見出し画像

技法の信憑性(3):五気(五行)<下>

※前半はこちら ⇒『技法の信憑性(3):五気(五行)<上>

●姓名判断的に「正しい音読み」ってなに?

漢字の音読みには呉音、漢音、唐音などがあり、どの音読みを採用するかで、漢字の五行が違ってくるということでした。音読みが複数あったのでは、漢字の五行は決められません。

はたして、姓名判断的に正しい音読み、言い換えれば、漢字の五行を正しく反映している漢字音などというものがあるのでしょうか。

●時代による漢字音(発音)の違い

複数の漢字音については、『漢字の過去と未来』(藤堂明保著)によると、次のとおりです。

紀元後6世紀(六朝時代)に長江下流にあった南朝宋の国と日本の倭国との間に往来があり、呉は南朝中国の俗称で、そのころの中国語をまねたのが呉音読みである。

7-10世紀に遣唐使が唐の長安を訪れて伝えたのが漢音読みであるが、呉音とか漢音とか言いだしたのは、平安朝の初め、遣唐使が唐に留学してからのことである。

留学生たちは、当時の中国で「呉音」をいやしめ、「長安・洛陽の音」を標準音にしていることを見聞した。その習慣を持ち帰って、従来日本に伝わっていた旧式発音を「呉音」と呼び、自分たちが習ってきた唐都の新しい中国語を「漢音」と称して唱道した。

『漢字の過去と未来』(藤堂明保著)[*1]

漢字の発音は時代とともに少しずつ変化していたので、その発音がいつ日本に伝えられたかによって、「呉音」「漢音」として区別されたというのです。したがって、漢字の五行を正しく反映している発音は「呉音」か、「漢音」か、などという問いはピントはずれなのです。

●地域による発音の違い

さらに、同時代でも地域によって発音が違うことがあります。大正3年〔1914年〕に早くもこの点を指摘したのが太乙道人氏です。「五気」の技法は漢字音の歴史的な変化や地域的な違いを無視しているので、ア・ヤ・ワ行を土性、カ行を木性 ・・・ とするルールはナンセンスだというのです。

文字の本源は中国であって、時代の推移と地域的な言語の違いで漢字の発音は大きく変化する。だから、現在のわが国での発音で漢字の五行を区別するというのは、その本源を忘れたものである。

例えば、「漢」「海」の文字はわが国でこそカン、カイと発音するが、中国ではどこの地域でもハン、ハイと発音している。「茶」の文字などは、北方ではチャー、南方ではチェー、上海ではソーと、地域によって発音が大きく異なっている。(読みやすいように、文意を損ねない程度に書き換えた)

『姓名と運命』(太乙道人著)[*2]

「漢」「海」の五行は、カン、カイの発音では木性ですが、ハン、ハイの発音なら水性になります。「茶」の五行も、チャー、チェーでは火性ですが、ソーなら金性になります。地域的な発音の違いを詳しく調べてみたら、たいていの漢字は五行をひと揃い持っていた、なんてことにもなりかねません。

●日本人と中国人の発音の違い

「漢」「海」に限らず、日本人の癖に合わせて、本来の発音とかけ離れてしまった漢字はたくさんあります。

たとえば、仙、煎、泉、船、旋 などの唐代漢語は日本の漢音読みですべて「セン」と発音しますが、正しい発音は 仙 [siεn]、煎 [tsiεn]、泉 [dziuεn]、船 [t∫`Iuεn]、旋 [ziuεn]だそうです。発音記号を見比べると、まったく別の漢字音であることがわかります。[*1]

これに関連した話で、田中克彦氏は『名前と人間』の中で次のように書いています。

私の名前は、日本人として典型的なものだが、大多数の、日本人となじみのないドイツ人にとっては、とりつく島のない名前であろう。そこで、カナカと呼ばれることが多い。これなら太平洋のどこかの島に住む人たちの名として、もう少しなじみがあるからだろう。

『名前と人間』(田中克彦著)[*3]

そして恐らく同じ理由で、ロシア人からはタナキ、ブルガリア人からはタマーシカと呼ばれることが多かったそうです。

つまり、「ことばはすべて、まずオトの面で、それぞれの言語にきまった型があり、人は、それまでに耳にしたことがない異常なオトの連なりを聞くと、それを、自分の言語のもっている型にあてはめて解釈する」のです。

日本人が中国人の発音を聞いた時にも、これと同じことが起こったと想像されます。

例えば、「会」という漢字は現代中国語では hui で、「好」は hao ですが、日本の字音と合わないため、これらの h音を k音に移し誤ったらしいのです。また、「東」も本来の発音 tong の ng が省略されました。その結果、hui は kai に、hao は ko_ に、tong は to_ になったようです。[*4]

