御本拝読「ごはんのおとも」たな

生きる「おとも」に

 前回の御本拝読から全然テイストが違うじゃないか、と自分でも思う。ごはん系の絵本や漫画でじわじわと頭角を現し、しっかりとファンを増やしていっている作家・たなさんの作品。大判フルカラーコミック、私の大好きな形です。色んな人の「ごはん」にまつわる短い漫画と、レシピ見開き1ページの連作漫画集
 過剰な表現や劇的な展開はなく、本当に「普通の人の普通の食事」のお話。作ったり作られたり、食べたり食べさせたり。多分、そこまで意識して描かれたのではないのだろうけど、ナチュラルに男性が料理をするシーンも多い。大好きな男の先生にかわいいと言われたい女の子も、ひそかに女の子になりたかった男の子も、親子関係に悩むお父さんも、友達と比べて自分が平凡だと悩む女子大生も、みんな「ごはんを食べて」生きている
 実際に生きている人間と同じように、彼らは生活の中で一人内心で色々と考えつつ淡々と生活をする。奇跡も事件も起こらない、ただ、学校や仕事や家事をこなしていく。食事は、その上での肉体のエネルギー補給や健康に保つための行為でしかない。
 それでも、自分や誰かのためにごはんを作るとき、おいしいものを食べるとき、人はそこに「肉体の維持」以上の何かを感じている。いわば、「心の栄養」とでも定義できるかもしれない。
 厄介なことに、人はその「心の栄養」なくしては健康に生きていきにくいのではないかと思うのだ。まったく無味で適量のみの栄養素が入った錠剤やゼリー飲料が供給されるのでも理論的には肉体は維持できる。多分、今の技術なら(特に医学的には)十分に可能なこと。それなのに人がわざわざ「ごはんをつくる」のは、みんな無意識に「心の栄養」の重要さを理解しているからではないだろうか
 本書に出てくる料理は、基本的にすべて「白米のおかずとして、一緒に食べる」おともたち。これは日本人だから(というか、私が米農家の孫だから?)の感覚なのかもしれないが、「白米食べてりゃなんとか生きられる」という、実に現実的なスタイルには心強い「おとも」だ。
 けっして派手な主役やメインディッシュでなくても、生きるため、白米を食べるための「おとも」。レシピも丁寧で、かなり作りやすい。私も本書のレシピでたくさん真似をしたが、とてもおいしい「おとも」として、以降何度も作ることになった。

 たなさんの絵力

 私は漫画通でも漫画好きでもない。むしろ、かなり疎い方だ。スラムダンクもワンピースも最初の数巻だけ読んで挫折したし、ドラゴンボールやセーラームーンも、キャラクターはぼんやり分かるけどストーリーや設定はまったく理解できていない。今も買い続けている漫画は、学生時代から今までずっと好きな「きのう何食べた?」と「聖☆おにいさん」くらいか。あとは、年に1・2回出るような大判コミックでお気に入りを年に数回買うだけ。
 そんな私が、漫画の絵のことを語るのは非常にお門違いというか的確でないと思うのだが、たなさんの絵がとても好きだ。特に、人物の笑顔と食べ物が、読んでいるこちらもつい頬が緩むほどに優しくて。
 おそらく全てデジタルで描かれているし、「アナログ風」を特別意識されているわけではない(むしろ、塗り方だけ見るとデジタル特有の厚塗りやレイヤーの重ね具合?が非常に上手い)のに、作品を通して描き手の掌の体温や指先の繊細さが直に伝わるようなアナログ的ぬくもりがある。作画もめちゃくちゃ細かい線を無数に描きこんだり重ねていく手法ではなく、太めの筆タッチでできるだけシンプルに線と色を絞っている。なのに、そこにいる人の存在感がある
 たなさんの絵は、「かわいい美少女」「かっこいい青年」を基準にして髪の色や顔の皴や頭身だけ変えたキャラクターがいっぱいいるような違和感がない。キャラクターの描き分け、というと簡単に聞こえてしまうが、女子大生は女子大生、おじいさんはおじいさん、その人物たちは一人ひとりまったく似ていない。現実の人がそうであるように、たなさんの漫画の中ではきちんと一人ひとりが唯一の存在。作中、人や舞台は自然にクロスオーバーしていくのだが、「あの時の○○さん」が一目で分かる。それは、画力と表現力がずば抜けて高いからだと思う
 他の人が描いたらもっときつい、というか、深く抉りすぎてドロっとしてしまったり、感情が高ぶりすぎてどのページにも泣き顔か絶叫シーンが入りそうな話も、たなさんは絶妙の塩梅で丁寧に静かに描く。しかし、詩画や童画ほどファンタジックでも最近はやりの「狙ったシンプル」でもない。このバランスの絶妙さが、たなさんにしか表現できない。まさに、「絵の力」が、本書の持つ魅力だ

 行間を読ませる

 動物や空想のキャラクターが話したり戦ったりする完全なファンタジーや、現実のドロドロを誇張したようなやたらに刺激と不安をあおる漫画を好まれる方には、本書は物足りないのかもしれない。なにしろ、本当に静かで穏やかでのほほんとした群像劇で、もちろんどの結末もハッピーエンドではあるのだが恋愛漫画や部活漫画のそれとはまったく違う
 本書には現役を退いた(もしくは既に管理職となったような)中高年が主役の話もあるのだが、その味わいが深い。学生や若者とは違って、何十年と積み重ねた「毎日」の中の、一瞬のような時間の感情の揺れや感慨。たった数ページ、たった数コマの中でぎゅっと凝縮された時間が、こちらにきちんと伝わる。
 行間を読む、という言葉があるが、本書の味わいはまさに漫画版のそれだろう。この人はこういう設定で、ここはどういう場面で、という詳細を説明されなくても、なんとなく分かる。会話のセリフもそれなりにはあるのだが、たいていが短く、登場人物たちは長々としゃべるよりも、料理や表情にその気持ちを乗せている。説教くさくも説明口調でもない、自然に染み入るような言葉。特に年長者たちのセリフは、含蓄に満ちている。

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