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漫画プロット「いつもはだけてるゲームコンポーザーのお姉さん」

時は今から32年前に遡る、1991年。

隣の部屋から聴き慣れない音楽が流れてくる。安手ラマ(あんで らま)は不機嫌そうに荒々しく隣の部屋のドアを叩いた。

ラマ「すいませーん。音下げてもらえますかー」

隣の部屋には最近、新しい入居者が越してきたばかりだった。

女性「何?今いい所なんだけど…」

はだけたワイシャツの間から覗く大きな胸。ラマの視線はまずそちらに向かった。

すかさず顔の方もチェックする。

整った顔立ち。年齢は20代半ばくらいだろうか?

ラマ「いや…その…」

視線が合い、照れる。ラマの鼓動が高鳴る。

ラマ「ちょっと音小さくしてもらいたくて…」

また胸に目が行く。でかい。

女性「ああ、ごめん。今ボリューム下げるから、ちょっと待ってて」

音楽のボリュームを下げに部屋に戻る女性。音が小さくなる。

ラマ「すいません。あの、それ何の音楽ですか?」

女性「ああ…ゲームの音楽だよ」

ラマ「ゲーム?ファミコンですか?」

テレビゲームといえば、まだファミコンの時代。ファミコンのゲームなら友人の家でよく遊んでいたが、ラマの耳に入った音楽は、いわゆるピコピコした電子音ではなかった。

女性「あれはスーパーファミコンの音」

ラマ「え!?スーパーファミコンってあんな音が出るんですか!?」

スーパーファミコンは去年の11月に発売されたファミコンの後継機だった。風の噂で映像も音楽も何もかもファミコンよりすごいとは聞いていたが、自分の耳で聴くのは初めてで、ラマは心が躍った。

女性「私、ゲームコンポーザーなんだ」

ラマの反応を見て、女性は自分の素性を明かすことにした。女性の名前は歩葉かおり(あるぱ かおり)。とあるゲーム会社で働くゲームコンポーザーだった。

ラマ「ゲーム…コンポーザー…?」

ラマ「って何ですか」

かおりが軽くずっこける。

かおり「ゲームの作曲家」

ラマ「えっマジですか?なんてタイトルのゲームですか?」

かおり「社外秘なんだけど…ここだけの秘密だよ」

ラマ「は、はい」

かおり「DD4」

ラマ「DD!?有名なRPGじゃないですか。すげー!」

かおり「しっ!声が大きい」

ラマがゲ―ム好きとわかり、興味を持ち始め、少しだけ距離を詰めるかおり。

かおり「君は…学生さん?」

ラマ「ああ、はい。高校生です」

かおり「一人暮らし?」

ラマ「そうですけど…何で分かるんですか?」

かおり「見えなかったから」

ラマ「え?」

かおり「影が」

ラマ「影?…霊的なものですか?」

かおり「いや…存在が見えなかったんだ。ご両親のね。孤独そうな顔」

ラマ「…」

ラマの母は離婚後、再婚して別居中。父は昨年他界した。何も話していないのに、なぜそんなことがわかるのか、ラマは不思議がって、かおりの顔を見た。かおりもラマの顔を覗き込む。

かおり「食事ちゃんと食べてる?」

ラマ「え?…母親みたいなこと言うんですね」

かおり「何食べてるの?」

ラマ「カップラーメンです」

かおり「あちゃー。そりゃ健康に悪いよ。ちゃんと食事しないと」

ラマ「ビンボーでそれしか買えないんですよ」

かおり「いや、カップラーメンが買えるってことは…」

かおり「カレーライスが食べれるね。福神漬け付きで。何なら野菜も」

ラマ「え」

一人暮らしにまだ慣れていないラマにとって、それは衝撃的なアイデアだった。

かおり「まとめ買いすればいいんだよ。レトルトごはんとレトルトカレーなら一番安いので1食100円くらい。福神漬けなんか1袋200円で買えるし、野菜もきゅうりなら2本で100円」

