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運命転換に失敗した占い師たち

数年がかりで手に入れたのが『姓名占象法講座』という講義録(テキスト?)です。勝山氏がいう高木乗先生著『姓名占象法』とはこのことでしょう。[*1] [注1]

●高木乗氏の姓名観

高木氏はこの書の中で、「姓名は暗示のみ」として、次のように述べています。

さて、私はこれから、運命判断上の一時の便法である「人の姓名」のことを説くが、そもそもこの人の「姓名」なるものは、決して人間を支配するごとき力を持っているものではないが、しかしその術をもってすれば、その人の運命を読むことはできる。それはその人のいわゆる吉凶についての暗示が、その姓名の上に現れているからである。・・・

しかし今、私の説に反対する人のためにいっておくが、世の中の人の中には、第一に、姓名などをつけ替えずとも自然によくなる人、第二に、名を取り替えたのを機縁としてよくなる人、第三に、名をいくら取り替えてもよくならぬ人、の三つの段階があることを知らねばならぬ。

名を取り替えたゆえに運がよくなると信ずるものは、その人がすでに悪運の暗示を持っているゆえに、言わず語らずの中に自然がそうさせるのである。

また改名後の運命を後天運などと唱えて、畑でも作るように我運を作り、かつ作らせようとするのは、いわゆる人生を弄ぶもので、心理、精神いずれの方面から考えてもほめた話ではない。かようなことは一時の気なぐさめにすぎない。

『姓名占象法講座』(高木乗 述)

姓名判断で改名しても運命を変えることはできない、姓名判断はあくまでも「占い」であって、「呪術(魔術)」ではない、というのが高木氏の考えのようです。

先ほどの勝山氏の姓名観は、この高木氏の思想を受け継いだものに間違いなさそうです。

●なぜ名前で運命は変わらないのか?

高木乗氏の姓名観は自身の占い研究によるところが大きかったのではないでしょうか。彼は四柱推命を深く研究されたそうですが、四柱推命は生れた年、月、日、時間で人の一生を読み取る占いです。

この種の占いでは、運命(大まかな人生の見取り図)はその人が生まれた時点ですでに決定している、という発想が根底にあります。

このような運命観を名前に適用すれば、「○○の運命を持って生まれたから、偶然にも、その運命を暗示する△△の名前を得た」となるでしょう。

「名前」という表徴は「運命」という岩盤の上に乗っているもの、という考え方です。であれば、表面的な名前を変えたからって、基礎の運命が変わるわけがない、となります。

●運命転換に失敗した占い師たち

確かにそんな気がします。だいたい、当人は大した努力もせずに、名前の魔力だけで運命が変わるとしたら、話がうますぎるでしょう。

「名前は、その人の運命の枠を越えない範囲で、運勢に影響することがある。」これなら、まだ理解できます。足の遅い亀でも、アキレスに追いつかれるまでは、アキレスの前を走ることができますから。[注2]

実際、過去に何人もの占い師が運命転換に失敗しているのです。たとえば、改名で短命をまぬかれると請け合った佐々木盛夫氏は明治36年5月に急逝し、霊術界の異才とうたわれ、姓名判断書も著した松原皎月こうげつ氏は29歳で夭折ようせつしました。[*2-4]

天海僧正の命名秘法を手に入れたと主張した田中茂公氏は、後に精神に異常をきたし、50歳で夭死したうえ、遺産は遺族に残されることなく、裁判所が処分したそうです。[*2]

大日本陰陽会を創設して姓名判断を教えていた小林宜園氏も、34歳の妻に先立たれ、自身も会の運営ができないほど健康を害し、60歳を越えることなく病没したそうです。 [*4]

また、姓名判断に反切法を用いたとして非難された高橋成允氏も50歳代で亡くなったそうです。[*5]

とりわけ、54歳で自ら命を絶った石島道将氏の場合は悲惨です。病魔に侵され、転地療養も奏功せず、一度目の剃刀かみそり自殺が未遂に終わったのは、半身不随が原因だったというのです。 [*6] [注3]

健康と長寿は吉運の代表格ですから、これらの事実は弁解の余地がありません。

●名前は運命に対して、まったく無力なのか?

本音を言えば、私自身も、姓名判断についていろいろ調べた結果、高木乗氏と同様の考えに強く傾いていました。

「姓名判断は、せいぜい「占い」でしかなく(それも、しばしば外れる)、実体のない名前が人の運勢に影響するわけがない。まして運命を変えるなど、あり得ない」と。

そんなとき、「これはひょっとして・・・」と、信念をぐらつかせる一冊の本に出会ったのです。(つづく)

==========<参考文献>==========
[*1] 『姓名占象法講座』(高木乗 述、命理学会、昭和8年〔1933年〕)
[*2] 『名称教育精義』(楠本博俊著、精華堂、昭和4年〔1929年〕)
[*3] 『姓名鑑定秘法講習録 天巻・地巻』(松原皎月著、洗心会出版部、昭和9年〔1934年〕)
[*4] 『姓名学真髄 改3版』(根本円通著、正名閣、昭和15年〔1940年〕)
[*5] 『開運命名の真理』(根本圓通著、神宮館、昭和31年刊)
[*6] 『明らかによく判る実用姓名学』(霊理学派姓名研究会同人 編著、正名閣、昭和9年〔1934年〕)

==========<注記>==========
[注1] 高木乗氏(初代)の姓名判断
 『姓名占象法講座』では、易を用いた判断法や測字法が紹介されている。全体は第一講(上・下)、第二講(上・下)、第三講(上・下)からなり、その序文には次のようにある。

「此の「姓名占象法」は、世間にこれまで多く行われている姓名学とは、全くその趣を異にし、且つ自分がこれまで発表した所のものと大いに相違するものがある。これらはこれまで行われてきた所の姓名学に対し、常に大いに不満を感じていた所の現れである。即ち自分に於いては、種々研究せる結果としてここにこの姓名占象法を成立せた〔原文のとおり〕のである。」(漢字、かなの一部を現代表記)
※高木乗氏は昭和前半に活躍した占い師で、四柱推命に関しては著名。

[注2] アキレスと亀
 アキレスと亀の話(アキレスは永遠に亀を追い越せない)は「ゼノンのパラドックス」のひとつ。アキレスが亀に追いつくまでの時間に限定すれば、亀はいつもアキレスの前を走っている。

これを人の運命に置き換えると、生れた環境や気質、天分の有無など、当人が選択できないさまざまな制約があったとしても、その条件の範囲内でなら、自由に生き方を選択できる。ただ、越えられない境界線がどこにあるのか、人間にはわからないのだが。

[注3] 運命転換に失敗した占い師たち
 以下に佐々木盛夫氏、田中茂公氏、高橋成允氏の関連情報がある。
・佐々木盛夫氏 ・・・『発掘!「現代の姓名判断」の起源(7)
・田中茂公氏 ・・・・『「姓名判断は我が国百年の歴史」が本当だ(5)
・高橋成允氏 ・・・・『「姓名判断は我が国百年の歴史」が本当だ(1)

なお、小林宜園氏には『運命学講義(1925年)』『運命学要綱(1926年)』などの著作があり、姓名判断も教えていた。また、石島道将氏には『姓名予言術(1913年)』『姓名構成秘法(1914年)』『姓名学の神秘(1930年)』などの著作がある。


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