御本拝読「いちのすけのまくら」春風亭一之輔

飄々なのに毒孕み

 笑点のレギュラーの発表があってから書きたかった一冊。師匠、おめでとうございます~。私、大人になってからのライト落語ファン。それこそ職場の図書館で落語のCDを借りたり、TVで観られるときは録画しておいて休日にゆっくり観ている程度ですが。一之輔師匠の小気味の良い噺、好きです。 
 師匠のご著書は何冊か出ていますが、どれも拝読済。落語入門のためのシリーズは落語の入り口として分かりやすいし、エッセイも飄々と面白い。「師いわく」、画像込みで大好きです
 師匠のエッセイ、いい感じに力が抜けてさくさく読める。さらさら流れてしまうわけではなくて、疲れたりイライラしてる時にもさらっと頭に入るので一旦クールダウンできる、という意味です。
 軽妙に日々や来し方であったいろんな出来事をテーマに書かれていますが、ちょいちょい挟まる毒が気持ちいいスパイスとか辛味ってこういう利かせ方が美味しんだよねえ、と思わせてくれます。

一冊で落語みたく

 ずっとシリアスな怪談や人情噺もありますが、多くの落語はくすぐりで笑わせつつオチ(この場合はサゲ?)に向かいます。もちろん、ツカミも大事。一之輔師匠の文章にもそれは反映されていて、読みたくなるツカミ、毒っぽいくすぐり、照れ隠しのようにチラ見えする優しさや温かさ、そして笑えるオチ。文章そのものが落語。
 そもそもその一編のネタ自体がある落語の筋の話だったりするので、落語をよくご存じのベテラン落語ファンも楽しいはず。少なくとも、落語初心者の私はそれが結構楽しかったです。
 落語とは、みたいなものが体感できる読書体験かもしれません。

一之輔師匠の人柄

 文章には、良くも悪くもお人柄が出ると思います。「この人の小説は好きだけどエッセイはあんまり……」(またはその逆)ってこともありますが、大抵は長い時間をかけて見ていると最終的にどっちも好きではなくなることが多いです。
 師匠の文章を読んでて思うのは、この人かなり賢い照れ屋さんなんだな、ということ。
 一之輔師匠、結構な毒も吐いてます。それも、単に語気が強いわけでなくて、ニヒルというか皮肉っぽいインテリジェンスな毒。まずその毒の種類が、日本っぽくない。ちょっと昔の英国紳士っぽい。だから、回復不能なほどに傷ついたり尊厳を踏みにじられたりはしない。
 しかも、その毒は、自分自身や上の立場の人にも容赦なく向く。弱い人にだけではなく、国家権力とかでもなく、そのスタンスがかっこいい。結構、読んでスカッとすること多いです。
 その毒にくるまれた、ちょっと気にしいでだいぶ優しくてつとめて冷静なお人柄。本人はお気づきでないかもしれませんが、「なんかかわいい感性の人だな」と思わされます。
 ハートフルであたたかいお人柄を、ユーモアと毒で誤魔化しているそのキュートさ。師匠の本を読むと師匠の落語が聴きたくなり、師匠の落語を聴くと師匠の本を読みたくなる。そんな無限ループを誘うかわいらしいお人。

まとめ

 短い文章で人を笑わせたり感心させたりすることは大変難しいこと。師匠は、この本でさらっとそれをやってのけてます。
 落語家=芸術家=特別、を打ち壊す、冷静な「普通の日本人の社会人」としての師匠の目。本物の江戸っ子のようにすぱすぱと切れ味の良い文章。すごく気負うわけでもなく、ごく自然に「新しい世代の落語家」として生きてらっしゃる姿に、何故かすごくホッとする今日この頃です。
 
 
 


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