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【小説】強盗に花束を 第6話【創作大賞2023応募作品】

それから、たった3分程度で実行に移行する。

作戦の細部を詰めたかったが、いかんせん時間がない。

今にも奥に引っ込んでた強盗がお金を持って、田代支店長を人質に飛び出してくるかもしれない。

本当に急ピッチで各々必要な情報を共有する。

女性強盗を倒せること、外に警察がいること、相手のライフルが張りぼてであること…。

たくさんの希望的観測で動くしかないが、田代支店長を救うのはこれしかない。

「じゃあいきますね」僕が小声で合図する。

極度の緊張で心臓が痛かった。

「待てや」おじさん強盗が言った。

「いざと言う時の話やねんけどさ、自分らまだ、若いやんか。俺が盾になった方がええと思うねん」

「おっさん、やる前からそんな話するなよ」少年強盗が言った。

「いや、ええねん。ほんまにいざって時の話やから」おじさん強盗が言った。

「俺な、花好きやねん。こんな見てくれと性格やからちょっと恥ずかしいねんけどな。だからな、ほんまにあかんかった時は、俺の墓みつけて花だけ供えてほしいねん。一回だけでいいから」

僕らは静かにおじさん強盗の話しを聞く。

僕らも危ないが、おじさん強盗が一番危ない橋を渡る。

とても怖いのだろう。

「分かりました。お約束します」高木さんが言った。

おじさん強盗は嬉しそうに笑った。


 

