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夕方になると胃痛がするほど料理嫌いな私vs料理研究家りなてぃ、戦いの記録

自慢じゃないが、料理が嫌いだ。

銀行員時代、「うちの息子どう?」とおっしゃるお客様に対しては、
「あっはっはぁ、わたし料理できないんでダメです~!」
といなしてきた。これでたいていのおばちゃまが引き下がる。
中には「そんなの結婚してからよぉ」と食い下がるおばちゃまもいらっしゃるが、
「あっはっはぁ、そーですかねぇー? それよりお客様、昨日より当行では定期預金のキャンペーンをやっておりまして~……」
と話をすげかえて話題を終了させてきた。
まぁ、とにかく、それくらい料理が嫌いだ。

しかし、実家を出て結婚した今、生きていくためにはどちらかが料理をせねばならぬ。
もちろん、異論は多々ある。わたしはその異論を、籍を入れてからずっとこねくり回してきた。
「二人とも忙しいんだから外食でもいいじゃん」とか、「コンビニの弁当もおいしいよね」とか、「家事代行とかもあるよ」とか。
けれど、銀行を退職してしまった今、わたしは半分無職のようなもの。つまり我が家にはお金がない。(なお、扶養に入っている訳ではないので「専業主婦」ではない。家事に責任を持つなんて苦行すぎる)
そして、我が家の星・自炊経験のある夫は、残念ながら激務で帰宅が遅い。あと、腸と肌がマックス弱い。だから、栄養をとらせなければならない

つまりあれか、これは、わたしは料理から逃れられないということか……?

そんな気持ちで、退職してからの半年、わたしはしぶしぶ台所に立った。
そのうち何が起きたかって、夕方になると胃痛がし始めた。

夏、今週2回目の冷しゃぶを作り(作り、というか、カット野菜ドーン!茹でた豚バーン!味ポンぐるぐるぐるー!という、料理なのかもわからない代物)、普段あまり文句を言わない夫が「また……? あ、いや、なんでもないゴメン!」と本音を漏らしたその時、わたしはもう、どうしていいかわからなくなった。
ただただ、「家事もできなければ働きもしない、こんな嫁ですまねぇ……」と、自分が嫌いになった。
(実際は来年刊行予定の原稿を進めていたので働いていないわけでもないが、そのプレッシャーから「わたしは仕事ができない」と働いていない気持ちになっていた。作家のメンタルは不安定だ)

そんなとき、本当にたまたま、定期パトロールをしていた本屋の料理本コーナーを通った。
そして、こんな本を見つけたのだ。

……ほう。
1週間3,500円で、一汁三菜……。
しかもボリュームたっぷり……。(※夫はアラサーの割に男子高校生くらい食べる)

そう思ったら、普段レシピ本なんて買わないわたしが、気づいたらなんとなくレジにその本を持っていっていた。

正直、「一汁三菜」とか、めんどくさそうだ。
でも、「インスタで大人気!」なんて書いてある。ということは、きっと簡単なんだろう。(すごく偏見)

あと、料理で一番なにが嫌いかって、献立を考えることだ。
世の中のたいていのレシピ本は、メインのおかずのレシピしか載ってない。だから、冷蔵庫にある野菜の名前をクックパッドで検索して付け合わせのレシピを必死に探しては心が折れるという日々を過ごしていた。
その苦労がなくなるのは、きっと、調理自体のめんどくささに勝るんじゃなと思った。

と、いうことで。
前置きが長くなったが、ここから、超ヘビー級料理嫌いのわたしvsいまをときめくキラキラ料理研究家りなてぃの、世紀の一戦が幕を開けたのだった。

①買い出しに行こう

りなてぃの買い出しは、週に1回。
わが家も主に週に1回、夫婦で買い出しに行くので、ちょうどいい。

と、いうことで、1週目に必要な食材をパシャリと写真に撮り、夫に車を出させてスーパーにくり出した。
なお、りなてぃはサラッと「豆板醬」とか「甜面醤」とか使ってくるので要注意だ。あと、マヨネーズや鶏がらスープの素、しょうがチューブの使用頻度も多い。
石橋をたたいて渡るタイプのわたし、もちろんそこはレシピをざっと確認して、冷蔵庫の調味料と相談してからいった。

スーパーでの夫は、りなてぃ流の買い出しに積極的に付き合ってくれた。
普段は「安いから買っておこう」とか、「旬だから食べたい」と言って、なんの脈絡もなく野菜をカゴに入れては、後々わたしが頭を抱えることになる……なんてこともザラなのに。
(わたしの実家は母が野菜嫌いなので、限られた野菜しか出てこない。だから、夫がホウレンソウやゴボウを買うことがもうカルチャーショックだった)

