「ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー」第1話
(あらすじ)
『タイムベルに白い大蛇が出る』という噂を聞いた鬼山聖は、友人アルバートとともに、大蛇の真相を確かめるべくタイムベルに行くことになる。そこで、猟奇的な狼男や、無数の蛇を操る蛇女など奇妙な人たちが、楽器の演奏をする奇妙な光景を目撃する。彼らは半獣。超人的な身体能力を有し、人間の血なしでは生きられない存在だった。なんとか半獣たちに命を奪われずに済んだが、朝、目を覚ますと鬼山の身体に異変が起きていた。並々ならぬ身体能力に、沸き上がる人の血を啜りたいという欲望。まさに、半獣の特徴そのものだった。半獣となってしまった鬼山の人生は、次第に狂い始める。
(本文)
ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。
鬼山は、夢の中で教会の鐘の音を聞いてはっと目を覚ました。目を覚ましたのは、学校の教室の中だ。どうやら、居眠りをしてしまい、放課後まで眠ってしまっていた。
「おい、鬼山。お前、ぐっすり寝てたな」
横から声が聞こえて、鬼山は横にさっと振り向いた。
「アルバート!?」
彼は、親友のアルバートに突然、話しかけられて目を大きく見開き驚いた表情を見せる。アルバートは、鬼山が両親の仕事の都合、イギリスに暮らすことになって初めてできた友達だった。
「そう驚くなよ。俺は、お前が放課後になっても目を覚まさないでいた事に驚きだぜ。疲れでも溜まってたのか?」
アルバートは、珍しく机の上で眠っている鬼山を意外に感じていた。
「昨日の夜、今日の試験勉強をして知識を詰め込んでたから、実は寝れなかったんだ」
鬼山は、アルバートの方に体を向けてそう答えた。
「そうか。勉強していたのか。真面目なお前が寝てるから珍しいと思ってた」
アルバートは、両手で頭の後ろで組むと、壁にもたれかかる。
「真面目なんかじゃないよ!?勉強してなかったから、前日に詰め込んで勉強してただけなんだ。自業自得だよ……」
「そうか、なら仕方ないな。今日の試験の結果を聞くのが楽しみだぜ」
アルバートは、皮肉じみた声で鬼山に言った。鬼山は、すかさずアルバートに問いかけ反撃に出る。
「アルバートはどうなのさ?今日の試験の感触はどんな感じだったの?」
鬼山が尋ねるやいなや、アルバートはおもむろに背中を向け立ち去っていく。
「ちょ、ちょっと待てよ!無視はひどいよ!」
鬼山は、立ち去るアルバートに手を伸ばし、後を追おうとする。すると、アルバートは立ち止まり、何か思い出したように鬼山の方にさっと振り向いた。
「そんなことより、学校の連中が面白い話をしてたんだ。きっと、鬼山、お前も興味のある話だと思うぜ」
正直、話題を逸らされた感じは否めないが、鬼山はアルバートの言う面白い話の内容が少し気になった。
「えっ!?なんだよ、その面白い話って?」
「出るらしいんだよ。夜中、タイムベルの中に、白い大蛇がな」
アルバートは、笑みを浮かべながら鬼山に言った。
「し、白い大蛇だって!?」
白い大蛇というワードに鬼山は両手を上げ驚愕する。
「ああ、しかも白い大蛇だけじゃない。狼男に蛇女、ライオン男を見たって話も聞いた。面白そうだろ」
アルバートは、腕を組み鬼山の方を見つめる。
「本当なの……それ……興味はあるけどなんだか怖いよ」
オカルト好きな鬼山は、興味を示すが、白い大蛇に襲われる光景を頭の中で想像してしまい少し鳥肌が立った。
「今夜、二人で確かめに行こうぜ!タイムベルに白い大蛇が本当にいるかをな」
「い、行くの、今夜!?突然過ぎるよ」
鬼山は、唐突にアルバートからそんなことを言われ、動揺する。
「行かないのか。なら、俺一人行くけどよ」
アルバートは、無理に鬼山を誘う気はないらしい。
「うーん……分ったよ。僕も行くよ!タイムベルに出るという白い大蛇に興味あるしね」
鬼山は腕を組み少し考え込んだ後、今夜一緒にタイムベルに行く意思を伝える。
「鬼山ならそう言ってくれると思ったぜ!ありがとな。じゃあ、今夜、タイムベルの近くで集合ということにしよう」
「うん、分かったよ。家族にバレないようにこっそり行くよ」
「家族か……」
アルバートは、顔面に影を落とし、右腕をぎゅっと掴んだ。
「どうかした?アルバート」
彼のいつもと違った様子に心配して鬼山が尋ねる。
