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姓名判断の統計データは存在するか?

いわゆる「姓名判断」とは、種類が異なる無数の姓名判断を総称したものです。流派や占い師を変えると、吉凶が反対になることもよくあります。姓名判断をいくつか試したことがある人なら、お気づきでしょう。

中には、「怖いくらいよく当たる」などと公言する占い師もいるようです。ほとんどの占い師は「姓名判断は統計だ」と主張していますから、そんなに当たるとしたら、よほどしっかりした統計データを使っているのでしょう。

●同姓同名の人の運勢

ところで、全国には同姓同名の人が何人くらいいるか、ご存知でしたか? 『名字由来net』によると、最も多い「田中実」さんは約5,300人、2位が「佐藤清」さんで約4,900人、3位の「佐藤正」さんは約4,800人だそうです。

同姓同名ですから、全国の「田中実」さん、「佐藤清」さん、「佐藤正」さんはそれぞれ同じ運勢になるわけです。

同じ運勢の人が約5,000人ずつとは驚きですが、この人たちの運勢が姓名判断で「怖いくらい当たっている」ためには、事前に各360人程度の運勢を調べておく必要があります。そうでないと、意味のある統計データとして使えないのです。[注1]

すると、全国で上位3人の運勢を知るだけでも、360人×3=1,080人を調べなくてはなりません。

●運勢データを集める作業はどのくらい大変か?

全国から「田中実」さん、「佐藤清」さん、「佐藤正」さんを360人ずつ探し出すのは大変な作業ですが、大都市で集中的に選んではいけません。データが偏ります。温暖な気候と陽気な性格、寒冷の気候と塩分過多の傾向など、地域性が気質や健康運に影響する恐れもあります。

全国各地からまんべんなく360人ずつ選ぶにはどうしたらよいでしょうか。そうとう難しそうですね。しかしまあ、あらゆる手段を駆使して、とにかく各360人を探し出したとしましょう。次の難題は、彼らからどうやって実際の運勢を聞き出すかです。

いきなり電話をかけてもダメでしょう。「初めまして、占い師の××と申します。突然ですが、あなたの運勢についてお聞かせください。」 こんな電話が掛かってきたら、私なら絶対に答えたりしませんね。他人の運勢を調べようと思ったら、国勢調査なみの半強制的で組織的な調査が必須なのです。

私も若い頃、占星術に凝った時期がありました。べ400人くらい占いましたが、自分なりに運勢データを集めようと思い、占ってあげる代わりに、50項目ほどの質問に回答してもらったのです。

相手から直に情報を聞き出してさえ、分類に悩む回答も多く、データ整理にはかなり苦労しました。そうした経験からも、次のような鑑定結果には驚嘆せざるを得ません。

●画数と運勢の関係を調べるにはどんなデータが必要か?

例えば、ある流派では「人格」が2画の人と、58画の人を次のように姓名判断しています。ちなみに人格とは、「渡辺直美」さんを例にすると、「辺」と「直」の画数合計のことです。

(A)人格が2画の人
心配性でネガティブ。中年期に低迷し、苦労の多い人生となる。長所:忍耐力があり努力家、面倒見も良く包容力がある。短所:家族との縁が薄い 孤独を感じやすく苦労が多い・・・。

(B)人格が58画の人
晩年に大きな実をつける。たゆまぬ努力と向上心とで目標を達成する。若いうちは苦労があるが、それを糧に大きく飛躍し、30代中頃から運気が安定する・・・。

このような鑑定結果を出すには、統計データとして、人格が2画の人、58画の人の気質や性格だけでなく、家族関係、対人関係、仕事の成否、年代ごとの運気の盛衰など、そうとう立ち入った個人情報を、それも大量に聞き出す必要があったでしょう。

そして情報を提供した側も、めんどうで不愉快な質問に答えるという、苦痛と時間的ロスを受け入れたはずなのです。

これを「田中実」さんに当てはめると、全国の「田中実」さん360人に聞き取り調査して、ようやく 「田中実」さんだけの運勢の全貌が明らかになるのです。

そのうえ、中年期や晩年期の情報を手に入れるには、調査対象が子供や若者ではいけません。必要なのは、全国の65歳以上の「田中実」さんの運勢データです。

●大企業が運営する「運勢データ」サービス?

