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8月20日~8月26日 渋谷事変+リップモンスター

大学の進学と同時に関西から東京に出てきてはや15年。気づけばもう30代後半だ。思い返すとこの街では見栄ばかり張っていた。いや、張らなくては生きていけなかった。

関西出身のオレは、入学当初から“面白い”というレッテルを張られた。だから、どんな無茶ぶりにも答え、結果を出し続けた。また、二浪して入ったゆえに“大人”というレッテルも貼られた。だから、女の子とキスや手を繋いだことさえなかったが、マンガや雑誌、本、チャラ男のブログなどありとあらゆるツールを駆使して彼女いない歴=年齢を隠そうと必死だった。そして、それは社会人になっても変わらなかった。30過ぎてアレだと魔法が使えるというが、実際に使えるのはお世辞と作り笑顔だけだ。

今日は、渋谷のカフェバーで開催の新入社員歓迎会に来ていた。この店は幹事役の後輩にオレが教えた店だ。こういう大人の男を演じるための研究は相変わらず欠かしていない。今では歩く東京ウォーカー、食べログと呼ばれている。

二次会はオレがいきつけという体のスナックで行った。当然、この店に実際に来るのは初めてだ。若すぎず、古すぎない絶妙な選曲のクリーピーナッツの「のびしろ」をカラオケで歌いきった後、オレはカウンター席でその余韻に浸っていた。そのとき事件は起こった。

一人のとんでもないキス魔の新入社員が急に暴走し始めたのだ。そいつは空気も読まず、同期、先輩関係なくキスを連発した。みんな酔いもあってか、なぜか彼を受け入れた。恐れていたのはオレだけだった。危険ランプが点灯し始める。

「オレのファーストキスはこいつか…」

ノリでキスという流れになったら、“関西超絶おもしろ男”という肩書のオレはキスをしなければいけない。何とかかわし続けていたのだが、トイレから帰ってきた後、ヤツはオレの席の隣で待ち構えていた。お約束のように周りがキスのコールではやし立て、流れは決定した。唇と唇が重なりそうなとき、時間の流れが急に歪み、時が止まったように感じた。

“これが走馬灯というヤツか”

初恋は幼稚園のサキちゃん。ロングヘア―がとてもまぶしかった。結局想いを伝えることはできず、卒園後アルバムで彼女の写真をずっと眺めていた。次の恋は中学生のときのタムラさん。校外学習のとき、しおりをタウンページと入れ替えるという懇親のボケを全力で笑ってくれた。結局想いを伝えることはできず、卒業後はマンガ雑誌のグラビアで似たような人を探して興奮していた。その次は高校生のときのアンナさん。外見がおとなしそうだが、話すとあっけらかんとしていた彼女に惚れた。卒業後、クラスの男女数人で泊りの旅行をしたことがあったが、恰好つけて手を出せなかった。しかも、そのときボケは空回りし続け、それ以来音信普通である。そのまた次は大学生のときのニシムラさん。完璧にカラダに魅かれた。その頃の性欲を考えると仕方がないだろう。しかし、結局おもしろピエロで終わり、想いを告げられずじまいだった。そのまたまた次は会社の同期のカッキー。ノリで映画に誘えるほどいい感じだったのだが、オレが仕事ができなさ過ぎて告白する自信が持てなかった。それから転職を4回繰り返し、その職場毎に恋はしたが、結局どれも実らず、残ったのは場を盛り上げる技術だけだった。

 “さぁ、こい”

ディープキスというボケをする覚悟で目を閉じた。

”うーん、ファーストキスはカルビの味。って、うーん!?”

いつの間にか口の中には焼き立てカルビが。他にも、たくさんの種類のお肉に、和洋中バリエーション豊かなアツアツ料理。アイスのデザートも10種類の選び放題。

「2時間だけ、現実を忘れにきませんか?Everyバイキング!渋谷から歩いて15分!」

「ネットCMアワード2025の最優秀作品の「オレのはじめてをあげる」でした。受賞してみて今のお気持ちはいかがですか?」

美人でスタイルのいい司会の女優に、オレの最後の恋の予感がした。

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