「……なんでもない。俺は先に帰るよ。今夜、タイムベルでまた会おう。じゃあな」
アルバートは、片手を上げそう言うと教室から出ていった。彼が教室が出た直後、鬼山は、突然、誰かに話しかける。
「あなたたち、本気でタイムベルに白い大蛇が出ると思ってるの。馬鹿みたい。いるわけないじゃない!そんなの」
「ジーナ!話を聞いてたのか!」
鬼山が横を振り向くと、ジーナが無愛想な様子で立っていた。彼女は、鬼山とアルバートの同級生だ。同じ教室で授業を受けている。
「ええ、そうよ。あなたたちのオカルト好きには呆れるわ。何がいいのか私には理解できないわ」
そう言うと彼女も、鬼山の返事を待つことなく教室を出ていった。
何なんだよ、嫌味だけを残して出ていってさ。彼女とはあまり仲良くなれそうにないかも。
鬼山は、ガタンと強く閉められた教室の扉を見つめながら、そんな愚痴を心の中で呟いた。
※※※
「よし、今なら抜け出せそうだ。行こう、タイムベルへ!」
日がすっかり沈んだ頃、必要な荷物を詰めてリュックを背負うと、部屋の窓を開ける。
誰も見てないな。
念の為、周囲を何度か見渡し、家族に見られていないことを確認すると、軽い身のこなしで、家の外の地面に着地して、タイムベルへ向かった。
タイムベルは、近くの山の奥にある教会だ。昔は、人がいたみたいだが、現在は廃墟と化している。
山の奥にあることもあり、持ってきた懐中電灯を照らしながら、なんとかタイムベルのあるところまでたどり着いた。
タイムベルの周りは塀で囲まれていて、正面に門が立っていた。
ここか、なんだか異様な雰囲気だな。
夜空に浮かぶ満月に照らされ、ただならぬ雰囲気を漂わせるタイムベルを見て、鬼山は、なんとも言えない不気味さを感じた。
早く来てよ。アルバート!
鬼山は恐怖で身を震わせながら、アルバートが来るのを待つ。
そんな時だった。背後に何者かの気配を感じた。
ア、アルバートだよね……。
鬼山は、唾をゴクリと飲み込む。思わず身体に力が入り、心臓が狂ったように鼓動する。
恐る恐る、持っていた懐中電灯の光を背後にさっと向ける。
誰もいない。
鬼山の視線の先には、誰もおらず、懐中電灯の光が雑草が少し生えた地面を照らすだけだった。
気のせいか。誰かいたと思ったんだけどな。
「おっ、鬼山。来たか!」
油断したところで、アルバートの声がした。
「う、うぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
不意をつく彼の声に、鬼山は思わず尻もちをつき驚愕の叫びを上げた。あまりの驚きぶりにアルバートは、笑みを浮かべ言った。
「そんなに驚かなくてもいいだろ。緊張してるのか、お前」
「いちいち僕の背後から話しかけないでよ!びっくりするから!」
鬼山は、相変わらず尻もちをつきながら、アルバートに訴えるように言った。
「悪いな、鬼山。早くここについちまったから、タイムベルの塀の周りを一周して、入れそうなところがないか見て回ってたんだ。ちょうど、一周し終えたところで、鬼山を見つけたから、声をかけたんだよ」
「アルバートは、一人で、この周りを探索してたのか。肝が座ってるね。僕はここにいるだけで、精一杯だ」
鬼山は、アルバートと話をして気持ちがだいぶ落ち着いてきたのか地面から立ち上がる。
「一周して回ったんだが、入れそうなところは、この門以外なさそうだ」
アルバートは、親指を立てて門の方を指し示す。
「でも、見た感じ門は施錠されているみたいだよ」
門は、鎖が巻き付けられており、しっかりと施錠されている。開けるには、鍵で施錠を解く必要がある。
「だいぶ、施錠は錆びてる。これだったら、施錠を破壊して中に入れるかもしれない」
アルバートは、地面に転がっている石を片手で拾い上げ、門の施錠のところまで近づく。
「待ってよ!まさか、その石で施錠を破壊するつもりじゃないよね!まずいよ!」
鬼山が慌てて施錠を破壊しようとするアルバートに叫んだ。だが、手遅れだったらしい。
「もう施錠をぶっ壊してしまった」
アルバートは、持っていた石を投げ捨て鬼山に言った。
「アルバート……君ってやつは」
アルバートの思い切った行動に鬼山は顔に手をやり呆れる。
「門が開けた。入るぞ、鬼山」
アルバートは、門を開け先に中に入る。
「アルバート、僕を一人にしないで!」
慌てて、鬼山も中に入りアルバートのあとを追う。
