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先生であり先生でないあなたと、コタエアワセの乾杯を。



今でもあなたのことを考えてしまいます。まだ少し嫌いだけど考えてしまいます。仕事でミスして落ち込んだ時、友人と些細なことで言い合いになってしまった日の帰り道。ねえ、あなたならどうしますか、先生なら僕にどんな声をかけてくれますか。


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誰にでも忘れられない先生が一人はいると思います。
怖い先生や優しい先生、面白い先生、笑顔が素敵な先生、いろんな先生が誰かの人生に影響を与えて、誰かにとっての忘れられない存在なのだと思います。

僕にとっての忘れられない先生は、小学校3、4年生の時の先生でした。
あなたは、よく笑いよく怒っていましたね。でも厳しさの中に確かな信念と愛を持っていたのでみんなから慕われていましたね。

間違っていると思えば全力で叱る。遊ぶ時は思い切って遊ぶ。それがあなたのモットーだったと思います。

忘れられない先生との思い出
毎日交換した絵日記
僕がその日あった出来事を日記に書くと、その返事をイラストにして返してくれましたね。
「学活」の授業をさぼってみんなで遊んだ鬼ごっこ
後で知ったんですけど、学活の授業って、教室の中でつまらないビデオを見るのが普通だったみたいですね。
手作り衣装の紅白歌合戦
みんなで歌のセトリを考えて、衣装も作って、貸し切りの体育館で思い思いに好きな曲を歌いましたね。

思い出せばキリがありません。先生はただ勉強を教えるだけではありませんでした。人生を「楽しむ」ことの大切さを教えてくれましたね。
僕はそんな先生が大好きでした。

そんな先生のもとで楽しい思い出がいっぱいの小学校生活を送ることができました。

小学校を卒業して中学校、高校、大学と進学した僕。
そんな僕が思いがけずあなたと再会したのは僕が成人を迎えた日でした。


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成人式当日。久しぶりに会う同級生の姿。
全然変わってない人もいれば、とても垢抜けて話すまで誰かわからない人もいます。

ふと声をかけられます。「お前は全然変わってないなぁ!」
僕は良くも悪くも全然変わっていないみたいで、嬉しいような悲しいような何とも言えない気持ちになります。

久しぶりに会う友人との思い出話に花を咲かせたまま、その舞台は同窓会の会場へと移るのでした。

小学校の同窓会。幹事が音頭をとり、みんな揃って、乾杯。
この時僕は、乾杯って「答え合わせ」の始まりの合図なんじゃないかと思いました。
だって乾杯を皮切りに、みんなが幼ない頃に語った夢や理想と、そこから自分が何を考えどう生きてきたか、今日という日までに過ごした自分の人生を確認する「答え合わせ」が始まったから。

そんなことを考えながら、幼かった同級生とお酒を酌み交わしながら思い出話の続きや、それぞれが歩んできた人生など色々な話をしている時でした。
あなたは僕の前に現れましたね。


「おぉ!久しぶりじゃん!お前相変わらず生意気な顔しとるの〜」
あの日と同じ笑顔の先生がそこにはいました。
同級生が連絡をとって同窓会の会場に呼んでいたのでした。
「おおお!先生、久しぶりっす!覚えてくれてたんですね!嬉しいっす!!」
そう答える僕に先生は、
「そりゃあ覚えとるよ〜。お前、生意気な顔してめちゃくちゃうるさかったもん!忘れるわけないで笑」と言います。

照れ笑いを浮かべた僕が言います。「先生、どうぞ。」

僕は先生のグラスにビールを注ぎます。
先生も僕のグラスにビールを注ぎます。

「まさか、お前にお酒を注いでもらえる日が来るとはなぁ。」
「こっちこそまさかっすよ笑」

そんな言葉を交わしながら、 乾杯。


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あれからどれくらいの時間ボーっとしていたのでしょう。
どうやって帰ったのかもよく覚えていません。
家の布団の中、返事のない問いかけを暗闇に投げ続けるのでした。
「どうして?」
「刺激が欲しかった?」
「相手がとても魅力的だった?」
「感情がどうしても抑えきれなかった?」
「今の幸せが壊れてしまうとかは考えなかった?」
僕の問いかけはただ虚しく空を切るだけでした。
それでも問いかけを投げ続けないと僕はおかしくなってしまいそうだったのです。



「ねえ、先生。どうして不倫なんかしちゃったんだよ。」



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僕の両親が離婚したのは、僕が小学4年生、10歳の時でした。
原因は父親の不倫。

両親が口論する場をよく目の当たりにしていましたが、まさかそれが父親の不倫のことだなんてその時は思いもしませんでした。母親は普段はとても優しいのですが、父親と口論するときだけは酷い形相で怒っていました。
ある日、母親に聞かれました。「もしお父さんと離婚したら、私とお父さん、どっちについて行く?」僕は、これまでたくさんの愛を与えてくれた母親について行く道を選びました。

