パッとしない子

ネット記事か何かで見た。辻村さんのこの話がヤバいと。
どうヤバいのかは知らなかったが、この話のタイトルだけは記憶してた。
だから期待してたよ。いい意味で。

話の感想はぜひ読んでみてくれって感じ。鈍感ダメ人間vsひねくれネチネチ人間。ダメ人間側はダメ人間な分の落ち度があって最初から勝負あり。

私の感想は「パッとしない」という評価について。
使いやすく、分かりやすい表現だと思う。
でも深堀りしていくと、表現の仕方はたくさんあることに気付く。
「誰に対しても優しかった。例えば〜」
「引っ込み思案で消極的だった。例えば〜」
「私は遊んでないけど、決まった仲間といつも一緒にいた。○○と○○とで〜」
「何を考えているのか分からない子だった。いつも話し合いのときには黙ってて〜」
など、いくらでも「パッとしない」の内容を具体的に話すことができる。

それなのに「パッとしない」と我々が使ってしまうのはなぜ?
それは無関心だから。
自分にとってどうでもいい人だから。
「パッとしない」と判断を下して、それ以上の情報を得ようとしない。
だから詳しく説明することもできず、「パッとしない」という曖昧で何となく伝わる表現に落ち着いてしまう。

人間関係において、無関心は悪だと思ってる。特に仲間、味方のような人に対してそのような態度はよくない。
「この人、パッとしないな」と思ったら危険信号。その根拠を具体的に説明できるようにしよう。それぐらいの関心を仲間や味方にはもてるようになろう。

ママ・はは

「真面目教」の人って一定数いるよね。
その人が身内にいるってやっぱ辛い。

真面目教の家から抜け出すには・・・?
ファンタジーが起きたのか?
ミステリーが裏にあるのか?

誰もが考えさせられるような内容の話から、ゾッとするような話への展開は、お見事としか言いようがありません。

早穂とゆかり

過去の因縁というのは恐ろしいものである。

子どものいる学校の教室に『悪意』というものはたくさんあると思う。
それが表に出て攻撃があれば『いじめ』になる。
しかし、子どもでも『いじめ』が悪だということぐらい分かる。そんなことにも気が付かずいじめが行われてる教室もあるだろうが。
裏で陰口を言って嘲笑ったり、心の中で軽蔑したり、大人には気付かれない程度に避けたり、いろいろな手段で目に見えづらい攻撃を行う。

自分も無意識に誰かをいじめたり、無自覚だがいじめられたりしてたんだろうなぁ。いや、自覚的なものもあるか。思い出す必要もないから思い出さないけど。

で、大人になる過程で反省をする。
「あの頃のあの子はこんな気持ちだったんだろう」
「あの頃の私はなんて幼かったんだろう」
と。

だから、ゆかりは成長したし、周りの人間関係も良くなっていった。

早穂はその反省を怠った。むしろそれをネタにして未だに笑うほど幼稚だった。

で、因縁の相手との再開である。
ほんと2人とも子どもになってしまった。
口から出るのは会話や議論ではなく攻撃。
相手の思考を勝手に決めつけ、とことん攻撃。
自分の過去と想像の世界だけで戦う。
そして、相手が攻撃してきたら「覚えてない」。

激昂しながらも冷静に、地位と立場と使って戦うゆかりは、やり方は大人でも頭の中は幼稚でした。

そして、「これは、いじめではないか。」と、自分の言動や振舞いを無視して被害だけ訴える早穂も同じく幼稚。

因縁の相手と対峙すると、ここまで幼稚になれるのかと怖くなりましたとさ。

4つの短編を通して

話の好みは『ナベちゃんのヨメ』が圧倒的でした。
「ナベちゃんは今、きっと幸せ」という気持ちになれる分、読後感がよいです。

どの話も心を抉るような鋭い心理描写でめった切りにされるので、人生が辛い人にはおすすめできません。
逆に人生がうまく回りだして天狗になりかけている人は、この本を読んでおくことで足元を掬われることが減るかもしれませんね。

解説を読んで

文庫本で4つの短編を読み終えた後、すぐにこの記事の投稿をした。
その後、「この本の解説は楽しみだなぁ」と思ってワクワクしながら読んだ。
すぐに『解説』まで含めた感想文にしないといけないと思い、追記しました。

珍しく臨床心理士の方の解説でした。
自分の興味のある分野の職業の方だったので期待が高まった。

私が小説を読むのは娯楽として楽しいからがメインなのですが、それ以外にも「生きるヒントが得られる」というもの大きな理由です。
自分ではない誰かの人生の一部分を読み、その人の気持ちを精一杯想像し、共感し、考察する。
自分の人生は一度きりですが、本を読むことでいろいろな人生を想像したり体験したりすることができます。
それを嚙みしめて、『生きるヒント』になるのだと思っております。

この解説では、良質な辻村さんの短編集を題材に、「『生きるヒント』とはこうやって見つけるのだよ。」と、分かりやすい比喩まで使って嚙み砕いて説明してくれています。

心の中の幽霊と向き合う仕事の人は、やっぱすげぇ。

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