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昇りぐーと呼ばれて

またもや、やって来ました。
いぬうた市のドッグランに。
もはやここも慣れたもので、今朝も颯爽と敷地内に入る、
きゅん君と、ぐーちゃんです。
気分は、すっかり常連で、ふたり、ここを、
ホームグラウンドだと思っているようです。
「きゅん、さあ、今日も走るわよー!」
ぐーちゃんはすでに気合いも充分で、飼い主から、
リードを離されるのが、待ちきれない様子です。
「まあ、そう焦らないで、ぐー。急に走り出すとケガするよ」
きゅん君は、ぐーちゃんをいさめますが、
そんな、きゅん君も、早く走りたくて、
仕方がないのです。
もたもた、手がおぼつかない飼い主から、ふたり、
リードが離されると、直ちに走り出しました。
きゅん君が、先頭を切り、ぐーちゃんが追いかけます。
他の、わんこも追随し、ドッグラン内に、
一気に活気がみなぎります。
依然、きゅん君がトップで走る中、
フェンスの端まで来たので、急にターンをした、
きゅん君は、ぐーちゃんと激突しそうになりました。
そこを、ぐーちゃんはすかさずジャンプをして、
避けたのですが、それが実に素晴らしい、
ジャンプだったのです。
「お見事!」
どこかの、わんこが、ぐーちゃんにそう声をかけました。
他の、わんこたちも歓声をあげました。
高さも相当でしたが、途中ひねりが入ったりして、
それはそれはとても美しい優雅なジャンプでした。
その姿は、鯉の滝登りというか、昇り龍というか、
それらの縁起のいいものたちに似た、
何か神々しい感じもあって、
この時から、ぐーちゃんは、このドッグランで、
昇りぐー。と言われるようになりました。
と言うのも、この時の、ぐーちゃんのジャンプを見たあとに、
「オヤツが多くもらえた」
とか、
「散歩がいつもより長かった」
とか、口々に言われるようになり、
それもこれも、ぐーちゃんのジャンプを見たからだと、
もの凄く評判になったからです。
当のぐーちゃんも、昇りぐーと、
言われるようになって鼻高々です。
しかし、
「またあのジャンプを見せて下さい!」
と、いろいろな、わんこから言われても、
「そのうちお見せするわ。楽しみにしていてね」
と、言ったきり、なかなか見せようとしませんでした。
何せ、あのジャンプは、とっさにやったことなので、
ぐーちゃん自身よく覚えておらず、
見せようにも、見せられなかったのです。
なので密かに、ぐーちゃんは陰で練習を重ねますが、
あの時のジャンプはなかなか出来ない日々が続きました。
そうしている間に、ドッグランの常連わんこたちの興味は、
あっさり他に移ってしまいました。
それは、どんな球でもダイビングキャッチするという、
ボーダーコリーが突如現れたからでした。
みんなが、その、わんこをちやほやする中、
側からその様子を見ていて、
「あの方が現れてくれて、ぐーはホッとしたわ。だって、皆さん、ぐーに期待ばかりして、ぐーは何だか疲れちゃったから。それにしても、犬のウワサも何とやらね。世間なんてそんなもんだわ」
などと、隣にいる、きゅん君に、強がって、
そんな風に言う、ぐーちゃんです。
しかし、そのドッグランからの帰りの車中、
ぽつり涙をこぼしていたのを、
きゅん君は見てしまいました。
帰ったら、せめて今日はぐーには優しくしてあげよう。
だんだんと家に近づく中、きゅん君はそう思うのでした。

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