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名前で運勢が変わるか?(11):音がもつイメージの科学的根拠<上>

音にはそれぞれ固有のイメージや雰囲気があるらしい、ということでした。確かに、感覚的・経験的にはなんとなく理解できるのですが、科学的な根拠はあるのでしょうか。

●ブーバ・キキ効果

有名な現象の一つに、「ブーバ・キキ効果」というのがあります。曲線図形と直線図形の二つを被験者に見せて、どちらがブーバでどちらがキキと思うか聞くと、大多数の人は「グニャグニャ図形がブーバで、ギザギザ図形がキキだ」と答えるそうです。

この現象を初めて報告(1929年)したのは、ドイツの心理学者でヴォルフガング・ケーラーという人です。

ケーラーは無意味な単語(マルマタケテ)と曲線図形・直線図形の関連も調べてみました。すると、やはり多くの人が「丸みのある図形がマルマで、角ばった図形がタケテだ」と答えたそうです。

これらの実験結果は母語や年齢・性別に関係ないそうですから、面白いですね。このことは音に固有のイメージや雰囲気があることを証明しているように思えます。

●音声の [a] は大きいイメージ、[i] は小さいイメージ

アメリカの人類学者で言語学者のエドワード・サピアという人も同じような研究(1929年)をしていました。

大きなテーブルと小さなテーブルの名前として マル [mal] と ミル [mil] という無意味な単語を用意し、どちらのテーブルがどちらの名前か被験者に聞くのです。すると、やはり大多数が「大きなテーブルが マル [mal] で、小さなテーブルが ミル [mil] だ」と答えるそうです。

この結果は、発音の [a] には大きいイメージがあり、[i] には小さいイメージがあることを示しています。英語を話す人々にとって、[a] と [i] を比較した場合、[a] の方が大きく感じられる要素を持っているらしいのです。

●[a] と[i] のイメージ:言語学的な裏付け

発音で [a] の方が [i] より大きく感じられることは、言語学的な裏付けもあるようです。

デンマークの言語学者イェスペルセンは、「発音の響きに対する人間の本能的な感覚こそ、ある単語が使用され、別のものが使われなくなる本当の原因だ」と書いています。[*] [注]

特定の語の概念を表すのに、その語の発音が音響的に相応しく感じたり、しっくりこない場合があるというのです。

そのひとつが、本能的な感覚で「小さい」を表現するらしい [i] の音です。英語の litlle は古代語の lytel から発展したそうですが、この y の発音は [ü] ( [ウ] を発音する口の形で [イ] と発音する)です。

この y [ü] → i [i] の変化は単なる偶然ではありません。 y [ü] よりi [i] のほうが、「小さい」を表現するのに感覚的に相応しかったからです。

一方、「多くの、大きい」を意味する much の語は micel から発展しましたが、変化後の発音には [i] の音がありません。どうなったのでしょうか。[i] の音がもつ感覚的な「小さい」という印象が、much の語で表現したい概念に合わないので、失われたらしいのです。

もちろん、[i] の音がいつも「小さい」を意味するわけではありません。一致しない例としては big や small がありますし、これ以外にも思いつきます。ですが、たくさんの実例を調べていくと、[i] の音がもつイメージが見えてくるのです。

=========<参考文献>=========
[*] 『言語-その本質・発達及び起源』(イェスペルセン著、岩波書店、昭和2年刊)

=========<注記>=========
[注] 音の響きが原因で、歴史的に語音が変化する
 文意を損ねない程度に書き換えたが、原文は次のとおり。
「・・・この音があるために人をして特にその語を採用せしめ、同じ観念を表しながら丁度うまくこの音を持ち合せない様な語を廃させる誘因となった。音象徴は或る語を一層生存に適当せしめ、その生存競争においてよほどの援助を与えると言ってもよい位である。」

『言語-その本質・発達及び起源』、p776


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