ただ、お菓子とジュースに関してだけはどうしても我慢できなかったようで、いつの間にかポイポイとカゴにインされていた。
そんな彼の大好きな「おやつコーナー」を抜けて、通したレジのお会計は7,530円

……たけぇな。

もちろん、夫の「おやつポイポイ」は今日も絶好調だったので、そのせいも大きい。
ウィルキンソン4本入りとか、コーヒー999円とか、スーパーカップとか。
あと、豆板醤なんて我が家にはなかったので買い足した。
さらにさらに、昨今は物価高だ。この本が出た去年とはもう訳が違う。
りなてぃが住む福岡と、わたしの住む関東じゃ物価も違うのかもしれないし……。

と、いうことで。
1週間3,500円というのは、現代の近所のスーパー(with我が家の夫)では不可能だなと改めて感じつつ、我々はスーパーを出た。
悪いのはりなてぃではない、時代だ。
そんなことを神妙な面持ちでつぶやいた。

②下準備をしよう

料理嫌いが嫌いな言葉、「下準備」
しかしりなてぃは、「買って来たらそのまま下準備をして、週の後半に使うものは小分けにして冷凍しましょう」とのたまっている。
この本を教科書にすると決めた今、わたしはりなてぃに従わなければならない。
……というか、そもそも、1週間買いだめしているというのに、今まで冷凍庫に入れることをめんどくさがっていたことの方がよくなかった。
(1週間以上経った後、野菜室からしなしなの青菜とかが見つかって、栄養が残っているんだかないんだがわからないままに味噌汁にぶちこんでいた)
わたしの意識改善は、ここから始まるのだ。

……とはいえ。
りなてぃのレシピは7日分だが、我が家では最後の土日は外食の用があった。
なので、そこを踏まえての下準備となった。
本来なら冷蔵だけどもうこれは冷凍しちゃおう、とか。

そんな感じで、主に肉を使う料理ごとに分けて、冷蔵と冷凍にするという下準備が整ったのだった。

もう、満足感がすごい。
しかし、戦いはこれからだ。

③初日

さぁ、待ちに待ったりなてぃ初日。
わたしの心はいつになく燃えた状態で、夕方6時頃、リングインした(=台所に立った)。
たまに6時半くらいに帰宅することもある夫のことを考慮すると、まさかの宮本武蔵スタイルである。
そんな初日の献立はこうだ。

・鶏マヨ
・小松菜とにんじんと鶏そぼろの炒め煮
・炒めゴボウのツナマヨサラダ
・コーンと卵のとろみ中華スープ

『りなてぃの1週間3500円献立』より

……多いなー……。

今更ながら、これ、「夫の帰宅に間に合わないのでは」という嫌な予感が脳裏をよぎる(そしてもちろんその予感は当たる)。
とにもかくにも、始めなければならぬ。
わたしの心の中では、コック帽をかぶった大泉洋が「おみまいしちゃうぞ~」と意気込んでいた。(@水曜どうでしょう)

そんな中、初手、メインの鶏マヨのレシピを見て、わたしは固まる。
「15~30分漬けておく」……?

早くも、詰んだ

教科書の1ページ目1行目から詰むことって、世の中にあっていいのか。いやよくない。
……なんてヘリクツをぬかしていても致し方ないので、なんとか鶏肉をそぐように切って、調味料に漬け込んだ。
15~30分だもんね。つまり、15分でいいってことだよね。よしっ。

そしてその間、付け合わせを作ることにした。
なになに、「にんじんを細切り」「ごぼうを細切り」……。

細切りって、何。

これまで約2年主婦やってきたカナキをなめるな。
びっくりするくらい料理ができないぞ。

「とりあえず細く刻めばいいんだろ」と、斜めに切ったのちに、それをほそーく刻んでみる。
……よしよし、それっぽい。
なお、この野菜の細切りをするので20分くらいかかっている。
カナキの辞書に「手際」という文字など存在しないのだ。
小松菜、きみのことは大好きだ。だってなんか切るの楽なんだもの。