日本人の音読みがこれほど不正確な漢字音なら、音読みで漢字に五行を配当しても意味がないでしょう。そのうえ漢字の五行がひとつに定まらないとすれば、この技法の実際的な利用価値はかなり怪しくなってきます。

●音読みがない漢字

もうひとつ、音読みを持たない漢字にも触れておきましょう。あるのです、そういうのが。[注1]

李順然氏は『中国 人・文字・暮らし』のなかで、こんなことを書いています。中国の国内向け放送のアナウンサーから、日本人の名前によくある「辻」とか「畑」を中国語でなんと読むのか聞かれて困ったと言うのです。[*5]

アナウンサーといえば職業がら人名には明るそうなのに、そういう人が知らないのも驚きですが、そもそも漢字の本家で発音がわからないとは、奇妙ではないでしょうか。

実はこういうことなのです。漢字には中国から伝わった正真正銘の漢字のほかに、日本人が作った漢字があります。「辻」や「畑」のほかに「くめ」「麿まろ」などがそれで、これを国字といいます。

和製漢字なので、もちろん中国読み、つまり本来の音読みというのはありません。それで中国人が読めなかったというわけです。

和製漢字はジーと見ていると、多くはそれとわかります。というのも、たいていが意味のある漢字を部品のように組み合わせているからです。

山道で上りから下りに転ずるところは「とうげ」、身を美しくするよう心がけるのは「しつけ」、人が忙しく動き回るので「はたらき」、神に供える木は「さかき」などですが、うまくできすぎていると思ったら、そのはずです。[注2]

●漢字に五行を配当する根拠

ところで、「五気」にはどんな理屈があるのでしょうか。この技法を創案したのは、数霊法の創案者でもある菊池准(準)一郎氏ですが、菊池氏はこの技法の詳しい説明を書き残しませんでした。

菊池氏に代わって、初めてこの技法について解説したのは、海老名復一郎氏です。海老名氏は『姓名判断 新秘術』でおよそ次のように書いています。

文字は人間の音声がもとになって生まれたものである。そして、人間の音声は木・火・土・金・水の五性(五行)で組織されているから、音声によって生じた文字も五性を有しており、木性、火性、土性、金性、水性の区別がある。昔から言われているように、五十音のア・ヤ・ワ行は土性、カ行は木性、ハ・マ行は水性、サ行は金性、タ・ナ・ラ行は火性である。 [注3]

『姓名判断 新秘術』 (海老名復一郎著)[*6]

また、赤井玄青氏も同様の主旨で、およそ次のように書いています。海老名氏の『姓名判断 新秘術』が種本かもしれませんが、内容的にはこちらのほうがわかりやすいでしょう。[*7]

万物は五行的性質を帯びており、人が発する音声にも木、火、土、金、水の五行の性質が表れる。そして文字(漢字)はこの音声が形をとったものなので、五行の性質をもつのは明らかである。

『姓名学原則』(赤井玄青著、大正2年刊)

海老名氏や赤井氏がこの技法の前提としている「人の音声は五行の性質をもつ」については、思想的な根拠があります。

●人間の音声と五行

中国の音韻学では伝統的な言語音の分類がありました。牙音、舌音、喉音、歯音、唇音のことで、これを五音ごいんというそうです。k、g の発音は牙音、t、d の発音は舌音などとして、言語音を五つに分類したものです。[注4]

中国では、五音と五行の関係は宋代にできました。宋代に発達した儒教哲学を宋学といいますが、この宋学の学者たちの一部が人間の音声を五行で説明するようになったのです。

彼らは宇宙の原理や人間の本性を陰陽の二気と木、火、土、金、水の五行で論じましたが、万物を陰陽と五行で説明するためには、人間の声も説明できないと具合が悪かったのでしょう。それまで別々に発達してきた中国音韻学と、易学をもとにした陰陽五行説は、宋代に至って結び付けられたのだそうです。[*8-9] [注5]

この五音と五行の関係がその後、日本式に訛った漢字音、つまり音読みと漢字の関係に当てはめられ、「五気」の技法に応用されたわけです。五十音のカ行は牙音、サ行は歯音 ・・・ とする関連付けは昔からあったので、五十音に五行を配当するのは簡単でした。[注6]

(五音)   (五行)  (五十音)
 牙音 ――― 木 ――― カ行の発音
 舌音 ――― 火 ――― タ・ナ・ラ行の発音
 喉音 ――― 土 ――― ア・ヤ・ワ行の発音
 歯音 ――― 金 ――― サ行の発音
 唇音 ――― 水 ――― ハ・マ行の発音

