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イチローの功罪

「イチローさんついに引退なんですって」
ダイニングバーでたまたま隣に座った30代のサラリーマンがつぶやいた。
「なんかあんなに活躍していたのに残念ですよね」
「別に……」といいかけて、やめた。
「そうかねえ」とだけ答えた。

ファンにはカチンとくる対応だろう。
ちょっとだけ、人気絶頂当時のイチローに対する空気感を振り返ってみる。

イチローが活躍していたのは誰でも知っていた。
年間最多安打、月間MVP、日米、両方で2000安打達成、大リーグでの年間最多ヒット数などなど、記録はたくさんもっている。

メディアでは
「イチローは日本の誇り」
「イチローはメジャーリーグでも他の選手の模範になっている」
どこでも、イチロー礼賛だった。
イチローのことを悪く言う人はいなかった。
アメリカに行って僕が日本人と知ると
“OH, Ichiro!”
と笑顔で声をかけてくれていた。

そんな空気感だった。

しかし、僕はイチローに残念な思いをいだいていた。

なぜなら、イチローが頑なに日本語にこだわったからだ。
ヒーローインタビューでも、記者会見でも、TVでも日本語で貫きとおしてしまったのだ。
そのことによって隠れたメッセージを世界を目指す日本人に植え付けてしまったからだ。
「一芸に秀でれば英語なんて話せなくていい」というメッセージだ。

日本語にこだわる理由はわかる。
日本語だと自分の哲学や生き方、野球に対する真摯な考え方が伝わるからだ。
英語になったとたんそれが伝わりにくいから英語で答えることを選択しなかったのだろう。

多くの日本人にとっては
「母国語だから当然だろう」
「英語ができなくても野球で活躍できたら良いではないか」
とイチローの日本語での発言を擁護するだろう。
そう、日本ではOKなのである。

しかしイチローが活躍したのは米国のメジャーリーグなのだ。
欧米のしかも世界が注目する米国でこれをやってしまったのだ。
日本とは違う。
欧米では社会で活躍して秀でている人は社会に対して模範を示さなければいけない。
メジャーリーグにもなるとSocial Responsibilityや模範になるべきマニュアルまで分厚く説明されていると聞く。
HEROは模範を務めなければいけないという公共性が求められるのだ。
その公共性の中に欧米ではパブリックスピーキングが入ってくる。
つまり、自分の言葉で社会や世間に伝えるということが求められているのだ。

日本では職人が無口でも、言葉が不足していても、日本の世間は許す。
作品が素晴らしければ、社会は許してくれるからだ。

くりかえすが、職人としての選手としての評価はOKだ。

米国での社会を動かすリーダーとしてはクエスチョンだ。

もし、イチローが野球だけでなく、彼の生き方や考え方、野球の取り組み方を英語で話していたら世界はどうなっていたのだろうと考えてしまうのだ。

歴史に「もし」は存在しないが、イチローが英語で野球哲学を語っていたら。
もし、集中することの大切さや自分の仕事をまっとうすることなどを英語でアメリカで語っていたら。
そうすれば、南米の選手がアメリカのメジャーリーグでなく日本の野球をめざしていたかもしれない。
アメリカのファンが、そこまで言うなら日本の野球を見に行ってみるかとなっていたかもしれない。
球団オーナーの中にイチローメソッドを取り入れて経営してワールドチャンピオンになっていたチームが現れたかもしれない。

どうしても、そんなことを考えてしまう。

そう、無口な職人気質では世界は変えられないのだ。

イチローの残した功績は素晴らしい。そこに異論はまったくない。
ただ、イチローほどの人間がそこだけにこだわって、彼以外のこと、日本のこと、社会に影響を与えることをしなかったのが悔しくて残念なのだ。

日本人にはメンタリティが植え付けられてしまっている。
一芸だけ秀でていれば、それで許される。英語を話さなくてもよい。

このメンタリティがビジネスでもスポーツでも浸透してしまっている。
仕事ができて、それなりに海外で活躍している人も増えてきたが、社会に影響を与えるまでにはなっていない。
「哲平さん、仕事できっちり結果をだしているからいいじゃないですか?」
「イチローだって、英語をしゃべらずにやるだけのことだけやっていて、問題ないじゃないですか?」
そう最後の最後で、もう一歩を踏み出しはしない。

だから、イチローの功罪は大きいのだ。

もし、あなたが世界で認められて世界を動かしたいのであれば、メソッドやノウハウだけなく自分の言葉で自分の表現で哲学を語ってほしい。世界に影響を与えてほしい。

「そんなの無理でしょ」
「一芸に秀でるだけで精一杯でしょ」
その通りかもしれない。
でも世界にでるということはそういうことなのだ。

朗報がある。
世界で活躍している新世代として模範をしめすスポーツ選手があらわれた。
テニスの錦織圭選手だ。
ランキングも世界一桁。
日本選手としては驚異的な年間38億円を稼ぎ出している。

記者会見、プレス対応、英語でしっかり返答している。
ブランドとして世界基準としてパブリックスピーキングをこなしている。

錦織が世界一になり、英語で流暢にヒーローインタビューを受け、それが世界に行く基準になればと願っている。


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