あの頃の安達勝治’95&’96③
大日本プロレスに参戦する以上、いずれは安達さんに会うことになるのはわかっているが、少しでも接触を避けたいのが本音だ。
夢ファクでのいきさつを知っている田尻選手は、安達さんがいなくなった隙にボクを控室に招き入れ、その間にグレート小鹿社長とサクラダさんに挨拶をすることができた。
この日最大の危険ポイントを回避することができたボクはすっかり安心し、客席で試合を観戦していた。全試合が終了すると、メキシカンのブラック・ウォリアーがこっちにやってきた。
「ワグナーが控室に来いって呼んでるぞ。」
このシリーズに参戦していたドクトル・ワグナーJrとブラック・ウォリアーは、2人をブッキングしたぼくが会場に来ていることを聞き、声をかけてきたのだ。
外人控室は扉を開けるとすぐに階段があり、それを上ると踊り場のようになっていて、そこに面していくつか部屋があった。
階段下でワグナーと話をしていると、上の方が騒がしくなってきた。メインで行われたデスマッチに敗れた中牧昭二選手が、マスコミの前で小鹿社長に、松永光弘選手との再戦を直訴しているのだ。
「そろそろ終わりそうだから、俺たちは中に戻るぜ。」
そう言うとメキシカン二人は階段を上がり、中牧選手たちを囲む記者たちの横をすり抜け、部屋の中へ消えていった。
ボクは興味半分で階段を少し上り、中牧選手の様子をのぞき込んだ。しかし狭いところで選手が記者に取り囲まれていて、あまり見えない。
あきらめて帰ろうと思い振り返ると、なんと階段の下には安達さんが立っていた。
やばい!すっかり油断していた!
階段上では中牧選手の直訴がクライマックスにさしかかり、号泣しはじめた。とてもその横を通りぬけられる雰囲気ではないし、後ろにも行くことができない。
こっちも泣きたくなってきた。
そもそも安達さんも外人控室に行きたくても行けない状態だから、ボクの背後で待機しているのだろう。
茶髪ロン毛という目立つ格好をしているボクは、安達さんの横を黙って素通りできるとは思えない。八方ふさがりとはまさにこのことだ。
仕方がない。意を決したボクは振り返ると、安達さんに頭を下げた。
「ごぶさたしています。以前夢ファクトリーではお世話になりました。」
「…あっ!お前は!!」
忘れていてくれたら、という思いはかなわず、安達さんはボクのことを覚えていた。
「あんた、まだプロレスやってるの?」
「はい、やってます…。」
「はやくやめたほうがいいよ。」
「はい、失礼します…。」
話を続けていてもいいことはない。とにかく一刻も早くこの場を離れなければ、とさっさと逃げ出した。
迎えた2か月後、ボクの日本デビュー戦を裁くレフェリーは安達さんだった。
「あんた試合するの?もっと前に知っていたら俺が小鹿社長に「こんなやつ使うな」って言ってやったよ。」
夢ファクから1年半以上たっているが、安達さんの怒りはまだ継続中だ。
しかし試合が始まってしまえば、レフェリーのことを気にする余裕はまったくなかった。ただ一点安達さんが「クマ出没注意」と書かれたTシャツを着て、レフェリーとしてリングに立っているのは気になったが。
試合が終わり、控室でサクラダさん、小鹿社長と話しをしているところに安達さんもやってきた。
「安達、ゴクウは普段メキシコでがんばっているんだよ。」
小鹿社長がボクのことを紹介すると、安達さんは意外なことをいいだした。
「うん、彼はいいよ。たいしたもんだよ。」
あれ?
決してほめられた試合ではなかっただけに、この言葉には驚いた。小鹿社長の一言があったにせよ、これまで散々な言われ方をしてきただけに、なおさらである。
その後も試合のたびに、レフェリーの安達さんのもとにお礼を言いに行くと、「うん、よかったよ。」と、否定するようなことは何も言わなくなったのだ。
つづく
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