●江戸庶民の名前の吉凶判断

上記のような背景がわかってしまうと、『姓名判断 新秘術』(海老名復一郎著)に書かれた五行配当の手順説明も、それほど唐突感はありません。

文字に五行を配当する場合、その文字の初音によって、木、火、土、金、水のどの性質を持つかわかる。たとえば「長」の字音は「チョウ」であるから、五十音の「タ行」に当たり、火性の文字となる。また「保」の字音は「ホ」で「ハ行」に当たり、水性の文字となる。また「義」の字音は「ギ」で「カ行」に当たり、木性の文字となる。[注7]

『姓名判断 新秘術』(海老名復一郎著) [*6]

しかし、創案者がきちんと解説していない「漢字に五行を配当する方法」を、海老名氏はどうやって知ったのでしょうか。

彼は種本の『古今諸名家 姓名善悪論 初編』(菊池准一郎著)を深く研究したらしいので、独力で答えにたどり着いたのかもしれませんが、他の理由も考えられます。

実は、菊池氏がこの技法を編み出すヒントになったかもしれない占いが、昔からあったのです。生まれた年の五行と名前(漢字の字音)の五行の相性によって、単に吉か凶を判断するだけの超シンプルな占いですが、江戸時代から庶民の間ではポピュラーなものでした。[注8]

「五気」の技法で漢字に五行を配当し、相生相剋で吉凶判断する手順は、この占いと同じなのです。

海老名氏が種本(菊池氏の『初編』)に書いてなかった使い方をどうやって知り得たか、これなら説明がつきます。ことによると、菊池氏がこの技法の使い方をいちいち説明しなかったのも、「そんなことはみんな知ってるだろう」と考えたからかもしれません。

==========<参考文献>=========
[*1] 『漢字の過去と未来』(藤堂明保著、岩波新書)
[*2] 『姓名と運命』(太乙道人著、東亜堂、大正3年)
[*3] 『名前と人間』(田中克彦著、岩波新書)
[*4] 『漢字学概論』(市川本太郎著、明治書院)
[*5] 『中国 人・文字・暮らし』(李順然著、東方書店)
[*6] 『姓名判断 新秘術』 (海老名復一郎著、明治31年)
[*7] 『姓名学原則』(赤井玄青著、大正2年)
[*8]『ハングルの世界』(金両基著、中公新書)
[*9]『ハングルの成立と歴史』(姜信沆著、大修館書店、1993年)

==========<注記>=========
[注1] 音読みを持たない漢字の五行
 姓名に音読みがない国字をもつ人は、どうすればよいか。こういう場合、訓読みの初めの音をそのまま五行に置き換えるのが一般的。ただし、なぜこのやり方でよいのか、まったく説明がない。苦肉の策ということか。

[注2] 国字の音読み
 すべての国字が音読みを持たないかというと、そうでもない。中国読みは無くても、日本人がつくった音読みを持つ国字はいくつかある。たとえば、「働」には「ドウ」という音読みがあるし、「腺(セン)」や「鋲(ビョウ)」などは音読みだけだそうだ。
<参考> 『国字』(坂詰力治著、『漢字講座3』所収、明治書院)

[注3] 文字の五行
 文字がもつ五性(五行)について、 『姓名判断 新秘術』(海老名復一郎著)は次のように説明している。
 「文字の出生はその本源、我人の音声より発し、すなわち(アイウエオ)の五気を象り、火水木金土をもって組織し、その数、五十字をもって成れり。・・・これに依りて生じたる文字はみな五気を踏み、五性を有し、いわゆる金性、火性、土性、水性、木性の文字等、区別あり。古語にいわく、「アヤワ土」、木は「カキクケコ」、ハマは水、金「サシスセソ」、火は「ナク〔原文のまま〕ラ」なり。(句読点を追加、漢字・かなの一部を現代表記)

[注4] 韻書反切からみた随・唐の三七声母表
 『漢字概説』(藤堂保明著、『岩波講座 日本語8』所収、岩波書店)から転載(下表上段)。k、g の発音は牙音、t、d の発音は舌音などとして分類されている。

[注5] 大広益会玉篇に見る五音と五行
 「大広益会玉篇」は宋代に編纂された字書だが、ここに五音と五行の関係が掲載されている。(下表下段)

『漢字概説』(藤堂保明著、『岩波講座 日本語8』所収、岩波書店)から転載
 『和刻本辞書字典集成 第二巻』(長澤規矩也編、汲古書院)

