御本拝読「すいか」木皿泉・山田あかね

ドラマの脚本本

 河出文庫より2013年に1・2巻だてで出版された、2003年日テレ系で夏クールに放映されたドラマのシナリオを書きおこしたもの。ドラマはもう20年前になるのか、と感慨深く今も愛読している大事な本。特に夏、電車やバスに乗って街の風景や夏の匂いにもまれて通勤している時によく読みます。
 木皿泉、といえば、神戸在住のご夫婦の脚本家・小説家。活動年月に比べると寡作ではありますが、そのすべてが強烈に力強いというか、唯一無二の輝きがある。有名・高視聴率なのは「やっぱり猫が好き(の、後期の一部)」「野ブタ。をプロデュース」等のドラマですが、私は「すいか」がめちゃくちゃ好きで、今もDVDを探して店舗やネットの海を彷徨っています。
 「すいか」放映時、私は高校生。毎週テレビにかじりついて見てた記憶はないのですが、衣装・世界観・キャラクターが当時の他のドラマとは全然色合いが違っていて印象深かったので、大人になってから「あっ」と思い出しました。確かその時も図書館でたまたま目に入ったのが本書で、それを借りたその足でレンタルビデオ店に行って一気にドラマを全話観るという……多分あれは、土日休みの日勤の仕事をしてた時期で、ちょうどお盆の夏休みの連休だった。音楽もロケーションも俳優さんたちもめちゃくちゃマッチしていて、「流行る」ものではなく「残る」ものを創作した木皿泉という脚本家のすごさを感じます。
 なので、これもドラマを見てもらうのがいいのはいいのですが、本書を読んでもその魅力は十分に伝わります。ドラマの脚本がそのまま本になっているので、小説を読むのとはまた味わいが違うのも良い。そして、映像がないのに、ちゃんとセリフが心に響いてくる。
 余談ですが、私は昔からなぜか低視聴率・人気が振るわないドラマにハマって好きになる癖がありました。「ラブ・コンプレックス」という、俳優陣がめちゃくちゃ豪華でストーリーはちゃめちゃのサイコサスペンス(再放送されているのを見たことがない)も中学生の時すごく好きで、私が好きになるドラマは視聴率や人気に恵まれないという迷惑極まりない嫌なジンクスを持っています

先見すぎたのか

 これを改めて読んでて驚くのは、放送が20年前だということ。その頃に、こんなに新しい価値観で貫かれたドラマ、他にあったんでしょうか。私がおぼろげに記憶してる感じでは、まだ金八・渡鬼もあったし、ばりばり仕事をすることや結婚や恋愛がドラマのテーマの主だった気がします。つまり、「血の繋がり(家族)は大事、熱い友情が正義、仕事熱心が上等、働いて結婚して子供産んでみんなハッピー!!!」みたいな。あ、今もそうか
 「すいか」は、ことごとくこの逆をいきます。各人が抱える家族とのうまくいかなさ、自分の心身と仕事を天秤にかけるおかしさ、人生真面目にやっても報われないやるせなさ。ストーリーらしいストーリーはなく、犯人が分かるわけでも、誰かの恋が実るわけでもない。恋愛要素もほんの少し出てきますが、その恋する青年にも「金と愛」という自分でも気づいていなかったおかしさが突き付けられます。
 登場人物たちは、みな、いい歳の大人です。その大人たち(主に、主人公である基子と準主人公?の絆)が、ひと夏に色々考えて行動してちょっと新しい自分になる話。とはいえ、目覚ましい成長とか感動の号泣とかはなく、ただ、ずっと自分の中に凝り固まっていたものがほんの少し解けたり、新しい形になるだけのこと。この心の機微や繊細な描写が、何度読んでも文字越しに胸に迫ります
 後年(といっても、そんなに離れていないのですが)、同じく小林聡美さん主演の「かもめ食堂」が大ヒットすることを考えると、この時代にこのドラマはあまりにも新しすぎたのかもしれない。今、毒親や過労死、ハラスメントにジェンダーという世間で問われるようになった問題が、このドラマではやんわりと描かれふんわりと着地しています。問題を糾弾!解決を!ではなく、個人個人の気持ちの問題としてとらえてしっかりと掘り下げてある、大変丁寧なドラマ。

「すいか」後日談

 さて、もともとシナリオブックとして刊行されていたものが文庫本として二冊になって刊行しなおされたのが本書。その、「2」の巻末には、なんとドラマの後日談が書かれています。
 これも「すいか」らしいというか、ストーリー的に美談や悲劇にも脚色できるのにひどく淡々と物語が進み、明日もハピネス三茶で登場人物たちは日々を送るのであろうなと思わせてくれる結末。もちろん、これを読まなくても「すいか」はドラマできれいに完結しているのです。それもまた素晴らしい。
 仕事に追われ、体調も不安定、プライベートもちょっと残念なことや気がかりが多くて、今の自分に余裕がない。そんな時、本書を開きます。もう何度も読んでいるのに、読むたびに登場人物たちの言葉に救われるから。
 

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