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安永智子 37歳 (貝塚線物語)

安永智子は19:28分の電車に乗って帰宅する。

最寄りの駅までの12分

スマホで野球のゲームをしている若いスーツ姿の男性の横に座り

ちょっとした読書の時間。

縁の太い丸いメガネに肩までの髪をゴムで1つに括って

トライヤルで買ったHAPPYとプリントされたベージュのトレーナーに

ジーンズ、ちょっとくたびれたスニーカーを履いた智子は

お世辞にもオシャレとは言えない。

仕事は運用会社「(株)大進」の事務。

もう1人の同僚と仲良くやって9年目だ。

中学2年と小学5年の2人の娘は明るく元気に育ち

システムエンジニアの洸平とも仲良くやっている

問題ない暮らし。

結婚したのは20歳

高卒で販売の食に就きすぐに友人の紹介で洸平と知り合った。

しばらく交際して、自然と結婚した。

問題ない流れ。

就職する際、智子は夢を諦めた。

本当は美大に進みたかった。

小さい頃から絵を描くのが好きだった。

中学高校と美術部でひたすら絵を描いていた。

家庭の都合で進学は諦めた。

後悔はない。

出勤時必ず一緒の車両に乗り合わせる高校生の女の子がいる。

席が空いていても彼女は座らず

ドアの前に立って本を読んでいる。

とても真面目そうな子だ。

電車に乗っている時智子はいつもスマホをいじっていた。

その子の存在に気づき何日かして。

智子も本を買った。

わずかな電車の時間だが

読書の時間にすることにしたのだ。

「ようこそ、ヒュナム洞書店へ/ ファン・ボルム」

今読んでいる本だ。

本からふと目を逸らし、中吊り広告に目をやる。

ゴッホ展

一度、本へ目を戻し、無意識にまた広告の内容を確認した。

家に帰りつき遅い夕食を皆で食べ

洗濯を済ませて

ダイニングに腰をかけた。

洸平はスポーツニュースを眺めながら缶ビールを飲んでいる

智子は寝室へ行き、
クローゼットをゴソゴソした。

高校時代使っていたマルマンのクロッキー帳を引っ張り出した、

クロッキー帳はまだ3分の2は白紙だったので捨てられずにずっと持っていたのだ

高校時代にスケッチした柏葉紫陽花を最後に

ページが進まなかった3分の2の余白がある少しカビ臭いクロッキー帳。

次の休日、その続きを描き始めてみようかと

智子は思った。

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