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Startup Story: Clubhouse - ローンチ前から$100Mの企業価値(後半の後半)
VCモデルの変遷
(前半はこちら、後半の前半はこちら)シリコンバレーでKleiner PerkinsやSequoiaと言った第一世代のVCができたのは1970年代に遡りますが、その頃(今でも多分にそうですが)にできたVCには内部のパートナー(VCは個人間のパートナーシップによって運営されていることが一般的)に確固たるヒエラルキーがあります。創業パートナーが一番偉く(タイトルもFounding Partnerとか)、次にシニアパートナーで、ファンドのパートナーシップの”パートナー”に該当する人たち(タイトルはGeneral Partner等)、次に後から入った若手パートナー(タイトルは単なるPartner)、その後に更に若いPrincipal, Associate, Analystみたいな感じで続きます。そして、VCが成功した時の成功報酬の取り分も圧倒的に違います。パートナーの上の層が大半を持っていき、残りを若手パートナー、ほんの少々をパートナー以下のメンバーで分配する形です。
その徒弟制度に異を唱えたのが1995年に設立されたBenchmarkです。私はこのBenchmarkを題材にした「eBoys」と言う本を若い頃に読み、衝撃を受けてから投資家の仕事を目指す様になったのですが、彼らは6人のパートナーが皆、対等であると言う考えのもと、異なったスキルを持った人間を集め、成功報酬も何もかも全て頭割りで均等に分配しました。また、当時はまだ新しかったインターネット領域に積極的に投資して大成功し、その後、設立は比較的新しいながらもシリコンバレーを代表するVCになっています。ある意味、その当時のVCのモデルや、やり方を変えたのがBenchmarkだったのです。
Benchmark設立から10年以上が経ち、登場(2009年設立)と同時に再びVCのモデルを根底から変えたのがa16zでした。ご存知の方は多いと思いますが、a16zでは投資チームとは別に、人材、市場開発、PR/マーケティング、M&A等、各専門領域に分かれ、投資先をサポートする、俗に言うプラットフォームチームがあります。このチームが起業家、投資先に与える影響は大きく、これを機に他のファームでもこぞって、大なり小なりの差はあれ、プラットフォーム要員を揃える様になります。日本でもこの前、グロービスがプラットフォームチームを立ち上げた(堀江くん、がんばれ!)のは記憶に新しいかと思います。興味深いのはBenchmarkだけはこの流れに応じず、ずっとプラットフォームチームは作らないままでいます。
Cultural Leadership Fund
そして、他のVCが真似る中、このプラットフォームを更に進化させたのが、その産みの親、a16z自体です。という言い方は語弊があるかもしれません。a16zは2018年8月にその当時、Cheif of StaffをやっていたChris Lyons(彼自身がAfrican American)を運営責任者にCultural Leadership Fund(CLF)という新しいファンドを立ち上げます。CLFの狙いは①テックとgreatest cultural leaders(著名な俳優、アーティスト、スポーツ選手等)を繋げること、②若いAfrian Americanがテック業界で働ける様にすること、という高尚なものです(投資先等はこちらをご参照)。更に通常、VCが受け取る管理報酬や成功報酬は全てAfrican Americanをサポートする複数のNPOに寄付するという徹底振りです。1つ目の目的に関係するのですが、greatest cultural leadersを繋げるという意味で、このファンドの出資者は全てAfrican Americanで俳優、アーティスト、スポーツ選手等になります。具体的には俳優のWill Smith、アーティストのChance The RapperやNas、プロバスケ選手のKevin Durant等々です。
Today I’m proud to share the group of nonprofits that the Cultural Leadership Fund will be supporting. Please meet the incredible organizations that we’ll be working with, who are helping bring more African Americans into the world of technology. https://t.co/5fWaRYXdzD pic.twitter.com/6GkmIUPMv5
