あの頃の安達勝治’95&’96②
「あーあー、こんなに散らかしちゃって。」
ふらふらと車を降りる安達さんを横目に、浮浪者の寝床のようになった後部座席を、茂木さんがしぶしぶとかたづける。そしてドームの関係者入口へと向かった。
「はい、どーもー!」
酔っぱらった安達さんは手を振って入口を通過しようとするが、東京ドームという近代施設で、おまけに地下鉄サリン事件が起きた後ということもあり、あっさりと係員に制止されてしまった。茂木さんが手続きをしたのち、中に入ると安達さんが口を開いた。
「よし、剛くんに会いに行こう。」
そう言うと安達さんを先頭に、ボクたちは剛竜馬選手の控室を探し俳諧しはじめた。しかし一本の通路が続いているだけのバックステージは、どこに何があるのかまったくわからない。
そこに進行表を手にした人が、慌ただしく走ってきた。
「きみ、きみ、剛くんの控室はどこ?」
なかばむりやり忙しそうな関係者らしき人を引き留め、教えてもらった剛選手の控室にむかい、扉を開けたが中はもぬけのからだ。
試合がせまっているので、すでに入場ゲートに移動してしまったのだ。
「じゃあ中牧くんのところに行こう。」
すぐ近くにたまたまあった、IWAジャパンの控室の扉を開けると、メキシコに行く際お世話になったビクター・キニョネスや、1年前にメキシコで会い、その後日本でデビューした田尻義博(TAJIRI)選手、旧知の岡野隆史選手がおり、追い詰められたこの空間で知っている人たちに会えて、若干だが救われた気分になった。
これでようやく場内で試合を見られるかと思ったが、安達さんの勢いは更に加速する。
「よし、橋本くんに会いにいこう!!」
勘弁してくれ!!
そんなところにいく度胸はボクにはない。しかしそんなことを、言えるわけがない。
橋本真也選手のいる新日本プロレス勢の控室は、今いる位置とはまったく逆側のバックスクリーン方面にあった。ボクたちは一塁側ベンチからアリーナ席に降り立ち、ファールゾーンを通って、巨大な入場ゲートの裏側にまわった。
入場ステージを裏手から遠目に見ると、ステージを上る階段に一匹の化け物がちょこんと座っていた。剛選手と対戦するおもちゃ軍団の一人のようだが、なぜかこちらに手を振っている。アジャ幸司選手が走って近寄り、何かをしゃべって戻ってきた。
「あいつ○○ですよ。」
化け物の正体は、もともと夢ファクの選手たちが所属していたSPWFに上がっていた外人選手で、旧知のアジャ選手の姿が見えたから手を振ったのだ。主要団体が一堂にそろったドーム大会で起こった、小さな再会劇だ。
そんな同窓会が終わると、安達さんは再び足をステージの奥に向け始めた。
なんとか逃げる術はないだろうか、と思っていると茂木さんが口を開いた。
「師匠、おれたちは試合を見ているのであとで合流しましょう。」
ギリギリで危機を乗り切ると、先ほどの一塁側ベンチへと戻り、安達さんは一人でバックスクリーンの奥へと姿を消していった。
後日知ったことだが、この後新日本の控室にむかった安達さんは、その道中でもひと騒ぎを起こしていた。
当時安達さんは、阪神大震災復興チャリティー炊き出し大会を計画していたのだが、その大会をキャンセルした選手の控室を偶然見つけてしまい、乗り込んでひと暴れしたのだ。
そんなことがあったとはつゆ知らず、数試合観戦後安達さんが戻ってくると、今度はとなりの後楽園ホールで行われているWARの試合会場に行くことになった。
またもドームのバックステージで、出口を求めて歩いていると、全日本プロレスのジャージに身を包む軍団に遭遇した。
酔っ払いの老人を先頭に、バギーパンツ姿のボク、誰だかわからないメキシコ人、アジャ・コング似の若手選手という奇妙な大名行列を、みんなが好奇の目で見ているのが感じられる。おそらく唯一まともな雰囲気を持った茂木さんは、恥ずかしかったに違いない。
全日本軍団を通り抜けると、今度は目の前にスタン・ハンセンが現れた。
「よお!」
安達さんが手を挙げ声をかけるが、ハンセンは半笑いでポカーンとしている。ドームという大会場にやってきたレスラーOBが、酔っぱらってふらふら歩いているのだから無理もない。
後楽園ホールに行くと、別行動をとっていた安達さんは知人と出会ったらしく、その日はホテルに戻らず東京に残ることになった。
翌日の試合開始までに会場入りすることになったのだが、群馬の伊勢崎市体育館には試合開始時刻になっても安達さんの姿はなく、到着したのは試合も終盤に差しかかったころだった。
つづく
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