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サブスクリプション/モノのXaaS化

皆さんは音楽や映画をどのように楽しんでいるでしょうか。最近では、CDやブルーレイを買わず、SpotifyやApple Music、Netflix等を利用している方も多いでしょう。このような定額で無制限にコンテンツを鑑賞できるサービスモデルをサブスクリプションといいます。近年ではAdobeやMicrosoftのソフトウェアまでサブスクリプション化され、ユーザーはソフトウェアの所有から体験の消費へと価値を移行しつつあります。

サブスクリプションはCDやブルーレイの売上の壊滅的な減少を生み、業界構造を塗り替えた破壊的イノベーションです。同時に、僕たちの価値観にある変化をもたらしました。Wiredの元編集長のクリス・アンダーソンは著書『ロングテール』の中で、「希少な資源を節約するのではなく、過剰なものをジャブジャブ浪費すること」が現代の正しい経営戦略と論じます。これは日本人の「もったいない精神」からすると、驚くべき考え方です。ただ、確かに僕たちはサブスクリプションで、無限に近い在庫からコンテンツをジャブジャブ浪費しつつあります。

ある生産物を1単位増やす時の追加出費を限界費用といいます。デジタルコンテンツはこの限界費用がほぼゼロですので、在庫を無制限に持てることになります。アメリカの未来学者のジェレミー・リフキンは著書『限界費用ゼロ社会』において、「資本主義はモノが希少であるからこそ交換価値があった。限界費用がほぼゼロの場合、それは希少性が潤沢さに取って代わられたことを意味する」と、『ロングテール』と同様の主張を展開しています。

なお、この『ロングテール』と『限界費用ゼロ社会』、現代マーケティングのバイブルというだけでなく、「こんな未来になるかも」という、ちょっとしたSF気分も味わえるのでオススメです。

モノのサブスクリプション/XaaS

ところで、サブスクリプションはデジタルコンテンツだけに限りません。パナソニックはテレビのサブスクリプション「安心バリュープラン」、トヨタは車のサブスクリプション「KINTO」を始めています。これはモノをサービス化して捉えているのです。

2010年代から台頭したマーケティング理論に「サービスドミナントロジック」というものがあります。従来のように「モノ」と「サービス」を分けず、「モノ」は顧客とサービスを繋ぐ手段と捉える考え方です。モノ、コンテンツに限らず、あらゆるもの(X)が所有から定額利用サービス(as a Servese)にシフトするという概念を「X as a Servise(XaaS)」と総称します。ここでは、様々な「モノ」がサービスとして生まれ変わることを「XaaS化」と呼ぶことにします。これに倣うと、Apple Musicは音楽のXaaS化であり、Music as a Servise(MaaS)と呼べますね。

ところでモノのサブスクリプションというと、ユーザーがモノを購入せず定額で利用することですが、何か既視感がありませんか?そう、リースです。モノのXaaS化は外形的にはリースとほとんど見分けが付きません。しかし、BtoBを考えたとき、XaaSとリースとでは大きな違いが生じる可能性があるのです。やや小難しい会計のお話になりますが、簡単に説明します。

オフバランスという魔法

たとえば、製造企業がより多くの商品を作るために新しい生産設備を購入したとします。この時、企業は生産設備をバランスシート(貸借対照表)に固定資産として計上しなければなりません。この固定資産を運用することで、商品を増産し、売上を増やし、利益を増やすことができます。紙の上では、固定資産が利益を創出しているのです。仮に、この生産設備をバランスシートに計上しなくても良いという魔法が使えれば、何が起こるでしょうか。主に二つのメリットを受けられます。

ひとつは、資産を計上しなくても良いということは、それに対応する負債も計上する必要がなくなるため、借金の少ない安定した企業という評価に繋がることです。
もうひとつが、バランスシートに計上されていないということは、生産設備を保有していないと見なせるということです。つまり、少ない設備から大きな利益を生み出していることになるので、外形的に非常に効率的な企業運営がされていると評価されます。専門的には、前者は自己資本比率、後者はROAという指標で評価されます。バランスシートに計上しないことで生じるメリット、これをオフバランス効果といいます。