[注6] 江戸時代の五十音図
 『韻鏡』(寛永五年〔1628年〕)の「五音五位之次第」(下図)には、左端に「ア・ワ・ヤ喉、サ・タ・ラ・ナ舌・・・」とあり、『倭字古今通例全書』(橘成員著、元禄九年〔1696年〕)の「五音五位」(下図)には、上部に「喉、歯、牙、舌、唇」と「ア、カ、サ、タ、ナ・・・」との関連付けが見える。ちなみに、「ア・ワ・ヤ喉・・・」を「五音の歌」という。

『五十音図の話』(馬渕和夫著、大修館書店)
『五十音図の話』(馬渕和夫著、大修館書店)から転載
『五十音図の話』(馬渕和夫著、大修館書店)から転載

[注7] 五行配当の手順 漢字に五行を配当する手順について、
 漢字に五行を配当する手順について、 『姓名判断 新秘術』(海老名復一郎著)は次のように説明している。

 「姓名学文字に五気配合を付するは、文字音の頭字の仮名を採て五十音に当て、火性の文字なるか、水、土、金性の文字なるかを顕す。たとえば(長)の仮名は(チョウ)となり、五十音の「タ行のチ」に当るをもって火性の文字となり、また(保)の仮名は「ホウ」となり「ハ行のホ」に当たる水性の文字となれり。また(義)の仮名は「ギ」なり、「カキクケコ」のキ行に当たる木性の文字なりとす。」(句読点の追加、漢字・かなの一部を現代表記)

[注8] 生まれ年の五行と名前の五行の相生相剋で吉凶判断する占い
 この占いは庶民向けの「大雑書(おおざっしょ)」という書物にでている。大雑書は、江戸初期に出始めた頃は日と方角の吉凶と、将来を予言する占いが主な内容だったが、後には日月食や虹、雷電の解説、海の満潮・干潮の時刻が記載されるなど、江戸庶民の生活辞典としても重宝されたようだ。 

 大雑書研究の先駆者である橋本万平氏によると、「(大雑書は)どんな家庭でもそれぞれ一冊を置いていたのではないかと考えられる。従ってこの名を付けた本が、江戸期には百種類近くも出版されたと思われる」という。
<出典>
『大ざっしょ 』(橋本万平著、日本古書通信社)
『寛永九年版 大ざっしょ』(橋本万平・小池淳一 編、岩田書院)

 さて、その占い方であるが、まず、その人の生まれ年から五行(木、火、土、金、水)の性を定める。これは生年干支から一定のルールで決まる。「五行干支納音表」などの早見表を利用してもよい。「きのえね(甲子)」なら金性、「ひのえうま(丙午)」なら水性などである。
 人は生まれながらに五性、つまり木、火、土、金、水の五つの性質(五行)のどれかを持つとされるので、まず自分がどの性質を持つか知る必要があるわけだ。

 次に、生まれ年の五行が名前に用いる漢字の五行と相性がいいかどうか、つまり相生関係になっているか調べる。新しく命名するなら、相生関係になる漢字を選べばよい。
 たとえば『永代雑書 万暦三世相』の「男女の命名吉凶」の章には、木性の生れ、火性の生れ、・・・の人が用いるべき漢字が約60字ずつ掲載されている。「木性の人は水性に当たる文字を選ぶのがよく・・・例えば、武(ぶ)、茂(も)、万(まん)、兵(ひょう)・・・」とある。

 このような生まれ性(五行)に適した漢字表は、古くから大雑書に掲載されていたようだ。以下は『永代大雑書』の「男相性名頭字」の部分(下図)であるが、不鮮明なので、文字の種類と配列が同じ『三世相安政雑書万暦大成』の同部分(下図)も掲載する。

 なお、大雑書のほかにも同じ占いを掲載している書物群がある。「名乗字引」といって、こちらも江戸時代には類書がたくさん出回り、広く利用されたようだ。明治期の出版も多数ある。
 名乗とは、公家や武家の男子が成人したとき、幼名に替えてつける実名(本名)のこと。生まれ年の性(五行)と名乗の漢字の性(五行)が相生になるように、「名乗字引」を参照して漢字を選んだという。
<出典>
『永代雑書 万暦三世相』(昭和12年〔1937年〕)
『永代大雑書』(安政3年〔1856年〕)
『三世相安政雑書万暦大成』(明治16年〔1884年〕)
『明治増補 名乗字引』(高井蘭山 輯、工藤寒齋増補、明治4年〔1871年〕)
『日本大百科全書』(「名乗」の項目、渡邉一郎解説、小学館)

『永代大雑書』(安政3年〔1856年〕)
『三世相安政雑書万暦大成』(明治16年〔1884年〕)

『明治増補 名乗字引』(高井蘭山 輯、工藤寒齋増補、明治4年〔1871年〕)
『明治増補 名乗字引』(高井蘭山 輯、工藤寒齋増補、明治4年〔1871年〕)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?