そうこうしているうちに、夫が帰宅した。

「ねぇ、おれ先にお風呂入ってもい「いいよ!!!!!」

近年まれにみる食い気味で、締め切りを延長させることに成功した。
こういうときに大事なのは潔さだ。「ごはんにする?お風呂にする?」なんて選択肢は与えない。
「それともワタシ?」だぁ? ワタシは今子育て中の猫くらい殺気立ってるぞ、近づくな、ひっかくぞ、シャー!!
(なお今までで一回も「ワタシ」を選ばれたことなどない)

夫が風呂に入っている間、わたしはなんとか切った野菜を炒めたり和えたりするなどして、小皿2品とスープを完成させた。

そして、夫が湯舟から出てシャワーで髪を洗いだしたころ、わたしは最後に漬けておいた鶏むね肉を冷蔵庫から取り出す。
「15分でいいよね」なんて思っていた漬け込み時間は、ゆうに30分ほど上回った。目測がグラブジャムンくらい甘い。(※世界一甘いことで有名なインドのお菓子)

この細長く切った漬け込み肉を、エビに見えるように丸め、片栗粉をまぶせとりなてぃは言う。
しかしだな、言うは易いが、まるめながらまぶして、さらにその形を維持させることの難しさよ……。
そしてそれらにかかる時間よ……。
そして、多めのサラダ油をフライパンにしき、それらをボテボテッとフライパンに投入して揚げ焼きに。
「このわたしに初日から揚げ物をさせるとはとんでもないやつだなりなてぃ、おもしれー女だぜ」と勝手に心の中で呟きながら、なんとかそれらの鶏肉を焼き色がつくまで揚げた。
(料理下手、揚げ物は火が通っているか不安なので必要以上に揚げがち)

さいごにマヨソースを絡めて、っと……。


(ダイエット中のわたしの小盛ごはんがやたら寄ってるのは気にしないでほしい)

できた。
もう、達成感がすごい。

既に風呂から上がっていた夫は、我が家の食卓が急に一汁三菜になったのを見て「すげぇぇぇぇ!!」と感嘆の声をあげた。
料理下手らしくNo味見で、りなてぃの味付けに全幅の信頼を寄せて完成した料理たちだ。
おいしいかなんて知らない。おいしくなかったらすべてりなてぃのせいだ。
そう思いながら、いつになく元気な声で「いただきまーす!」と言った夫の反応をうかがう。
すると……。

「うんまっ!!」

勝った。
そう思うと、つい、顔がほころんだ。
……いや、なにと戦っているか改めて考えてみるとおかしな話だが。

「むね肉かぁ~と思って正直不安だったけど、このむね肉の食べ方おいしい!」「このそぼろ、丼にしたい! 米足りない!」「小鉢もある、最高……」「コーンっていいよね……」などと、もとよりとんでもなく食いしん坊な夫は、ひょいひょいぱくぱくとごはんを食べた。
食いしん坊ゆえに「ふつうのレシピの2人前」じゃまったく足りない夫だが、品数も多いせいか、ボリュームも大満足だった。
(わたしなんかは多すぎて少し残し、次の日のお昼ご飯にもした)

結果、初日のりなてぃ飯は大成功に終わったのだった。
なお、もちろんわたしもおいしくいただいた。

④2日目以降

ほめられるとすぐ調子に乗るタイプのわたしは、その手柄がほとんどりなてぃのものであることを棚に上げて、不敵な笑みを浮かべながら翌日以降も台所に立った。
とても、先日まで胃痛や頭痛を訴えていたとは思えない。

2日目、わたしの中では鬼門だった「豆腐のつくね」。
というのも、その昔豆腐ハンバーグを作ったとき、夫が「やわらかすぎてハンバーグっぽくない」とのたまったのがトラウマになっていた……が、こちらに関しては「ふわふわでおいしい!」と、まさかの大絶賛だった。
わたしのトラウマを返せ。(彼の中でハンバーグとつくねはたぶん違うものなんだと思う)

(ダイエット中とのたまったのにそこそこふつうの量のごはんが盛られているのも気にしないでほしい)

3日目、「スタミナ豚炒め」。
名前からしてもう、男性は嫌いなはずがないメニューだ。
予想通り、夫はこれも「うまい! ごはん足りない!」と、ペロリとたいらげた。
さらに、好きなきんぴらごぼうが嫁の手作りとして食卓に上がったのもうれしかったようだった。

(ごはんの量がさらに増えているとかそういう細かいところはひとまず置いといてほしい)