これは学校によるのかもしれないけど、僕の通っていた小学校では、小学4年生の時、「2分の1成人式」という行事がありました。

成人を迎える20歳の半分の歳である10歳を迎えたみんなが、保護者の前で将来の夢を大声で叫ぶというものです。
野球選手になりたい人、パティシエになりたい人、保育士になりたい人、医者になりたい人、一人一人が様々な思いを叫びました。
僕は確かサッカー選手になりたい、と叫んだ気がします。何とも標準的な「夢」です。僕の実力ではサッカー選手になんてなれないとわかっていたし、本当は別の夢があったけど、あの場ではとても恥ずかしくて言えるはずもなかったのでした。


「僕の夢は、ここまで育ててくれたお母さんを世界一幸せにすることです。」
父親の不倫で悲しんでしまった母親にたくさんの幸せを感じてもらうんだ。そう思いながら、この夢は胸の中にしまっておきました。


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「2分の1」がとれた成人式本番の日。
大好きだった先生から「不倫をした。」と告げられるとは何という運命の悪戯でしょうか。


先生に注いでもらったビールを飲みながら、僕は言います。
「いや〜、先生、本当に久しぶりですね!僕今でもたまに思い出しますよ、先生との交換日記とか、みんなで紅白歌合戦をしたこととか!」

「うわ!紅白歌合戦懐かしい!!あれめちゃめちゃ楽しかったよなぁ!!!」

なんて思い出話に花を咲かせているうちに、今度は先生の話になりました。

「先生は今もまだ同じ小学校にいるんですか?」

一瞬戸惑う先生。でもすぐに笑顔で話し始めました。
「公立の学校の先生は定期的に別の学校に行くことになってて、お前らが卒業した2年後に別の小学校に行ったよ。」
ここでまた一瞬先生の表情が曇ります。今思えば、僕たちに話を聞いてもらうことで少しでも気を楽にしようとしていたのかもしれません。
「でも今はそこからまた別の学校にとばされたんだよね...」

「え、どうしたんですか。」

「実は、お前らが卒業した後に行った学校で、向こうの先生と不倫してしまってさ、それがバレて処分を受けて今の学校にとばされたんだよね。」
この時の先生は無理に笑い話にしようとしているのか笑顔がとても不自然でした。
「でもその後、奥さんには土下座して全力で謝った。奥さんも許してくれたから離婚せずに暮らしている。本当に反省してるんだよね。」

この話を聞いて僕の頭は真っ白になりました。大好きだった先生が不倫。
最悪だ、僕の父親と同じじゃないか。何でそんな風に笑って言えるのだろうか。それからの僕は喋れなくなり、急に静かになってしまいました。


「先生、こっちにも来てよ〜!!」
変な空気がテーブルに流れていたところ、先生は別のテーブルに連れ去られていきました。

僕はそれからの時間をどう過ごしたかほとんど覚えていません。


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あれから月日は流れ、僕は社会人になりました。

今思えば、あの頃の僕は幼かったのかもしれません。
先生というだけで、勝手に清廉潔白な聖人のような像を作り出してしまい、不倫をしたということ一つであなたの全てを否定していたからです。
あなたが不倫をしたのは事実。でも、一方であなたが僕たちにたくさんの楽しさと愛を与えてくれたのも事実なのです。

確かに不倫は許されるものではないと思いますが、それ一つでこれまでその人が積み上げてきたものを全て否定するのも違うのではないかと思うようになりました。不倫という一つの尺度だけで人のことを決めつけてしまうのはあまりにその人のことを見てなさすぎるのではないかと思うようになったのです。

それは時間が経てば経つほどに強い思いに変わってくるのでした。
確かにあなたは不倫をした、それは許されないと思う。でも、ふとした時にあなたのことを考えてしまい、その時に思い出すのは決まってあなたが僕に与えてくれたたくさんの楽しさと愛であり、あなたに会いたい、あなたと話したいという想いだったのです。
時間が経ち、僕はあなたをいろんな尺度で見て、良いところも悪いところも含めて一人の「人間」なんだと思うようになりました。
これまでは「先生」という枠にはめて見てしまっていたけど、好きなところも嫌いなところも全て含めて、一人の「人間」なんだと思えるようになりました。


とはいうものの、実は今もまだこの気持ちに折り合いがついていないというのが正直なところです。頭では分かっていても、心がまだあなたのことを嫌いだと言っています。


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僕がもう少しだけこの気持ちに折り合いをつけられたら、あなたとまた一緒にお酒を飲みながら話をしたいな。ちょっとぎこちないかもしれないけどね。

その時の乾杯は、「コタエアワセ」の始まりの合図になるのだと思います。

20歳であなたと乾杯をした時の自分はどんな価値観を持った人間だったか、そしてそれからどんな時間を過ごして、どんなことを考え、どう変化したか、次の乾杯時点での僕なりの人生の「答え合わせ」をあなたに聞いてもらいたいです。
そして僕の「答え合わせ」を聞いたあなたの応えを聞く、お互いの人生の「応え合わせ」をできればな、と思うのです。


もう「先生」ではなくなった、一人の「人間」としてのあなたと。



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〜先生であり先生でないあなたと、コタエアワセの乾杯を。〜 


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