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Tomと一人の少女

これは遠い遠い国のお話。
ひとりの少女を持つ家族が小さな山へ夏休みの間だけ家族の時間と静かな森林浴も兼ねてコテージを借りました。
そのコテージの周囲、木が沢山ある中でポツンと1つだけ木製の家がありました。
少女の家族は夏休み中だけとは言え、その家の主人に挨拶しないのは失礼と思い、挨拶に行きました。

少女は玄関にあるベルを鳴らすと、中からは白い髭を生やしたおじいさんが出てきました。そのおじいさんの目からは優しさが溢れ出ており、一目でこのおじいさんが本当に心優しい人だと少女は思いました。
おじいさんは両親に挨拶をしたあと、少女を見るなりその優しさ溢れる目を見開き、「…ね」とつぶやきました。
それを見かねた少女は、
「おじいさん、シャイなのね。『よろしくね』くらいはっきり言わなきゃ!」
と言っておじいさんに手を差し伸べました。
するとおじいさんも、
「こんなところに小さなお嬢ちゃんが来るのは初めてでね、驚いてしまったんだよ。私の名前はトムだよ。こちらこそよろしく。」
と言って少女の手を優しく握りました。

それから数日経ち、少女の家族は日々を楽しく笑いながら過ごしていました。
そんなある日のこと。
少女が、小川で泳ぐ小さな魚と遊んでいた時でした。
森の奥からボロボロの布切れをきた少年が現れました。
(私と同じくらいの年齢かしら。)
少女が少年に対してそんなことを思っているといきなり
バシャッ!
少年が小川の水をかけてきました。
「何するのよ!」
少女は怒りましたが、少年はひるむ様子もなく水をかけて、逃げるように去って行きました呆れた少女は仕方なく家に帰ります。濡れた服のせいで足取りはとても重たいものでした。
少女は両親にそのことを相談しましたが、ここらへんに家はトムおじいさん以外にないからいったいどこの子なんだろう、、、と不思議がるだけでした。

その次の日も少女にいたずらをして逃げていく少年、ある日少女の怒りはついに頂点に達しました。
「明日あったら絶対に許さないんだから!」

そう決意したその夜、少女が寝ている部屋の窓になにやら光が見えました。
何かと思い、窓の外を見ると、なんと雲の上から線路が続いているではありませんか。
そしてその線路の上には光るトロッコが乗っています。
「乗れってことかしら、、、?」
不思議に思いながらも窓に降り立つトロッコに乗り込むと空へとゆっくり進んでいきます。

少女を乗せたトロッコは雲の上に到着しました。
そこには先客が2人。いつもいじめてくる少年と、背の高いピエロ。
少女はその状況に訳がわからず唖然としていましたが、その沈黙を壊したのはピエロでした。
ピエロは小さな声でこう言った。
「僕はこの雲を少し言った先にある扉の前で待ってるよ。そこまでの道のりは君たちには少し険しいかもしれない、制限時間は月が沈むまで。2人で扉の前まで来れたら地上に戻してあげよう。」
そう言ってたちまち雲のように形を失い、消えて行きました。

「どうしよう、、、」
立ち尽くしている少女に少年が一言
「どうしようもないだろ、早く行くぞ、あのピエロの元に行かなきゃなにもわからないだろ。」
少年の声には棘がありました、少女はそれに我慢ならず
「わかったわよ!早く行けばいいんでしょ!」
と、声を荒げました。

雲の上には真っ暗な空間や、濃霧で全く前が見えないような場所などがあり、とてもじゃありませんが少女は怖くて足がすくんでしまいます。
それを見るともせずにズンズンと進んでいく少年の後をついていくのが精一杯でした。

それでも少年の後を必死に追いかけ、なんとかピエロのいる扉の前にたどり着きますが、おかしなことに気がつきます。
扉が「2つ」あるのです、しかも青と赤の2つで青は綺麗なのに赤はとても汚く年季が入っています。

ピエロは2人をみて口を開きました。
「私は善良なピエロなんかではありません。お2人のうちどちらかには不幸になってもらいます。」
「私はこう言いましたね、ここまできたら地上へ戻してあげる、と。ここにある2つの扉はどちらも地上には戻れます。が、ここからの注意点をよ〜くお聞きください。」

「まず、青い扉。こちらは元いた場所の元いた時間に戻る扉です。そしてもう1つの赤い扉。こちらは違う時間の違う場所へ繋がる扉。どちらも1人しか入れません、さああなた方はどちらを選びますか?制限時間はもうありませんよ、、、」
気づけば月はもう雲に隠れかかっています。

少女はどうすればいいか迷っているその時、腕をぐいと捕まれ、扉の中に放り込まれました。
そう、青い扉の中へ、元いた時間の元いた場所へ戻る扉に。いつもいじめられていた少年の手によって。

パタン。

青い扉は閉まりました。その後沈黙が流れますが、やはりこの沈黙を破るのはピエロでした。
「君がこうすることは最初からわかっていたよ。君は優しさというものを知らずに育った。人との接し方を知らずに育った。だから今のは君の精一杯の優しさだろう?あの少女がいっしょに遊んでくれたこと、君は本当に嬉しかったんだね。そしてそんな彼女の幸せを奪いたくなかった、そうだろう?」

少年は黙ってうなずく。

「もう時間だ、君も地上に降りるんだ。」
少年は何も言わずに赤い扉へと入っていく、その時最後にピエロが口を開いた。

「大丈夫、君は今からでもやり直せる。そういえば君には名前がなかったね。今日から君は、、、そうだな、トムだ。君の名前はトムだよ。さあいってらっしゃい、トム」
少年は黙って赤い扉をくぐり抜けると、そこはあたり一帯森でした。家の1つもないただの森。
少年は生活するため、木で家を建てました。そして落ちていた青銅の塊を加工して簡単なベルも付けました。
少年はただひたすら全てのものに優しくしました。動物、木、草、虫。
あらゆるものに感謝をしながら共存し、そして歳をとっていったのです。


そんなある日、すっかりトムがおじいさんになった頃、ある家族が近くにコテージを借りるとの知らせがトムの耳に入りました。
どんな人か会えるのを心待ちにしていたトム、玄関のベルが鳴るなりドアを開けると、丁寧に挨拶をくれる夫婦がいました。
その夫婦に対してお辞儀をし、トムも丁寧に挨拶を返します。
その時、もう1人の存在に気がつきました。

そう、その子はあの時雲の上を共にした、あの少女だったのです。

トムは目に涙を浮かばせながら小さな声でこう言いました。

「あの時は、優しくできなくて、ごめんね」 と。

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