高円寺恋物語「むらさき色のモケケ」
山崎くんの最後の出勤日
私はドキドキを葬ることに決めていた。
誰かが職場を辞めるとき、
辞めるからにはなにか理由があると思うのだけど、
「最後の記憶が優しいものであってほしい」
という私の希望があって
必ず誰にでも、なにかしらのプレゼントを渡していた。
山崎くんにはなにをあげようか迷って
ヴィレバンで私の当時ハマっていた、モケケというキャラクターのマスコットキーホルダーを買った。
彼がよく履いていたむらさき色のズボンが印象的だったので、
むらさきいろのモケケにした。
山崎くんへ
お疲れ様でした。
キツく言っちゃったこともあって...ごめんね。
歌 頑張ってください。
山崎くんに似てたモケケ、可愛かったのであげます。
高橋
電話番号もアドレスも知らなかった。
誰にもこの「ドキドキ」を打ち明けもせず
終わらせた。
その日の夜
少しも想像してなかったことが起きた。
山崎です。
丸山さんから連絡先聞きました。
キーホルダー嬉しかったです。
ありがとう。
カフェの先輩に私のアドレスを聞いたらしい、山崎くんからのメールだった。
さっき葬ったばかりのドキドキがすぐに再発した。
心臓バクバクのまま1通だけ返信した。
なんか変なキーホルダーでごめんね!
わざわざ連絡ありがとう。
ただそれだけを返信して
またそっとドキドキに蓋をした。
浮気者の彼とはまだ続いていた。
まだ離れられなかった。
でも体は正直で、
触れられることすべてが受け付けなくなっていた。
ただ避け続けることもできず、
ちょっと最近触られたくないんだ と伝えた。
あの浮気者、この期に及んでショックを受けていたが
身に覚えがあるので私の要求をのんだ。
5歳上の彼と付き合って1年半が経っていた。
山崎くんのアドレスは削除した。
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