御本拝読・「神さまたちの遊ぶ庭」宮下奈都

寒い時には寒い土地の話を

 大寒波到来ということで、寒い寒い北海道のど真ん中での一年のお話の本を。寒い時は、おうちで温かいモノを飲みながらこたつにでも入って本を読み、体と心をあたたかく。
 作家・宮下奈都さんが、山村留学制度を使って北海道の十勝地方・トムラウシ(アイヌの言葉で「花の多い場所」)でご家族五人で暮らした一年分のエッセイ。なぜトムラウシに行くことになったのか、という導入から、一年で本来のお家である福井県へ帰られるまでが、日記形式で書かれてる。
 羨ましいほどの夏の過ごしやすさと、正直羨ましくはないけど非常に楽しそうな極寒の山村真冬の暮らし。想像を絶する厳しさと、きっと美しいであろう景色や光。宮下さんの筆で、それらが丁寧に、ユーモラスに描かれる
 

選ばれし登場人物

 語り手である宮下さんが、基本的にはご家族の中では最も常識人で普通のおかあさん。お笑いでいうツッコミ役となり、個性的な家族や友人知人たちを観察していく。本の大半は個性的な登場人物たちに振り回され、呆れ、気づかされることが多い宮下さんだが、時に驚くほど果敢な判断や行動に出る
 ご主人はおそらく静かで優しくおとなしい方なのであろうが、自分の考えは曲げないしそもそも突拍子もないことを一番している気がする。宮下さんの行動や判断と、バランス具合がベストマッチ。このご夫婦は、どちらかアクセルを踏んだ時はどちらかがブレーキに足をかけている。
 そのご夫婦のもとで育ったお子さん三人もそれぞれに素敵に個性的だ。男・男・女の三きょうだいで、性格はまったく似てはいないけど、仲が良い。それぞれが子どもらしく、大人の考えを越えていく。
 高校受験というセンシティブな時期の山村留学の負担になりそうだが、それを当のご長男本人が一番気にしていない慎重でまじめなご次男は、少し宮下さんに似ている気がする。基本はツッコミ役・観察者として冷静なのに、時折ビックリな面白をやらかすところが愛しい。天真爛漫不思議ちゃんな妹御が、甘えた感じでないのに甘やかしたくなる魅力を放つ。
 他、宮下一家の関係する人々は、みなそれぞれの方向に気持ちよくゴーイングマイウェイである。バイタリティやモチベーション、明るさ優しさ、それぞれ抱える問題や苦労。もちろん小説のように全部綺麗に解決されるわけではなくても、このエッセイの中ではそのリアルさがしんしんと沁みる。
 

教育とは

 この本のメインテーマは、トムラウシという閉鎖された極寒の山村ですべてが限られた中での生活(こう書くとなんかホラーやミステリーみたいだが、内容はその真逆である)。旅日記を読むような味わいもあり、自分が行くことのない世界や「いつか行こう」と憧れを膨らませるわくわくもある。が、全編通して何度か読むと、印象に残るのは現代日本の教育システムについてのささやかな問題提起だった。
 高校受験システム、へき地での超少人数クラスでの授業、いわゆる「ふつう」を外れた子たちの扱い。教育機会の平等とか義務教育とか、一体なんなんだろうなと感じる。私自身、小学校をいじめで転校、中学受験、戦争のような大学受験、を経験している。仕組みや手続きに心を折られ、教育委員会や他人から謗られた。
 トムラウシでの、今そこにある資源と今そこにいる人間たちでどうにかして暮らす生き方。その中で育まれる子どもたちがみんな純粋無垢で才能豊かということではない。仲良くない相手も、ぎくしゃくする関係もある。人数が限られすぎている中での弊害もある。だから、トムラウシ式が良いとは言わない。
 だけど、もうちょっとやわらかい制度になっても良いのではないかと思うのだ。発達や障害や特性以前の、個人や家族の選びたい道を選べるようになったといって、日本の教育レベルがそう落ちることはないと思うのだが。

まとめ

 この本はほぼ毎日分の日記形式なので、通勤通学や待ち時間の間に区切りよく読める。一日分も、数行なのでさくさくと読み進められる。普段読書をしない人にもおすすめ。
 何より、寒くなってからのトムラウシの光景や生活は、とても興味深くて美しい。そして、その寒さの中で、人と人とのつながりや感性や感情というあたたかいものがより一層際立つ
 トムラウシはかなり特殊な地域だが、実は日本全国どの土地でも「その土地あるある」な美しさや習慣があるだろう。住めば都、住めばどんなところもそこは何かが遊ぶ庭。そんなことにも思いを馳せる本である。

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