4日目、「肉野菜炒め」。
夫は今日もおいしいとパクパク食べたが、これに関してはわたしにとっても発見だった。今まで簡単なので幾度となく野菜炒めを作って来たが、「枝豆を入れる」という発想がなかったからだ。野菜炒めに枝豆、めちゃくちゃ合う!
また、わたしと結婚して2年、まったく食卓にはあがらなかった「厚揚げ」を副菜として食べられたことも、彼からしたら幸せだったみたいで、トースターで色がついていく厚揚げを、嬉しそうにのぞきこんでいた。

(そもそも「毎日食器が変わらない」だとか「写真が暗い」だとか「配膳の位置」だとか、そのあたりもどうかご容赦いただきたい。2日目の夫の卵がすっとんでいるだとか)

5日目は急な夫の飲み会でなくなり、6、7日目も先述の通り外食の予定があったのでできなかったのだが、ほとんどの食材は冷凍庫で保存してあるため、翌週に「できるもの」を組み合わせて献立を考え、残りのメニューをほぼ消化した。
「できなかったらくりこせる」のも、いいところだと思った。

さて、ここまで料理の感想ばっかりで、それらを作る過程を省略してきた。
たしかに日々てんやわんやで、我が家に鱗滝さんがいたら「判断が遅い!!」とどやされているレベルの手際。けれど、炭治郎がそうであったように、わたしのワタワタも、4日続けたことでだいぶマシになっていた……気がする。
というか、「あー、はいはい、今日も時間がかかりそうだわ」と、すっかり「ワタワタすることに慣れた」といったところだろうか。

あ、あと、りなてぃは細切りを毎日のようにさせてくるので、わたしは毎日のように「合っているんだか合っていないんだかわからない細切り」をくり返した。
お陰様で、「細切り……? う~ん……う~ん……こっちからこうかな……ま、こうでいっか……。トン……トン……スカっ……トン……(合ってるのかなこれ)」だった野菜を切るスピードが、「あーはいはい細切りね、トン、トン、スカッ、トン、スカッ……」くらいにはなったと思う。
(空振りはよくする。原因は現在調査中だ)

そんなこんなで、わたしの1週間(と、その翌週)に及ぶ「りなてぃチャレンジ」は、ひとまず一度幕を閉じた。

⑤まとめ

りなてぃチャレンジをして、我が家がどう変わったかを以下まとめてみた。

品数が圧倒的に増えた。一汁三菜が我が家の食卓に並んでいることにもう感動した。
・使う野菜も増えた。今まで自分が使うという発想もなかった「ひじき」などを採ることができ、栄養にもよさそう。
・食いしん坊な夫の笑顔が増えた。「今職場、これから帰るよ」という連絡から、RTAでもしとんのかというくらい早く帰ってくる。(車通勤なので、切実に交通安全には気を付けてもらいたい)
外食も減った。今までわたしが「やだ!」と音を上げて、少なくとも週一でお外に連れて行ってもらったり吉野家の牛丼を買ってきてもらったりしていたが、それがなくなったのは懐に優しい。

そしてやっぱり一番変わったこと、それは、わたしのモチベーションだ。
「食べてくれる人を思って作る」という、根本的な料理の楽しさを、りなてぃは見出してくれた。

あと、単純に、「意外と自分できるじゃん!」と、自分が誇らしくなった
大人になってもできることが増えるのは、単純にうれしい。
今まで、「料理のできない嫁でごめん」と自分を責め続けていた自分。
その気持ちがさらに「やる気出ない」につながり、さらに自分を責める……という、負のスパイラルに陥ってしまっていた。
このスパイラルを断ち切ることができた。それだけで、台所にしゃんとした気持ちで立てるようになったのだった。

まぁ、もちろん、すぐに劇的に「お料理楽しい!最高!ようこそときめきランド~!(@ひとりでできるもん!)」と変わるわけではない。
めんどうなことはめんどうだし、苦手は苦手だ。できればやりたくない。

だけど、「胃が痛い」なんてわめいていた1週間前とは明らかに違う。
「もう少し続けてみようかな」なんて、前向きに思う自分がいる。

ありがとう、りなてぃ。
あなたのお陰で、わたしは、嫌いだった自分をすこし好きになれそうです。

そんなことを思いながらも、わたしは今夜もキッチンに立ち、「わっかんないよ、りなてぃ~!!」とわめきちらしながら、フライパンをふるんだと思う。
ごめんね、りなてぃ。どうやらまだまだ、ご迷惑をおかけしそうです。

もし、もしサポートくださるのであれば、執筆に使う喫茶店の費用にします。 ドトールの和栗モンブランとか食べます。あれ、おいしい、おすすめ。