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オーバータイム
私が彼に与えた時間は20分で、それはもう過ぎていた。7分ほども。夕日も完全に沈み、光るのは買い替えたばかりの蛍光灯だけ。
それに、内容も私が想定していたものとはかけ離れたものだった。
それでも、理科室にいた全員がその熱量の渦に巻き込まれて、何の時間であったかを忘れて、引き込まれていた。
この部屋は沈黙している。
私は最初こそ驚いたが、彼が続けるようすを見ていたかった。だから、止められなかった。確かに彼は真面目で誠実で、できる子だと思った。それでもその話しぶりは感心するばかりで、実習生がそこまで話せるなんて、と思った。うらやましくさえ思う。話を聞いて、何かを感じる生徒がひとりでもいたらいいなと思う。
一同は時間を忘れているから、私が声をかけようかと思ったが、その前に彼がまた始めた。
「もうひとつだけ、考えてほしいことがあります。
あと、たった3年ほどで18歳になり成人になります。法の下では大人になるわけです。大人って、どんな人でしょうか。大人っぽいってどんなことですか。どんな大人になりたいですか。」
止めなければいけない担当としての責任と、この場にいるひとりの人間としての興味が天秤にかかる。結局、興味が勝った。
「世の中からは大人とみなされる歳になったけれど、私もまだまだ青いのです。だから、偉そうなことは何も言えません。どんな大人になりたいかなって今でも考えています。私は幸いなことに、憧れられるようなカッコいい大人に何人も出会うことができました。どんな大人になりたいかは、みなさんが決めてください。そのためにも、たくさんの大人と会って欲しいと思います。たくさん会った大人の中には、ダサいと思う人も憧れるような人もいると思います。そのなかで、自分の中の大人像を作ってください。先輩像みたいなのとも、近いかもしれませんね。
今の私が思う大人とは、チャンスを与える人です。簡単なように聞こえるかもしれませんが、大人から貰ったチャンスによって、私は今みなさんの前に立てていると思っています。まさに今、先生からお時間を頂いたようにね。だから、今度私がそのような立場になったら、チャンスを手渡したいんです。これくらい漠然とでもいいんです。」
椅子が傾く音さえ、止まる。私の隣に立つ実習生は何も書けないでいる。
「逆のことを考えてみてもいいと思います。こんな大人にはなりたくない!みたいなね。そっちのほうがイメージはしやすいでしょう?私は、思考するのを怠るような大人にはなりたくないかな。
きみたちなりの、大人像を見つけてくれたら嬉しい」
ひやりと肌寒くなっていることに気づく。実習生の一人はカーディガンを羽織り直す。
「と、まあ長くなってしまったけれど。週末をはさんで、来週からの理科の授業を少しの間だけ、担当させていただきます。私にチャンスをください。みなさんにとって、素敵なチャンスを作りたいと思います。」
自然と、クラスの端に立つ大人たちから、ささやかな拍手が送られた。
私も、彼の担当になれたことを誉高く思いながら、小さく頷いた。