— Chris Lyons (@ChrisLyons) October 11, 2019
CLFの狙いは素晴らしいものですが(a16zはCLF以外にも、under-represented & under-served(訳が難しいですが、意訳すればマイノリティーな人種の)創業者達に特化して投資する、$2.2M(約2.5億円)規模のThe Talent x Opportunity Fundを、全てa16zのパートナー達の寄付によって今週、立ち上げました)、一方で、最初からそれを狙っていたかは別にして、CLFの出資者たちに協力して貰うことで、a16zは投資先に対して強力な、そして他VCには決して真似ができないセレブマーケティングを提供できる様になったのです。こちらのForbesの記事にもありますが、例えばa16zが投資をした電動スクーター LimeがOakland(SFのすぐ上にある都市)でローンチする時に広告に出てくれるセレブを探していた時、CLFの出資者であり、地元出身で有名なアメフト選手のMarshawn Lynchをすぐに紹介できたそうです。
Clubhouseがa16zを選んだ理由
話が物凄い脱線しましたが、元々の質問に戻ります。Clubhouse創業者 PaulとRohanはなぜBenchmarkや他のVCではなく、a16zを選んだのでしょうか?恐らく一番の理由は、この(大枠でのプラットフォームの一部になるかもしれませんが)セレブマーケティングの能力です。前述した通り、ClubhouseはPodcast的な側面があるので、どの様な人にホストになって貰うのか、どの様な人にゲストして話しに来て貰うのか、が集客力に大きく影響します。このa16zが持つCLFのセレブネットワークは、その点で物凄い価値がある訳です。既にClubhouseに出演したコメディアン&俳優であるKevin Hartは実はCLF責任者のChris Lyonsの紹介だったそうです。口先だけでなく、既に実績を創業者に見せた、という点は説得力があったと思います。しかも、創業者のPaulはKevin Hartの大ファンだった様です。(下はClubhouseへの投資をa16zでリードしたパートナー Andrew Chenのtweet。ちょうどサンフランシスコ市長がClubhouseに参加するところ。)
Mayor of SF on @joinClubhouse! https://t.co/2vvG6gYqhZ
— andrewchen (@andrewchen) May 24, 2020
2点目はやはりバリュエーションはあるかもしれません。ただ、これはダイリューション(希薄化)といった方が正しいと思います。Benchmarkが提示したバリュエーションは$75M~$80Mだった様ですが、これはどちらかと言うと出資金額に紐付いています。少し専門的になるかもしれませんが、a16zが提示した金額は、会社を$100Mと評価し、$10Mを出資すると言うものです。出資後、a16zは会社の約9%(=$10M / ($100M+$10M))を保有することになります。a16zの最近の戦略は大きな金額をドンっと入れて、投資先に早い成長を迫る、と言うものです。恐らくBenchmarkや他のファンドは現時点では$10Mも要らないと思ったのでしょう。一般的にはSeries Aぐらいでは24ヶ月程度の運転資金分を調達するものなので、多分$5M〜$8Mで十分だと。仮にBenchmarkの提示額が$8Mでa16zと同じ9%の持分を求めたとすると、会社の価値を$80M(= ($8M / 9%)-$8M)と見たことになります。創業者から見れば、会社の9%を投資家に渡すことになりますが、その代わりに$10Mを貰うのか、$8Mを貰うのか、を考えると、まあ普通は多い方を取ってしまいますね。
