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技法の信憑性(3):五気(五行)<上>

●「五気」の判断法

「五気」(「五行」ともいう)は、明治の中頃に「数霊」と同時に登場した技法です。漢字を音読みして、その音に五行を配当し、五行がどんな配列・配合になっているかで吉凶を判断します。

五行とは、「古代の中国人が考えた、万物を構成する五つの要素」のことで、木、火、土、金、水の五つがあります。漢字もこれらの性質を持っていると考えられるので、五行のどれかが配当されます。

●漢字の五行

個々の漢字に五行を配当するには、一定のルールがあります。漢字には音読みと訓読みがありますが、音読みにしたとき、ア・ヤ・ワ行で始まれば土の性質、カ行で始まれば木の性質、サ行なら金の性質 ・・・ と決まっているのです。

また、濁音(ガ、ザ、ダなど)、半濁音(パ、ピ、プなど)は清音に置き換えることになっています。

【漢字音と五行】
 ア・ヤ・ワ 行  ―――― 土性 
 カ 行  ―――――――― 木性
 サ 行  ―――――――― 金性
 タ・ナ・ラ 行  ―――― 火性
 ハ・マ 行  ―――――― 水性

たとえば、北川景子さんなら、北(ホク)、川(セン)、景(ケイ)、子(シまたはス)と音読みできるので、北(ハ行→水)、川(サ行→金)、景(カ行→木)、子(サ行→金)となり、水-金-木-金の配列になります。

この五行配列には一応、吉凶が決まっているのですが、例によって、流派が違うとその評価も違います。

ある流派では、五行が相生となる組み合わせ、たとえば「水-金」を吉としますが、別の流派ではこれを凶とし、かえって相剋となる組み合わせ、「木-金」などを吉とします。さらに別の流派では、相生、相剋とは関係なく、五行が偏りなく混ざっているのを吉とするところもあります。

これだけでも姓名判断の利用者を混乱させるには十分ですが、もっと根本的な問題があります。それは漢字の音読みがひとつとは限らないことです。

●漢字の音読みはひとつではない

漢字の音読みには呉音、漢音、唐音などがあります。すると、どの音読みを採用するかで、漢字の五行が違ってくることもあるわけです。[注]

 たとえば「行」という漢字は、呉音では「ギョウ」で、「修行(しゅぎょう)」、「行者(ぎょうじゃ)」などと使われます。ところが、漢音なら「コウ」で、こちらは「旅行(りょこう)」、「行軍(こうぐん)」となり、唐音なら「アン」で、「行燈(あんどん)」、「行脚(あんぎゃ)」となります。

つまり、「行」というひとつの漢字が「ギョウ」→カ行→木、「コウ」→カ行→木、「アン」→ア行→土と、2種類の五行を持つことになるのです。音読みが複数あったのでは、漢字の五行は決められませんが、どうしたらよいでしょうか。

●『磨光韻鏡』を典拠にした親切な流派

そこで親切な姓名判断書には、読者が余計な気を遣わないで済むように、あらかじめ漢字と五行の対応表が用意されています。問題はその対応表の信憑性です。流派によっては『磨光韻鏡まこういんきょう』という昔の書物を典拠にしたというのですが・・・。

この『磨光韻鏡』は、仏教僧の文雄もんのうという人が1744年に著した漢字音の研究書で、江戸時代の漢字音研究に絶大な影響力をふるったそうです。

一見、信頼性が高そうですが、よく調べてみると、文雄は、情報不足の当時としてはやむを得ないのですが、「唐音の発音は正確だが、呉音・漢音はなまっている」と信じていたようです。[*1-2]

漢字伝来は大昔のことなので、長い年月のうちになまりを生じた発音もあったでしょうが、呉音、漢音、唐音の違いは、訛っているとかいないとか、そういう理由ではありません。詳しいことはこの後に出てきますが、『磨光韻鏡』を唯一絶対とする根拠は無さそうです。

●より親切な流派と、もっとも親切な流派

余談ながら、『磨光韻鏡』を典拠にしたとする姓名判断書には、少々気になる点があります。どういうことかというと、これらの占い本では、なぜか漢字の音読みがどれも漢音になっているのです。たとえば「行」を「コウ」(カ行)とし、木性を配当しています。

しかし、文雄は唐音の正確さを主張したので、本来は唐音の「アン」(ア行)を採用すべきで、土性になるはずです。何か変です。『磨光韻鏡』の権威を借りただけのはったり●●●●だったのか、それとも当時、『磨光韻鏡』の不正確な海賊版がたくさん出回ってでもいたのでしょうか。

一方、漢字と五行の対応表の根拠を示さない流派は、もっと多数あります。企業秘密でもないでしょうが、いたずらに利用者を不安にさせないという意味では、よりいっそう親切といえなくもありません。

その中でもっとも親切なのは、なんといっても次の流派でしょう。複数の音読みを持つ漢字は、五行を配当したとき「吉」となる読み方を随意に選んでよいというのです。ずいぶん柔軟な考え方ですが、もちろん私はこの流派が一番気に入っています。

※つづきはこちら ⇒『技法の信憑性(3):五気(五行)<下>

=========<参考文献>=========
[*1] 『五十音図の話』(馬渕和夫著、大修館書店)
[*2] 『磨光韻鏡』(文雄著、林史典解説、勉誠社)
[*3] 『漢字の字音』(沼本克明著、『漢字講座1 漢字とは』所収、1988年)

=========<注記>=========
[注] 漢字の音読み(呉音、漢音、唐音)
 もっと厳密な区分では呉音、漢音、新漢音、宋音、唐音の五つになり、微視的にみれば、それぞれの区分がさらに細分化できるという。[*3]




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