御本拝読・「さめない街の喫茶店」はしゃ
漫画漫画してない漫画
私、昔からあまり漫画を読みません。育った環境が、ゲーム・ネット禁止、アニメ・漫画は親の検閲制だったので、いちいち許可をとったり闘ったりするのが面倒なので読まなかっただけです。実は、ドラゴンボールもスラムダンクも読んだことがない……。
そんな非漫画民が好きな漫画をひとつ。はしゃさんの「さめない街の喫茶店」。全2巻で完結。線もお話もやわらかふわふわ優しい漫画。
めちゃくちゃ絵が上手な人が描きまくってたどり着いた禅画のような、要点の押さえられたシンプルな絵。メインが飲み物やお菓子、パンなのですが、線や色を極力まで省きつつもちゃんと存在感があります。たしかに描きこみの量は少ないのですが、1ページ、1コマが1枚の絵…本の装丁やCDジャケットのような…おしゃれできれい。デザイン、アートの作品に近い美しさがあります。
単館の短編映画を描きおこしたような、小さい文字や細かい絵がつらい30代後半にもやさしい漫画。
あってないようなストーリー
さて、内容はというと。
現実と空想が混じった(空想多め)ような街の小さな喫茶店で働くスズメ。彼女はなぜ自分がここにいるのかが分かりません。どうやら現実世界で眠っている間にみている自分の夢であることはなんとなく理解できているようですが、現実の記憶がどんどん薄れていきます。
喫茶店の店主・ハクロをはじめ、人間の形をした(しかし人間らしい生々しさを感じない)登場人物たちと、得意のお菓子作りで交流しています。そのお菓子作りが、彼女の現実の記憶やここいる理由を繋いだり解いたり。
出てくる飲み物、食べ物、全て本当にカフェやバーのメニューにありそうな軽食。お腹を満たすため、というよりは、一息入れてほっとして心を満たすための逸品が多いです。
やがてスズメははっきりとここきた理由を思い出し、ちゃんと現実世界へ帰ります。だけどそこでめでたし、だけではなく、その少し先のことも描かれているので、夢オチ投げっぱなし読者のご想像にお任せ、ではありません。
珍しいと思うのは、空想の人物であるハクロの心情や内面もかなり精密に描写されていること。非現実的で完璧なマスター的キャラクター、ではなく、彼もまた葛藤しています。結果的に全て大団円、みんなハッピーエンド!ではないほろ苦さ。まさに、コーヒーの後味。
全話を通して、戦いも人間関係のもつれも一切出てきません。明確な筋があるというよりは、一人の女性がみた束の間の夢の話。私はこの漫画が大好きですが、漫画大好きで刺激やドラマを求めている人にはあまりおすすめしません。
私が買った、その時は
私がこの漫画を買ったのは、転職大失敗して毎日屍になっていた最悪の時期でした。寝られてなかったし、食べられてなかった。
当時、どうしても仕事がしづらい空気に耐えかねて(その原因が人間関係の拗れやもつれや爛れだった)、他の小さな企業に転職しました。未経験の業種でしたが自分の好きだった分野の業務だったので、期待に胸膨らませての入社。
が、三か月過ぎた辺りで病んでいきます。その会社の繁忙期に入社したことや未経験だったこと、そもそも私の社会人としての能力が低かったこと、色んな理由はありますが、何をしても「遅い」「違う」「役に立たない」と叱責されるようになりました。無視されたり、出勤しても仕事をもらえなかったり、結構なキツい言葉で追いつめられたり。
帰宅しても休みの日も仕事の資料を読んだり、自分で業務の勉強したりするのですが、何一つ実を結びませんでした。むしろ、頑張れば頑張るほど周りに冷たくあしらわれていたような。
できる仕事がないから毎日定時上がり。ふらふらと幽霊のように書店に寄ります。その時はまったく活字が頭に入らずに、何を見ても灰色の模様。いつもならわくわくする書店での時間が、なんだか分からないけど大量の本に囲まれたくて行くだけのよく分からない時間になっていました。
全ての欲が著しく低下している状態で、たまたま平置きになっていた「さめない街の喫茶店」を何故か購入。前述のようなシンプルな線とふわっとした世界観に、めちゃくちゃ救われました。
安全基地と十分な休息の必要性
スズメは現実で起きたある出来事に深くショックを受けていて、自分の心を守るために一時的に長い夢の中に逃げ込んでいます。それは、自分が子供の頃から築いていた『安全基地』のような場所。そこで、その出来事については一切忘れて好きなこと(お菓子作り)に没頭することでしっかりと休息する。
この安全基地としっかりした休息があったから、スズメは傷を癒して「現実世界へ戻り、起きた出来事に対処する」という道を歩みだせたのだと思います。実際の状況だと難しいことですが、心に大きな傷を負った人が回復するのには、これが一番有効な気がします。
ハクロは、スズメに対して何も問い質しません。説教もしません。ただ、乞われれば教えるのみです。かと言って突き放して距離をとったりもせず、とても心地よい距離で見守ってくれている。
ハクロの優しさとはスズメ姉妹の心が作り出したものであり、それは姉妹の両親が姉妹に与えていた愛情によるものである。つまり、『ルテティア』は両親の愛情そのものであり、肉体がなくなっても両親の愛情はスズメの心の中に存在し続ける。それを感じられたから、スズメは現実を受け入れられたのだと思います。
あと、休息ほんと大事。この漫画、食べるシーンと寝ているシーンが多いのですが、これは人間に必要不可欠。休息することで体をまず満たさないと、心もいまいち回復しません。
まとめ
これ、多分出版された当初に話題になってますよね(私が遅い)
ただ、数年経ってもこうして好きになる人がいるということは、数年後もずっと誰かに刺さり続けるはず。意図的ではないのかもしれませんが、流行や世相を思わせるような描写がないので、いつの時代にもフラットに溶け込める。頭が疲れたなーって時、ぱらぱらと読んでホッとできます。
あからさまに「癒します!!」「優しいです!!」って押しつけがましいところもなく、そこも好きです。ほんとにフラリと入った喫茶店でコーヒー飲む感じ。心も体も、休息して。
あ、ちなみに私はその後しばらくしてその会社を辞めました。辞め際、「辞めたいの?いいよ、明日から来なくて。要らないから」と言われてまたどん底に落ちましたが、それこそ休息と回復のためにこの漫画を何十回読み返しました。
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