これまた余談ですが、私はこの多すぎる金額を調達する、と言うのは余り賛成ができません。会社はこの1~2年で達成したいマイルストーンを設定し、その為の採用やオペレーションプランを考え、その計画に必要な金額を調達すれば良いからです。それ以上の金額を調達すると、無駄に使うことになり、disciplineがなくなる傾向があります。Twitch(Amazonに$1Bn、約1,100億円で売却)の創業者が2017年に立ち上げたLegal TechのAtriumもいきなり$75Mを調達しましたが($65MのSeires Bをリードしたのがa16z)、今年3月にシャットダウンしました。昨年、知り合いが同社顧客の資金調達をサポートする為にAtriumに採用された、と聞いて本業とは全く関係がないところにお金を使っている様に不安を感じましたが、結果はその通りになりました。Clubhouseもそうならないことを祈りたいと思います。
さて、a16zが選ばれた3つ目の理由は、やはり創業者持分の買取だと思います。記録にも残っていますが、a16zは会社に$10Mを出資すると同時に創業者から総額$2M相当の株式(恐らく普通株、$10Mは優先株)を買い取っています。噂では二人の創業者からそれぞれ$1Mずつの様です。投資家の立場からすれば、創業者はハングリーで仕事に没頭すべきなので、$1Mも懐に入れた創業者達がどこまでコミットしてくれるのは不安を感じるところです。確かにある程度、頑張ったSeries Bやそれ以降では、たまに創業者や初期の従業員から、新規の投資家が株式を買い取ることはあります。創業期からずーっと安いスタートアップの給与で頑張ってくれていたことに一部、報いる為です。なので、今回の様な、ほぼ創業期に当たるタイミングと言うのは少し考えられません。これをa16zの賄賂だ、と言う人達もいます。要は我々のオファーを受けてくれたら、普通株を対価に$1Mをあげるよ、と。確かにその側面はあったのだと思います。a16zから見れば、持分を更に増やせるチャンスでもありました。
一方で、この$1Mに同情的な声もあります。実は前半では詳しく触れませんでしたが、(本人も公にしているので)創業者の一人、Rohanの子供は生まれながらに遺伝子の病気を抱えており、その治療方法を本人も探しています。わざわざLinkedinにそれを”Lydian Accelerator"として掲載している程です。この治療の為にある程度のまとまったお金が必要で、それに配慮をしたのだ、と言う声もあります。この辺りはパーソナルな話にもなるので、なんとも言えないところはありますね。
シリコンバレーにおけるa16zの(起業家からのではなく)投資家仲間としての評判はミックスしたものです。起業家側からしてみれば、a16zが投資してくれたと言うシグナル効果は今後の採用や資金調達に有利に働きますし、またa16zが抱えるプラットフォームチームは非常に頼りになると思います。一方で、a16zと一緒に仕事をする投資家は複雑な思いを抱くことが多いです。と言うのは、通常、スタートアップが資金調達をする場合、リード投資家が調達金額の半分から7割程度を投資し、残りを既存投資家の追加投資(持分を維持するためのプロラタ投資)や、その他の新規投資家向けに枠を残すことが多く、これは(一定の持分を持つ)既存投資家は通常、契約上プロラタ投資をする権利を保有し、またリード投資家以外に何らかのサポートを会社側に提供してくれる投資家を受け入れたいと思う起業家が多いためです。しかし、a16zが投資する案件では、既存投資家や他の新規投資家を押し除けて、単独で全額を投資するケースが多いのです。
a16zに取っては持分を最大化できると言うメリットがあります。しかも、先に書いた通り、a16zは起業家が求める以上の金額を投資するケースが多いので、投資家によっては、それは起業家をスポイルする行為、と見る向きもあります。その様な評判ややり方は置いておいて、結果だけを見れば、競争が激しかったClubhouseへの投資を、他の名だたるVC、特に以前EIRをしていたBenchmarkを抑えてa16zが勝ち取ったと言うのが興味深いところです。
$10Mを調達したClubhouseのnext stepは何でしょうか?まずは大量の採用、それと同時並行で開発を進め、アプリの一般ローンチ、セレブの登用と大々的なマーケティングとユーザー獲得。今後、約1~2年間で急激な成長をa16zから求められているとすれば、$10M /18ヶ月で1ヶ月に$0.5M程度を使い、猛ダッシュで走ることになります。18ヶ月後のSeries Bでは$200M近いバリュエーションを期待されている訳です。恐らく20~30名規模の組織を最速で作り、paid user acquisitionをガンガン行い、18ヶ月後に100万人近いDAUを目指さないと難しい気がします。
1年後にぜひ振り返って検証してみたいですね。
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