さあ、「怖いくらいよく当たる」占い師の背景が浮かび上がってきました。これだけ大規模な調査をやってのけたとなると、相当数の専門スタッフを抱えた組織が後ろ盾でしょう。

しかも人件費や調査費用(運勢情報の対価)を支払える資金力と、複雑で膨大なデータを集計・分析できる高度な技術力を持つとなれば、IT系の大企業に違いありません。

「怖いくらいよく当たる」が誇張でないとすれば、上記は妥当な推論でしょう。それにしても、この大企業はどこで利益を上げているのでしょうか。個人の占い師を対象に、利用料方式の「運勢データ」サービス事業でも運営しているのでしょうか。

一部の売れっ子占い師を除けば、そんなに儲かっていない占い師に、高額の利用料は期待できないでしょう。とても割に合うビジネスとは思えません。もしかして、この推論のどこかが間違っているのでしょうか。

●「当たらない」ことを示唆する状況証拠

人間は勘違いや思い込みで判断を誤ることがあるものです。「怖いくらいよく当たる」は、そうした勘違いや思い込みかもしれません。

実際、「当たらない」ことを示唆する状況証拠はいろいろあります。ここでは、吉武竹雄著『姓名と運命』の記事を要約でご紹介しましょう。昭和初期、姓名判断の第二次ブーム真っ盛りのころの話です。

学童12名が乗った車が事故にい、新聞各紙が死傷者の名前を報じました。死亡5名、危篤1名、重症5名、軽症1名。この12名を某有名流派の方法で姓名判断したところ、いずれの名前にも吉数、凶数が同程度に混在し、名前(画数)から生死を分けるような違いは見当たりませんでした。

そこで比較のため、その場に居合わせなかった級友30余名を姓名判断してみると、みな事故に遭った12名と同様、吉数と凶数が混在していたのです。

この著者いわく、「姓名学による姓名の良否などは、人間の運命とは何の関係もないことを、これほど雄弁に物語っている事実はなかろう」というわけです。[注2]

もし、この著者が間違っているとしたら、占い師はひとり残らず、大金持ちで、事故や病気にも縁がなく、仙人のように長命で、彼らの子孫も全員が才色兼備、スポーツ万能で、各界の著名人になっていなくてはおかしいでしょう。そんな話、私は聞いたことがありませんね。

===========<注記>==========
[注1] 必要サンプル数(n)は以下の計算式による
 n = N / [(ε/μ(α))2 × {(N-1)/ρ(1-ρ)} + 1 ]
ただし、N:母集団の大きさ、ε:誤差5%、μ(α):信頼度95%〔1.96〕、ρ:母比率0.5とした。

[注2] 「当たらない」ことを示唆する別の状況証拠
 姓名判断がどうしても気になる人のために、著者は別の例も掲げている。当時の近衛内閣を構成する11人の大臣を姓名判断したところ、結果は予想通りだった。「11氏みな姓名学の吉名者などは無く、世のサラリーマン諸氏 ・・・ と、ほとんど変わりの無い吉数と凶数とを併せ持って」いた。

そして、「姓名学による姓名の吉凶などは、人々の運命とは何の関係もないということを、読者はここに納得すべきである」と書いている。なお、各流派同士が批判合戦を繰り広げている様子を、この著者は次のように冷静に分析している。

「熊﨑健翁氏は・・・『誤れる改名禍』と題する記事を掲げ、自分の流派以外の方法で改名して運命打開の不能であった実例を掲げておられるが、他の流派では・・・「妻を刺し、自らも相果てた医学博士・・・××氏も、熊﨑式によって改名されたものであった」などと、お互いに他派の方法で改名しても無効であったおびただしい実例を示し合っているが、これはそれぞれの姓名学が悪いために凶運となったものではなく、改名などしたということ自体、すでに凶運への道を辿り出していて、これを避けるために行ったことを物語るもので、改名による暗示誘導が、彼らの不幸への進行を止めきれなかったというだけに過ぎないのである。」
※漢字、かなの一部を現代表記した

『姓名と運命』(吉武竹雄著、紀元書房、昭和12年〔1937年〕)

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