ラマ「…確かに」

ラマ「やりくり上手なんですね」

かおり「これは職業病」

ラマ「どういうことですか?」

かおり「ゲーム音楽作りって、家計のやりくりに似てるんだよ。スーパーファミコンでも8音までしか鳴らせないし。カートリッジの容量が少ないから、サウンドは容量をほとんど使わせてもらえない」

ラマ「はぁ…」

かおりが何を言っているのか、ラマには意味が分からなかった。テレビゲームは好きだが、それはあくまでも遊ぶ側としてだ。開発者であるかおりの言葉は理解できるはずもなかった。

かおり「これあげる」

カセットテープをポイッと投げて渡される。また少しワイシャツがはだけ、無意識にラマの視線が向かう。

ラマ「おっと…」

慌ててキャッチするラマ。

ラマ「何ですか?このカセットテープ」

かおり「失敗作。この曲、ループする時になんか引っ掛かるんだよね」

ラマ「引っ掛かる…?」

かおり「ノイズっていうのかな。何が悪いのかはわからないんだけど、もう直せないからあげる」

ラマ「ど どうも」

かおり「私はもう寝るから。じゃ」

一方的にドアを閉められ、ラマは呆然と立ち尽くした。

ラマ「…」

ラマ「おっぱいでかかったな…美人だし」

自分の部屋に帰り、ラマはかおりから渡されたカセットテープを聴いてみた。

ラマの脳裏に、一気に広大な草原の情景が広がる。

ラマ「…何だこれは」

ラマ「すげーいい曲。何が失敗作なんだろ」

―ラマが通う高校

ラマ「隣にすげー美人が引っ越してきたんだよ。胸がチョーでかくて、いつもはだけてんの」

友人「おお、いいじゃん。無防備な感じが」

ラマ「そうそう」

友人「いくつぐらい?」

ラマ「20代半ばくらいかな?」

友人「まあまあいってんな。年上フェチ?」

ラマ「年上でもいいかもって思えてきた。あと彼女、ゲームの音楽を作ってるらしい」

友人「へー。何のゲーム」

ラマ「えっと、D…」

社外秘と言われたことを思い出す。

ラマ「いや、タイトルは知らないけど、すげーいい曲なんだよ」

友人「俺にも聴かせてくれよ」

ラマ「そういうと思って持ってきた」

友人「気が利くじゃん。貸して」

カセットテープを友人に手渡すラマ。

ラマ「聴き終わったら返せよ」

友人「あー、わかってる」

―別の日

毎朝流れてくる彼女のゲーム音楽。彼女は昼夜逆転の生活をしているようだった。

ラマ「すいませーん、音小さくしてもらえないですかね」

かおり「え?これでも大きい?」

今日もワイシャツがはだけていた。

この女性はいつも7時ぐらいに寝るようだった。ラマは毎朝かおりに一声かけたく、6時に起きることにした。

ラマはかおりに朝の挨拶をし続けた。

―ある日

ラマ「あ、おはようございます」

かおり「…」

ラマ「どうしたんですか?」

かおり「毎朝やめてくれる?」

ラマ「何を…ですか」

かおり「その…声かけてくるの」

かおり「一日のルーティーンに君が入ってくるとさ。その…」

かおり「気持ち悪い」

ラマ「気持ち、悪い…そんな」

かおり「人間のルーティーンはゲーム音楽と同じ。毎日がループして終わりがない」

かおり「曲の終わり、つまり一日の終わりに君というノイズが入ってくることが不快なんだ」

昼夜逆転の生活をしているかおりにとって、朝は一日の終わりだった。

ラマ「不快?そんなつもりは…」

かおり「もう会いたくない」

彼女の胸はいつものようにはだけていた。しかし、今はそこに目をやる気分ではなかった。

かおり「この…ストーカー!」

ガタンと一方的にドアを強く閉められた。何もかも拒絶する意思を感じる、鈍く激しい音だった。

ラマ「ストーカーって…」

―学校

ラマ「もう会いたくないって」

友人「何したの?」

ラマ「…いや、何も」

友人「何もってことはないだろ?何かしちゃったんだよ」

ラマ「何かって、挨拶してただけだけど」

友人「うーん…どのくらいの頻度で?」

ラマ「毎朝」

