※前半はこちら ⇒『技法の信憑性(3):五気(五行)<上>』
●姓名判断的に「正しい音読み」ってなに?
漢字の音読みには呉音、漢音、唐音などがあり、どの音読みを採用するかで、漢字の五行が違ってくるということでした。音読みが複数あったのでは、漢字の五行は決められません。
はたして、姓名判断的に正しい音読み、言い換えれば、漢字の五行を正しく反映している漢字音などというものがあるのでしょうか。
●時代による漢字音(発音)の違い
複数の漢字音については、『漢字の過去と未来』(藤堂明保著)によると、次のとおりです。
漢字の発音は時代とともに少しずつ変化していたので、その発音がいつ日本に伝えられたかによって、「呉音」「漢音」として区別されたというのです。したがって、漢字の五行を正しく反映している発音は「呉音」か、「漢音」か、などという問いはピントはずれなのです。
●地域による発音の違い
さらに、同時代でも地域によって発音が違うことがあります。大正3年〔1914年〕に早くもこの点を指摘したのが太乙道人氏です。「五気」の技法は漢字音の歴史的な変化や地域的な違いを無視しているので、ア・ヤ・ワ行を土性、カ行を木性 ・・・ とするルールはナンセンスだというのです。
「漢」「海」の五行は、カン、カイの発音では木性ですが、ハン、ハイの発音なら水性になります。「茶」の五行も、チャー、チェーでは火性ですが、ソーなら金性になります。地域的な発音の違いを詳しく調べてみたら、たいていの漢字は五行をひと揃い持っていた、なんてことにもなりかねません。
●日本人と中国人の発音の違い
「漢」「海」に限らず、日本人の癖に合わせて、本来の発音とかけ離れてしまった漢字はたくさんあります。
たとえば、仙、煎、泉、船、旋 などの唐代漢語は日本の漢音読みですべて「セン」と発音しますが、正しい発音は 仙 [siεn]、煎 [tsiεn]、泉 [dziuεn]、船 [t∫`Iuεn]、旋 [ziuεn]だそうです。発音記号を見比べると、まったく別の漢字音であることがわかります。[*1]
これに関連した話で、田中克彦氏は『名前と人間』の中で次のように書いています。
そして恐らく同じ理由で、ロシア人からはタナキ、ブルガリア人からはタマーシカと呼ばれることが多かったそうです。
つまり、「ことばはすべて、まずオトの面で、それぞれの言語にきまった型があり、人は、それまでに耳にしたことがない異常なオトの連なりを聞くと、それを、自分の言語のもっている型にあてはめて解釈する」のです。
日本人が中国人の発音を聞いた時にも、これと同じことが起こったと想像されます。
例えば、「会」という漢字は現代中国語では hui で、「好」は hao ですが、日本の字音と合わないため、これらの h音を k音に移し誤ったらしいのです。また、「東」も本来の発音 tong の ng が省略されました。その結果、hui は kai に、hao は ko_ に、tong は to_ になったようです。[*4]
日本人の音読みがこれほど不正確な漢字音なら、音読みで漢字に五行を配当しても意味がないでしょう。そのうえ漢字の五行がひとつに定まらないとすれば、この技法の実際的な利用価値はかなり怪しくなってきます。
●音読みがない漢字
もうひとつ、音読みを持たない漢字にも触れておきましょう。あるのです、そういうのが。[注1]
李順然氏は『中国 人・文字・暮らし』のなかで、こんなことを書いています。中国の国内向け放送のアナウンサーから、日本人の名前によくある「辻」とか「畑」を中国語でなんと読むのか聞かれて困ったと言うのです。[*5]
アナウンサーといえば職業がら人名には明るそうなのに、そういう人が知らないのも驚きですが、そもそも漢字の本家で発音がわからないとは、奇妙ではないでしょうか。
実はこういうことなのです。漢字には中国から伝わった正真正銘の漢字のほかに、日本人が作った漢字があります。「辻」や「畑」のほかに「粂」「麿」などがそれで、これを国字といいます。
和製漢字なので、もちろん中国読み、つまり本来の音読みというのはありません。それで中国人が読めなかったというわけです。
和製漢字はジーと見ていると、多くはそれとわかります。というのも、たいていが意味のある漢字を部品のように組み合わせているからです。
山道で上りから下りに転ずるところは「峠」、身を美しくするよう心がけるのは「躾」、人が忙しく動き回るので「働」、神に供える木は「榊」などですが、うまくできすぎていると思ったら、そのはずです。[注2]
●漢字に五行を配当する根拠
ところで、「五気」にはどんな理屈があるのでしょうか。この技法を創案したのは、数霊法の創案者でもある菊池准(準)一郎氏ですが、菊池氏はこの技法の詳しい説明を書き残しませんでした。
菊池氏に代わって、初めてこの技法について解説したのは、海老名復一郎氏です。海老名氏は『姓名判断 新秘術』でおよそ次のように書いています。
また、赤井玄青氏も同様の主旨で、およそ次のように書いています。海老名氏の『姓名判断 新秘術』が種本かもしれませんが、内容的にはこちらのほうがわかりやすいでしょう。[*7]
海老名氏や赤井氏がこの技法の前提としている「人の音声は五行の性質をもつ」については、思想的な根拠があります。
●人間の音声と五行
中国の音韻学では伝統的な言語音の分類がありました。牙音、舌音、喉音、歯音、唇音のことで、これを五音というそうです。k、g の発音は牙音、t、d の発音は舌音などとして、言語音を五つに分類したものです。[注4]
中国では、五音と五行の関係は宋代にできました。宋代に発達した儒教哲学を宋学といいますが、この宋学の学者たちの一部が人間の音声を五行で説明するようになったのです。
彼らは宇宙の原理や人間の本性を陰陽の二気と木、火、土、金、水の五行で論じましたが、万物を陰陽と五行で説明するためには、人間の声も説明できないと具合が悪かったのでしょう。それまで別々に発達してきた中国音韻学と、易学をもとにした陰陽五行説は、宋代に至って結び付けられたのだそうです。[*8-9] [注5]
この五音と五行の関係がその後、日本式に訛った漢字音、つまり音読みと漢字の関係に当てはめられ、「五気」の技法に応用されたわけです。五十音のカ行は牙音、サ行は歯音 ・・・ とする関連付けは昔からあったので、五十音に五行を配当するのは簡単でした。[注6]
●江戸庶民の名前の吉凶判断
上記のような背景がわかってしまうと、『姓名判断 新秘術』(海老名復一郎著)に書かれた五行配当の手順説明も、それほど唐突感はありません。
しかし、創案者がきちんと解説していない「漢字に五行を配当する方法」を、海老名氏はどうやって知ったのでしょうか。
彼は種本の『古今諸名家 姓名善悪論 初編』(菊池准一郎著)を深く研究したらしいので、独力で答えにたどり着いたのかもしれませんが、他の理由も考えられます。
実は、菊池氏がこの技法を編み出すヒントになったかもしれない占いが、昔からあったのです。生まれた年の五行と名前(漢字の字音)の五行の相性によって、単に吉か凶を判断するだけの超シンプルな占いですが、江戸時代から庶民の間ではポピュラーなものでした。[注8]
「五気」の技法で漢字に五行を配当し、相生相剋で吉凶判断する手順は、この占いと同じなのです。
海老名氏が種本(菊池氏の『初編』)に書いてなかった使い方をどうやって知り得たか、これなら説明がつきます。ことによると、菊池氏がこの技法の使い方をいちいち説明しなかったのも、「そんなことはみんな知ってるだろう」と考えたからかもしれません。