御本拝読「聡乃学習」小林聡美

さとのがくしゅう

 ではないです、「サト、スナワチ、ワザヲ、ナラウ」です。
女優・小林聡美さんのエッセイ集、既刊では最新刊。2019年単行本で発行、去年文庫化されました。ちょうどコロナ禍前の、小林さんの毎日がつづられています。
 昔から小林さんのファンですが、やはり最新が一番良いと毎回思わせてくれる素敵な女優さん。不思議な清潔感というか、凛として静かなのに暗さや重さを感じさせないからっとした佇まい。笑顔が本当に可愛らしくて、ほっとします。映画「ツユクサ」のDVDを大事にリピートしている今日この頃です。
 20代の元気はつらつな時期からエッセイを書き続けていらっしゃいますが、50代の小林さんは今も色んなことを学びながら進化している真っ最中。アグレッシブとかアクティブということじゃなく、普通に生活(彼女の場合は仕事=芸能の仕事も含む)している中で、自然に得られるものを吸収されています。

現代版ゆる枕草子

 エッセイを主な仕事とする方の中には「そんなん一般的に遭遇せえへんやろ!」というぶっ飛んだ経験や人物に囲まれた方がいらっしゃいます。一種、冒険譚。最近では、Twitterなどでも一般人の方が珍しい光景や体験でバズることも多い。それはそれで楽しいのかもしれませんが、エッセイというよりも漫才や落語に近い感じ。
 小林さんのエッセイは、本当に私のすぐ隣、部屋の中、普通の毎日のあるひと時でも見つけられる光景に端を発しているのが良い。日本の最古の名随筆「枕草子」に非常に近いと思っています。ただ、小林さんはそこに激しい自意識や主張を書き挟んで読み手を困惑させることもなく、淡々と「こういうことなのかなあ」と締める。そこが、読後感の爽やかさの秘訣。
 昔から小林さんのエッセイが面白いのは、「ある事象に対して自分の感性と頭で読み解いて納得していく」からだと思っています。「○○はこう言っていた!」「○○にはこう書いてあった!」がない。芸術・音楽・芸能のお仕事をされている方に非常に多い、「なんか声高に主張しているけど実はそれは誰かが作った思想に乗っかているだけ」が、彼女の文章からは感じられません。
 本当に、名の通り、聡明な方。それを自覚もされていなければひけらかしてもおられない謙虚さ。

小林さんの周りに

 夜襲のなにがし、発酵する写真、各地の祭り、進化する電脳、素敵な一人暮らしの先輩たち……。それ自体は特別なものでなくても、そこから小林さんの考察や行動が始まります
 小林さんの視点は、いつもフラットでごくごく一般的。10代の頃から芸能の世界におられるのに、50代の今もその感性が瑞々しいまま。たまに芸能人の方の発言である「えっ?」「それは芸能界だけだよ……」がないので、読んでいて安心します。
 意識的にそういうテーマを選んでらっしゃらないのかは分かりませんが、芸能界のお話はほとんど出てきません。そりゃ、フィンランドの大使とかは芸能人でないと経験しないけど。普通にご飯食べて生活して、休みにはちょっと遠出して。小林さんの周りにはおそらくゴージャスで高価なものもごろごろ転がっているのに、彼女が面白がる些細でキッチュなものの方がきらめいて見える不思議。審美眼というか、選球眼というか、そのセンスがとても鋭いのです。
 そして、俳句にも通じるところですが、文章や単語選びのセンスが抜群に素晴らしい。正直、何十作も小説を書いている作家さんや専業のエッセイストさんより、ぽーんと突き抜けて良い気がしています。頭に情景が浮かびやすいし、実際に見ていない人にも理解がしやすい。
 「あんまり本読まないけど、何かお薦めは?」と聞かれることもたまにありますが、相手が女性であれば、私はまず小林さんのエッセイを薦めています。文章を読むのが苦痛にならない、貴重な書き手さん。

まとめ

 本書のラストの項で、愛猫の死について書かれています。小林さんはべたべたと愛情表現される猫好きではありませんが、しっかりと飼い猫を愛していたことが静かに深く伝わってきました。大仰な表現や悲壮感はなく、誰にでも訪れる死について、観察日記のような体で淡々と書ききられている。最後には少し笑いもあって、まさにこの一編に小林さんの魅力の凝縮されている気がします。
 表面上はクールで、フラットで、心の中には江戸っ子やおきゃんなお嬢さんがいる。そんな小林さんの日々を少し見せてもらう、読むと少し笑えて共感もできる一冊です。

 

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