作戦開始だ。
 
僕は深呼吸する。
 
高木さんが僕の手を一瞬握って頷いてくれる。
 
銃で撃たれて殺されるかもしれない。
 
それでも、女性強盗に立ち向かうと言ってくれた2人の為に、できる事はしないといけない。
 
2人が命をかけてくれるのに、僕だけ何もしないわけにはいかない。

「すいません」僕は汗をダラダラ流しながら立ち上がった。

「何?」女性強盗が銃を僕に向けて言う。

心臓がキュってなった。

僕の近くにいた人が銃に怯えて移動した。

モーゼの十戒みたいに人が動く。

想定通りだ。

そのまま高木さん、少年強盗、おじさん強盗がバレない様にこっそり動く。

「そろそろ、持病の内服薬を飲まないと発作が起こるんです」僕が言った。あまりに嘘っぽいが、他に何も思いつかなかった。

「…………」女性強盗は無言で僕の姿をジロジロと見る。

殺されるかもしれないという恐怖による汗が、逆に僕の発言の信憑性を増す結果となる。

「どこにあるの?」女性強盗が一応は僕の発言を信じた様に言った。

「あっち」僕は自分のデスクの方を指差す。

女性強盗が釣られてそちらに目を向ける。

一瞬の隙。

少年強盗が飛び出した。

物凄いスピードだ。

だけど女性強盗は全く逆の方向を見ていた。

視線の先ではおじさん強盗が包丁を取り出していた。

うまい。

僕はそう思った。

まさかただの客がそんなものを持っている訳がないと高を括っていたのだろう、僕たちはボディチェックなんてされなかった。

だから突然の凶器に対する女性強盗の驚きは凄まじかった。

咄嗟におじさん強盗に銃口を向ける。

だけど引き金を引く事はできなかった。

「動くな」少年強盗のバタフライナイフが首元に添えられた。

さすが、中学生らしい素晴らしい動きだった。

ちらっと高木さんの方を見る。

手筈通り、全員をその場に伏せさせている。

流石だ。

アサルトライフルを持った強盗団達は誰一人として銃に手をかけることすらしなかった。

全員虚をつかれたような顔でこちらを見ている。

やはりブラフだったんだ。

僕は胸を撫で下ろした。

「おいおいおい。銃、撃ったらあかんで?その瞬間、俺の仲間がズブリや。まだ死にたくないやろ?」おじさん強盗が勝ち誇った様にそう言って、女性強盗の手から銃と奪った。

本当に大成功だ。

びっくりするほど。

そのまま包丁を女性強盗の首に添えて、少年強盗と入れ替わる。

「あ、待って」少年強盗が言った。

そしてもう一度首にナイフを添えて言う。

「俺をお前たちの仲間にいれろ」

「…………兄ちゃん、空気読めなさすぎやろ」おじさん強盗が呆れながら言った。

僕は、大して面白くもないのに、笑いそうになってしまった。

一番危ないと思っていたところを抜けて、緊張の糸が切れそうになったのだ。

だけどまだ半分だ。

難しいところは越えても油断はできない。 

丁度よいタイミングで田代支店長が両手に大きな鞄を一つずつ持って現れた。

後ろからリュックを背負った最後の強盗も歩いてくる。

僕らの様子を見てギョッとした。

そのままナイフを田代支店長の首にあてる。

状況を理解するのが早い。

「何をしてるんだ」田代支店長を人質に取っている強盗が言った。

「この男を殺すぞ」

「うーん?やってみいや。その瞬間自分らのリーダー、ズブリやで」おじさん強盗が言った。

緊迫した空気になる。

「やってみろ。彼女はリーダーではないし、覚悟はできている」強盗が言った。

「あれ?ほんまかな?」おじさん強盗はそう言うと、包丁の先で女性強盗の首を少し引っ掻く。

自動ドア付近にいた、強盗の一人がびくっと反応する。

「やっぱりな。重要な役割、全部このお姉ちゃんが担っとったやろ?どう見てもリーダーやで」おじさん強盗は言う。

おじさん強盗と強盗団の間で長い沈黙が流れた。

両者睨みあっている。

「えーっと。そんでどうするんやっけ?郵便局の兄ちゃん?」おじさん強盗が、田代支店長を人質にしている強盗から全く目を離さずに僕に言った。

「はい」僕が言った。

ここは、賭けだ。

でも大丈夫だと思う。

「人質交換です。田代支店長を返してくれるなら、この女性を解放します」僕が言った。

長い沈黙。

うっ。

失敗しちゃったか?

僕はそう思った。

思いついた時は悪くないと思った。

向こうとしても、田代支店長はただの保険のはずだ。

メンバーの、それもリーダーの身柄とのトレードなら悪くないはずだ。

実際は今、警察が外にはいるはずだから、人質なしで出て行くとその瞬間に捕まる。

だけど相手はそれを知らない。

そこが勝機だと思った。

「いいだろう」長い沈黙の後強盗団が言った。

「逃走の準備をしろ。人質はなしでいく」田代支店長を人質にしている強盗が自動ドア付近にいる仲間たちにそう言った。

良し。

心の中でガッツポーズをする。

思った通りだ。

これで、田代支店長は助かる。

強盗団が逃走しようと外に出た時には手遅れだ。

外で包囲をしている警察に捕まる。

人質がいないなら警察もすぐに逮捕できるだろう。

強盗たちは、田代支店長が持っていた鞄を手に取る。

ずっしりと重たそうだ。

お金が入っているのだろう。

あっ。

そこで気づいた。

この先の展開の見通しが甘かった。

えーっと。

強盗が自動ドアを開錠する。

そして。

警察が突入か?

うん?

そうなったら強盗団は急いで建物に戻って立て篭もるのでは?

…………。

まずいな。

田代支店長さえ、救出できたら勝ちだと思っていた。

全然そんな事はない。

だけどそこでおじさん強盗が機転を利かせた。

「このお姉ちゃんを離した瞬間にズドンっなんてごめんやで。悪いけどこっちの都合に合わせてもらうからな。まず、この兄ちゃんが自動ドアを開錠する。あんたらは動くなよ?その銃は偽モンってのはこっちは分かりきってるけど、他にも持ってるかもしれんしな。俺の目に見えんところにあんたら行かすわけにはいかへんからな」

僕はおじさん強盗の作戦がすぐに分かった。

今、自動ドアと外の間には目隠し用のカーテンがある。

強盗団が、撮影に使うと思わせたやつだ。

それがあるから、外の人は強盗に気づかない。

それを逆に利用するのだ。

カーテンの内側にいる以上、強盗は外にいる警察に気づかない。

だけど、開錠をする時は、必然的に外の様子がバレてしまう。

だから僕がやればいいのだ。

僕はすぐに自動ドアに向けて動く。

強盗団に考える隙を与えてはいけない。

強盗団の間を通るのはとても怖かったけど、目を瞑ってカーテンをくぐった。


第7話に続く



第7話





第1話



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