御本拝読「木戸番の番太郎」くるねこ大和

お江戸と猫の相性

 明日は猫の日ということで、ほっこし猫漫画の紹介を。かたやま和華さんの「猫の手屋繁盛記」シリーズ、田牧大和さんの「鯖猫長屋」シリーズ、主役ではないものの倉坂鬼一郎さんの「小料理のどか屋」シリーズ等、お江戸を舞台にした時代小説に猫というのは相性がいい(というか、殺伐とした話でも絶妙に和んで私は好きだ)
 時代小説に出てくる猫たちは、きゅるんと愛らしく動画映えするようなキュートさも、しゅっとして優雅に長毛をなびかすような高貴さもない。まして、性や女の匂いを纏ったネコミミやコスプレ風猫娘でもない。ふてぶてしく、マイペースで、人間のことなんか完全に下に見ている。まさに「どらねこ」。それが、江戸時代ととても合っている。
 猫漫画の大家、くるねこ大和さんの「木戸番の番太郎」は、落語のお話を擬人化ならぬ擬猫化した登場猫物たちが演じてみせてくれる「落語×猫×江戸っ子の食文化」な漫画。この好相性は、個人的には図書館の展示とかでコーナー作って紹介したい。

くるねこさんの愛

 さて、そもそも私は特別に猫好きな人間ではございません。派で言えば犬派。動物や生き物が好きなので、その一種である哺乳動物のネコ科として、他と同等の愛着がある程度。しかし、世に猫を偏愛する方は多く、コミックエッセイや漫画も圧倒的に猫派の作品が多い。それは良いとして、中には、その愛が深すぎる故に妄信的にちょっとついていけない方向に突っ走る方も。
 くるねこさんは、そういうところが全くなく、おそらく気持ちや方向性はブログのくるねこ初期から変わっておられません。あくまで冷静に淡々とした観察をしつつ、複雑な感情や繊細な心の襞をそっと織り込む。頭はクールで心はホット、その塩梅が、私はずっと好きです。そこに、静かだけど深い愛情を感じるので。
 これまでもくるねこさんは猫を主役にした絵本や漫画を描かれておられます。今回のテーマ「落語」「江戸の食」は、くるねこさんご自身がお好きで研究してらっしゃることがよく分かる。これも、テーマへの愛が為せる技ですね。

落語入門のベスト

 本書で扱われている落語たちは、短くてよくTVやCDでも聞けるいわば「落語入門」に良い噺たち。しかも、順番も心憎く、読み進めるごとに江戸や落語の世界に馴染めるようになっています。1巻は主に古典の名作演目、2巻では新作も入ってきて、落語は本当に日本人のエンタメとして長く愛されてきたのだなあとしみじみします。
 主人公の番太郎、幼馴染の長次郎、ハル坊など決まった登場人物たちが、毎回違った噺を演じてくれます。その仕組みも落語と同じ。違うのは、本書は「食」にスポットが当てられているということ。落語は馴染めないけど、食べ物は好き。そんな方にも楽しい一冊。
 面白いのは、江戸の当時も令和の今も、日本人が好む味の方向はあまり変わっていないということ。木戸番はないものの、今もスーパーマーケットでは秋冬に出入り口近くで焼き芋を売っていたり。食べ物を串に刺して食べ歩きやささっと小腹を満たす文化も、今も商店街や行楽地ではおなじみ。
 落語が庶民の文化に根差したものである以上、庶民の生活=食文化とも深く結びついているのは当然のこと。それがメインテーマや主役でなくても、おいしそうな料理や木戸番でのおやつは、噺の中で生き生きと輝きます

個人的な好き箇所

 いつものくるねこさんの作品は、デジタル特有のあっさりとした線や彩色。しかし、江戸がテーマの本や、特に本書の表紙・裏表紙装丁は、アナログのふんわり味わい深い線と色。個人的には、これがすごく好きです。
 漫画本編は、いつものくるねこさんらしい秀逸なデフォルメの猫たち。しかし、特にメインである「食」についてのコマや説明の絵はきちんと美味しそうな絵。この気持ちの良いギャップが、くるねこさんの画力の高さの証左
 私は大抵の漫画家さんを尊敬しているし絵を描く人の全てが上手だと思っていますが、やはりくるねこさんの絵が大好きだなあと思った次第です



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