従来はリースによる調達がオフバランスの代表的な手法でした。
リースはユーザーに代わりリース会社が「モノ」を購入し、それをユーザーに貸し付ける手法です。銀行から「モノ」の購入資金を借りて元本利息を返済するか、リース会社から「モノ」自体を借りてリース料を支払うかという違いだけで、広義の金融なのです。

しかし、このカラクリを知ってしまった皆さんは、調達方法が購入だろうがリースだろうが、事業自体に何の違いもないことが分かりますよね?そのとおりです。したがって、近年はリースという手法がオフバランスとして認められにくく、バランスシートに計上する方向に会計基準が見直されています。これはリースを介すことで企業の経営実態と財務諸表の数字が乖離してしまうのを防ぐ目的です。

なぜ、こんなに厳格に会計基準を見直すかというと、僕たちは企業の作っている製品を評価できても、それが沢山の機械で少量しか作られていない非効率な経営の産物なのかは伺い知れないからです。財務諸表は単に一時点での経営の断面を示しているだけですが、企業の生産性の評価、ひいては株価や融資可否に関わり、僕たちの財産が健全に運用されるかに繋がるため、馬鹿にできないのです。

リースとXaaSとの違い

長くなりました。では、XaaSがリースとどう違うのか見てみましょう。もはや「物は言いよう」に思えなくもないですが、サブスクリプションはじめXaaSはモノを定額で貸しているのではなく、体験を販売しているのです。SpotifyやNetflixは音楽・映像コンテンツから得られる無形の体験・便益を購入していると解釈されます。いわゆる、「モノ」から「コト」の文脈です。

ダイキンはAir as a Serviceと称して、業務用エアコンのサブスクリプションモデルを立ち上げています。これは「空調機」を貸しているのではなく、空調機から出る「冷風」「温風」をサービスとして販売しているという事業なのです。空調機という「モノ」はあくまで手段ということ。どんな厳格な会計基準も「風」という体験を財務諸表に乗せることはできません。
リースはモノを金融商品化しているだけで資産であることに変わりはありません。しかし、XaaSは「体験」という非所有の価値なので、オフバランスが可能となる論理です。

では、「as a Service」を名乗れば何でもオフバランスの魔法を使えるのでしょうか。これは厳密な線引きが難しく、結局は程度問題と思われます。さすがに製造業のコアとなる生産設備を「体験価値」で説明するのは無理があるように思えます。ただ、例えば設備のサービス提供者が日々のメンテナンスから部品交換、日常点検等を行っている場合、会計士の判断は揺れるかも知れません。製造企業が設備に対し、操作以外に指一本触れないレベルでサービス提供者への外部化が図られていたとしたら、それは「生産」という体験価値だけを享受しているという説明に一定の信憑性が出てきます。ただ、そんな贅沢なフルメンテナンスは月々のサービス料がとんでもなく高くなりそうで、オフバランス効果以前にそもそもキャッシュが回らなくなる本末転倒に陥りそうですね。

ちなみに定額払いというと、ローンという手法があります。ローンとはモノを担保にした金融で、所有はユーザーであり、オフバランスは不可能です。

売り手から見たXaaS

ユーザーからみたXaaSは「モノ」から「コト」への価値の転換です。では、売り手から見たXaaSはどうなのでしょうか。それは収益モデルが「ワンショット(単一収益)」から「リカーリング(継続収益)」へ転換することを意味します。
前述のパナソニック、トヨタ、ダイキン工業は全て「モノ」を開発するメーカーです。一般的に「モノ」を一度購入すると、償却するまでは次の「モノ」を購入する動機が生まれません。とすれば、メーカーの狙いは買い替えや増設の需要なのですが、当然そこには競合他社が存在します。
たとえば「困ったなあ、事務所のエアコンの調子が悪いぞ。元々はD社のエアコンで不満はないけど、今はどこも良い商品を出しているみたいだし、近所のM社販売店に相談してみようかな」なんていうほんの些細なキッカケでD社は競合のM社に顧客を奪われてしまうのです。現代は価格.comを中心にインターネットでいくらでも情報収集できるので、単に競合他社が最安値だったという理由で乗り換えられるケースも容易に想像できます。