友人「そりゃあ嫌われるよ!」

ラマ「何で?いいじゃん。挨拶なんだから」

友人「彼女、何か言ってなかった?」

ラマ「人間のルーティーンはゲーム音楽と同じ…一日の終わりに俺というノイズが入ると…不快だって」

ラマはかおりの言葉を反芻した。

友人「それじゃセクハラだよ」

ラマ「俺何もしてないよ」

友人「ちょうど良い距離ってものがあるだろ?毎朝声をかけられたんじゃ、彼女にとっては触れられたも同じ」

ラマ「あ…」

友人「それに彼女、毎日朝に寝てるんだろ。お前にとっては朝でも、彼女にとっては寝る前、夜だよ」

友人「おおかたお前が夢に出たんじゃないの?」

ラマ「…」

ラマ「…そっか…」

ラマは己の愚行を恥じた。かおりに気に入られようと、良かれと思ってやっていた自分の言動が、そんなにも彼女の生活の妨げになっていたなんて。もしや自分は彼女のノイズになっていたのではないか。

ラマ「この前貸したカセットテープ、持ってるか?」

友人「家にあるけど…」

ラマ「返してくれ」

友人「いきなりどうした?」

ラマ「俺、あれ聴き直してみるよ」

友人「は?何で?」

ラマ「失敗作だって言ってた。何か引っかかる…ノイズだって」

友人「何の関係があるんだよ」

ラマ「俺がノイズになってたんだ。何か手掛かりが分かるかも知れない」

友人「いやいや、それは関係ないよ。今回のはお前が…」

ラマ「明日返してくれ」

友人「あ?面倒くせーな…」

ラマ「絶対だぞ」

友人「あ?ああ…」

―翌日

友人からカセットテープを受け取るラマ。

家に帰り、かおりから渡されたカセットテープを聴き直す。

ラマ「何がいけなかったんだ…」

再び曲の情景が頭の中に広がる。草原の風景が一気に脳裏に広がる。

素晴らしい曲だが、かおりは何かが引っ掛かると言っていた。ラマは何度もカセットテープを聴き直した。

ラマ「…わからない」

毎日カセットテープを聴き返すラマ。

ある時、曲から浮かび上がる草原の風景の一部の違和感に気づく。

ラマ「…これか?」

頭の中に浮かぶ風景の一部が欠け、知らない人間の影が見える。

その影は怪しく、さながら不審者のように見えた。

かおりは言っていた。「この…ストーカー!」。

ラマ「人間の影が見えるって…こういうことなのか」

ラマ「俺はなんてことをしていたんだ…」

かおりはストーカー被害に遭っていた。ラマの隣の部屋に引っ越してきたのもその為だった。ラマはその可能性に勘付き、自分の言動が彼女のトラウマを抉っていたことを強く深く反省した。

―ある日

隣の部屋から音楽が聴こえてくる。なぜか大音量だった。

ラマ「…あ、あの…すいません、音下げてもらえますか…」

ラマは気まずそうに声を絞り出した。玄関のドアが開き、思わず顔がほころぶ。

ヤクザ風のおっさん「何だ?うるせえな」

ラマ「…す、すんません」

かおりは既に引っ越した後だった。

手元に残ったデモ音源を聴き直し、悲しみに暮れるラマ。

ラマは手元に残ったカセットテープを涙を流しながら何度も聴いた。

次第に、喪失感から、後を追うように音楽を作り始めた。

―現在

ラマはゲームコンポーザーになっていた。49歳、ベテランの作曲家だった。

マネージャー「安手さん、今度の曲の仕事なんですけど」

ラマ「ああ、どんなゲームですか」

マネージャー「実は大きな仕事で。D…何だったかな」

ラマ「え?」

DDのことを思い出し、少し笑顔になるラマ。

マネージャーはスマホを取り出し、顔が明るくなる。

マネージャー「ああ、ディープパラダイスです!ぜひ安手さんに頼みたいと」

ラマ「あ…」

マネージャー「どうかしました?」

がっかりして表情を曇らせるラマ。

ラマ「…いや、何でも」

ラマ「それで?」

マネージャー「草原の曲はこんな風に…」

カセットテープのアップ。

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