少し、タイムベルの教会があるところまで行くと建物を見上げる。
「近づくと、意外と大きい建物だね」
鬼山は、目の前に立っているタイムベルをみながら、言った。
「ああ、白い大蛇が住み着いてそうな大きな建物だ」
「白い大蛇か……やっぱり怖いな」
「おいおい、今更、ビビってるのか。俺たちは白い大蛇がいるのかを確かめに来たんだぜ」
「そうなんだけど、思ったより雰囲気があって、本当に白い大蛇が出てくるんじゃないかって思えてきてさ」
鬼山は、タイムベルに来たものの、本当に白い大蛇がいるなんて信じてはいなかった。ただ、なんとなくアルバートと今まで行ったこともない未知の場所に行くことが面白そうだったからここに来たのが本音だ。
「白蛇は縁起のいい動物らしいぜ。しかも、今回、俺たちが会おうとしているのは、ただの白蛇じゃない。俺たちを丸呑みできるほどの大蛇だ。とんでもないご利益を得られるかもしれない」
「ホントだ!たしかに!なんて……言うわけ無いだろ
!怖いものは怖いよ!」
「まあ、そういうなよ。もし、白蛇が襲ってきても必ず俺がお前のことを守ってやる。お前は俺の親友だからな」
アルバートは、鬼山の肩に手をやりそう言うとタイムベルの扉に向かう。
「アルバート、ありがとう!なんだか、勇気が湧いてきたよ!」
「ふっ、ちょろいな」
アルバートは、不安が吹き飛んだ鬼山の様子に呟いた。
「聞こえてるよ、アルバート……」
鬼山は、ひょっこりと顔を出してじっとアルバートを見ながら言った。
「あっ、これは失礼」
アルバートは、視線を背けしれっと答えた。
キィー。
タイムベルの扉を少し開けて、中の様子を見る。
「誰もいないみたいだね」
鬼山がアルバートに言うと、彼は残念そうな声で言った。
「なんだ、開けたら、白い大蛇がこっちを覗いているのを期待したのによ」
「そんなの、嫌だよ」
鬼山は即答する。
「誰もいないみたいだし、中に入ってみようぜ」
「うん」
タイムベルの中は、奥に祭壇が置かれその手前には長椅子が規則正しく並んでいた。色鮮やかなステンドグラスからは、夜空から降り注ぐ月光が入り込んでいる。
左右には扉があり、部屋がいくつか分かれていた。白い大蛇が隠れていないか、隈二人は、左右の部屋も含めて隈なく探してみたが、その姿を確認することができなかった。
「いないね、やっぱり」
祭壇の前に再び戻ってきた鬼山は、アルバートに向かって言った。
「クソ、噂は噂でしかなかったのか……うん?何か音がしないか」
アルバートは、どこからか聞こえるわずかな音を感じ取り聞き耳を立てる。
「言われてみれば、音が聞こえる。これはピアノの音かな」
鬼山も、アルバート同様、音を感じ取った。音がどこからか聞こえるのは、確かなようだ。ピアノの音だとすれば、ピアノを演奏する誰かがいることになる。
「どこから聞こえる?どこだ!」
アルバートは、ピアノの音が聞こえているうちに音源を探そうと、躍起になる。
「ここだ。この床から、ピアノの音が聞こえる」
鬼山は、耳を澄まし、音が聞こえてくる場所を特定した。
「ホントだ!床の下から聞こえてるようだ」
アルバートは、床に耳を押し当てて、確かに音が聞こえてくることを確認する。
「なんで、床の下から、地下があるってことなのかな」
「この床のタイル、動かせそうだ。鬼山、二人でこの床のタイルを動かすぞ」
鬼山とアルバートは、「せーの」の掛け声で、同時に力を入れて、床のタイルを持ち上げると横にずらした。
すると、地下へと繋がる階段が現れた。階段の先は漆黒に包まれており、美しい旋律とともにただならぬ雰囲気を漂わせている。
「まさか、地下に降りる階段があるとは思わなかった。この先に行けば、白い大蛇の真相が分かるはずだ」
アルバートは、上機嫌な様子で、階段の先を見据え言った。
「行くつもりなの、この下に?」
鬼山は不安げな表情を浮かべアルバートに言った。
「もちろんだ。ここまで来て、引き下がれる訳ないだろう。行こう、鬼山!」
「えっ!?」
アルバートは、鬼山の片手をつなぎ一緒に地下へと通じる階段を下りた。半ば強引にアルバートに連れて行かれながら、心の中で呟いた。
生きて帰れるかな、僕達。嫌な予感がするんだよな。
この選択が、後に彼らの人生に大きく狂わせることを、彼らはこの時、知る由もなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?