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ベルばらに魅せられて!【失くして初めて気づく親の有難み!反省を込めて!!!】

こんばんは!今日は何か何をするでもない1日を過ごした気がします。私は何でもいいから1日家事のひとつでもできればいいと思っているのですが、何にもできない日がたまにあります。そんな日は物思いにふけっているときが多いです。

私と母とは「敵同士の生まれ変わりか!」と言われるくらい喧嘩ばかりの毎日でした。思春期から嫁ぐまでがピークだったと思います。ある時学校から帰ると、家の中は真っ暗で、「ただいま~」と言っても返答がありませんでした。

いつも母が機械編みをしている部屋を覗くと、電気もつけず母が座り込んでいました。私が「どうしたん!」と声をかけると、「もうあんたの事が分からへんわ!」と、いきなり包丁を突き付けられました。

私は気が動転してしまい、母をなだめてその場から逃げることしか頭にありませんでした。少し話をしていると、次第に母も落ち着いてきましたが、その時の衝撃は、今でも忘れることができません。

前の日に大喧嘩をして、朝は声もかけずに学校へ行きました。まさかあれほど思い詰めていたとは想像できず、父や弟にも話せなくて数日間悩み続けていました。些細なことでぶつかり合い、酷い時には掴み合いになって、父と弟も仲裁するのが大変だったでしょう。

母は18の時に実母を失くしており、それからは父親とも上手くいっていなかったようです。好きな人がいて結婚も考えていたけれど、相手が老舗の料理屋さんの長男だったため、苦労するからといって反対され諦めたという話を一度だけしてくれました。

その後父とお見合いをし、結婚を決めたということです。最初は乗り気ではなかったようですが、父の誠実さに惹かれたと言っていました。父は当時、「こんな綺麗な人と結婚できるんや!」と思ったらしいです。母の叔母はミス広島といわれるくらい美しい人で、母は叔母さんによく似ていたそうです。

一人っ子ということもあり、母を溺愛していた祖父は、夜中におもちゃ屋をたたき起こしておもちゃを買い与えたという話もあります。分かっていただけると思いますが、母はわがまま放題で育った人でした。ですから私とぶつかるのも必然的であったのかもしれません。

そんな母も昔人間でずっと勿体ない精神は持っていて、真冬でも冷たい水で洗いものをしていました。今の時代はいつでも暖かいお湯がでてきますよね!当たり前すぎて有難みなんて忘れてしまっています。ストーブで沸かしたお湯を洗い桶に入れて、洗い物の途中で手を温めていた姿が思い出されます。

結婚してからは確執のようなものは次第に薄れていき、娘時代にできなかったショッピングによく二人で行きました。それが私にとっては救いになっています。ショッピングのあとで食事をしたりお茶したりするのが楽しみでした。孫ができてからは、本当に楽しい日々を過ごせた気がします。

私の性格は母とそっくりで、残念なことに容姿は父親似です。夫や息子もいつも私のわがままに振り回されている感じですが、心の中では感謝しています。意地っ張りなので言葉で伝えるのが苦手です。ふと母もそうだったのかな~って・・・。俳優の市川雷蔵さんのファンで、父がちょっぴり似ていたのが結婚の決め手では?って思います。

今は孫に教えられることも多々あって、可愛げのあるバーバでいたいと思っています。ときおり思い立って余計なことまでnoteに書いてしまいますが、私のやすらげる場所でもあります。人生は思い通りにいかないもので、何があっても受け止める心構えだけは持っていたいですね。




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