この場合、D社は元々ユーザーの事務所にエアコンを納入しているという先行者のポジションがあったはずです。しかしワンショットで接点が途切れてしまうと、ユーザーがいつ買い替えるのか、エアコンの調子はどうなのか全く把握できなくなってしまうのです。そこで、モノを売り切って終わりではなく、継続的に接点を持つ必要性が浮上します。特に日本は人口が減少し、購買力も低下しているため、新規顧客よりも既存顧客の囲い込みの方がよほど重要になってきます。

また、継続接点を持つことで、対象としていたモノ以外にも他の商品を買ってもらえる機会が創出されます。たとえばパナソニックはテレビ周りの商品であるハードディスクレコーダーをはじめ、冷蔵庫、洗濯機、照明器具ったあらゆる家電をラインナップしています。XaaSで継続接点を持てば、その間ユーザーに新商品のPRが優先的に行え、クロスセルを狙うことができます。あらゆる家電をひとつのサブスクリプションモデルに放り込めば、家庭丸ごと囲い込みに繋げられますし、ユーザー心理を「便利だから、どうせならパナソニックで揃えよう」という方向に導くことも可能です。広告、営業、収益、ユーザーの改善要望、全てを連結したビジネスモデルといえます。

継続接点の利点を最大化する

僕はBtoBの営業の際、この「継続接点」という点に強く拘ってきました。営業パーソンというのは、顧客からの信頼を得たいがあまり、少ない接点機会でベストな提案をしたくなるものです。勝手に、ベストソリューション主義と呼んでいる心理です。たいへん美しい姿勢なのですが、こと営業に関しては悪手だと思っています。僕はベストソリューションを提示することよりも、いかに「次もまた話を聞きたい」と顧客に思ってもらえるかにコミットしていました。

アメリカのロバート・ザイアンスが証明した「単純接触効果」をご存知でしょうか。人の愛着や印象は接した時間や内容よりも、接した「回数」に依存するというバイアスです。具体的に何をしていたかと言うと、顧客にコンサルティングを行う際、僕は大量のペーパーを一度の接点で長時間説明せず、何回かに分けていました。接点回数を稼ぐためと、顧客の反応や要望を都度ペーパーに反映させ価値を高めるためです。勿論、顧客の受容性によりますが、続きが聞きたくなる心理効果と、顧客自身も一緒に提案の実現に向かっているという共創心理を作り出すことに成功した経験があります。こうなると一定の確率でプロジェクトは自走し、顧客は「ここまで来たんだから、何とか実現したい」という心理に傾いたりします。以前のnoteで説明した保有効果という心理です。

サブスクリプションで音楽や映画を楽しんでいる方は、定額なので沢山のコンテンツをダウンロードしがちではありませんか?これも一種の保有効果です。サービス提供側は大量のユーザー嗜好データが手に入り、サジェストの精度が向上する、それがサービスの価値を高め、ユーザーのロイヤルティが向上していくスパイラルが回るのです。
このほど、Amazon Primeが値上げを発表しました。海外ではすでに何度か値上げしているのですが、日本では初めてとなります。背後には離脱によるマイナスよりも、値上げの効果が大きいという計算モデルがあるでしょう。「多数のユーザーがAmazon Primeをやめられない状態になっていて、離脱は限定的」と踏んでいるのです。XaaSは継続接点により、サービスの価値を向上させることが収益の面で非常に重要なのです。

『サブスクリプション・マーケティング モノが売れない時代の顧客との関わり方』では、こうした一連のモデルを丁寧に示し、顧客価値の創出と離脱抑制の方法論を展開しています。
その中で継続接点とは「価値の育成」であると定め、端的に定義します。

価値の育成とは、顧客の価値体験をサポートすることである。

これはビジネスモデルだけでなく、人間関係も同じです。たとえば誰かが悩んでいる時に必要なのは、ベストソリューションを提示することではありません。その人に寄り添い、解決に向けて歩き出す過程のサポートこそ、何より重要だと思っています。

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