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欧州での洪水災害について

はじめに

2017年の3月、私は気象庁の観測部長として、気象レーダーの国際会議を主催する立場でした。気象庁からは、気象レーダーと地上雨量計のデータを組み合わせて解析雨量と呼ばれる1kmメッシュの雨量データを使って、洪水から土砂災害まで防災に活用するなど、激化する豪雨に対する取り組みを紹介していました。こうした気象庁の取り組みに対して、ドイツからの参加者が、ドイツではこのような大雨災害はまだないが、地球温暖化が進む中で、将来はこんなことになるかもしれない、という意味で日本の取り組みは非常に参考になる、という発言がありました。

あれから4年余、その時代がこんなに早く来るとはドイツからの参加者も驚いたかもしれません。それにしても欧州にしては凄まじい被害の水害となってしまいました。一人でも多くの方が助かることを祈ります。

気象として何が起きていたのか

いくら地球温暖化が進んだと言っても、ドイツに台風は来ませんし、梅雨などのモンスーン現象もありません。20年ほど前に、欧州に洪水対策の調査に出かけたことがありますが、ドイツではハンブルグに行きました。ハンブルグは高潮が発生することがあり、高潮対策が都市計画にも生かされているのですが、この高潮は冬季に北海で発達する温帯低気圧が主な原因です。

それでは、今回の洪水がどんな気象条件のもとで発生したのでしょうか。ECMWF(欧州中期予報センター)の解析図を見てみましょう。これは14日の00UTCの気圧500hPa面(およそ上空5500m)の高度を北極を中心として天気図としてみたものです。この等高度線に沿って反時計回りに偏西風が吹いているのですが、蛇行しながら流れていることがわかり、白い円に囲まれたところで、大きく蛇行していることがわかります。この図の色は、850hPa(およそ上空1500m)の気温で、この白い円の右側で赤い色(気温の高いところ)が北に伸びている様子がわかります。

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ECMWFホームページより(一部改変)

次の図は、気象庁の15日12UTCの500hPaの解析図で、上の図から36時間たってもほぼ同じところに低気圧があり、こちらは蛇行というよりも、三日月湖のように偏西風の本流から切り離された低気圧となっています。この図では点線が500hPaの等温線となっていて、低気圧のところは低温域、いわゆる上空の寒気ということになります。切離低気圧とか寒冷渦と呼ばれるもので、この南東側では下層に暖気が入り、上空は冷たいので、対流がたちやすい状況だと考えられます。しかも、この寒冷渦、ほとんど停滞しているので、長時間強い雨が降り続く可能性があります。

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気象庁ホームページより(切り取り、上下反転)

実際にどれくらいの降水量があったのか、これは地元ドイツ気象局(DWD)からの情報しかありません。解析雨量らしき分布図に、地上雨量計の観測雨量が重ねられているような図がありました。24時間雨量として、最大150ミリ程度の雨量ですね。昨年の球磨川の洪水時の人吉の24時間降水量410ミリ、一昨年の台風第19号の箱根での日雨量922.5ミリと比べると大したことないようにも見えますが、欧州としてはすごい降水量だったのではないかと思います。過去の記録と比べてどの程度の雨量だったのかは、今後の報告を待ちたいところです。日本でも北海道では大雨が少ないことから堤防のない河川が少なくないのですが、ドイツもそれに近いのではないでしょうか。また、かなり広い範囲にべたっと降っていますので、大きな流域を持つ河川に流れ込んだことで、あれだけの規模の洪水になったものと推測されます。

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ドイツ気象局(DWD)Facebookより

今回の災害の意味を考える

まず、地球温暖化との関係については、すでにドイツのメディアでは大きく取り上げられているようですが、少なくとも、気温が上がることで飽和水蒸気圧が増え、大気中の水蒸気も増えてそれで降水量を嵩上げしている、ということは今後、数値実験等で示されるのではないかと思います。さらにその先、今回のような強い切離低気圧の頻度が温暖化により増えるのか、こちらはそう簡単には結論が出ないものと思います。

まあ、地球温暖化が水蒸気の増加を通じてこの大雨に影響しているということはある程度は示されるでしょう。地球温暖化対策に熱心だったドイツ市民が、COVID-19の方に頭が向いて、温暖化問題を忘れつつある、という傾向もあったようですが、この災害で他の欧州諸国とともに温暖化対策への主張をさらに強めていくことはありそうです。

日本にとっては、北海道のような今まで顕著な大雨の経験の少ない地域で、今回のような水害が発生すること、これはシミュレーション結果からも可能性を示されているのですが、これを改めて認識することが重要かと思います。

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