「ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー」第2話

 地下に通じる階段を下りるにつれてピアノの旋律がより鮮明に彼らの耳に入ってきた。

 鬼山は、この流れてくるピアノの曲に聞き覚えがあった。

 ドヴュッシーの「月の光」だ。この曲を聞いていると、不思議と落ち着くな。

 鬼山は、階段を下りて不安が募る一方で、流れてくる曲のおかげで、心を落ち着かせ冷静でいることができた。それほどまでに、流れてくるピアノのメロディーは美しく繊細な旋律だった。

 階段を下りると、明るく開けた場所に出た。地下は、舞台が奥にあり、その前に観客席が何列も並んでいる。

「すごい。タイムベルの地下にこんな場所があるなんて」

「ああ。舞台の上で誰かがピアノを弾いているようだ。ひとまず隠れて様子を見よう」

 彼らは、舞台の上の人物に気づかれないようにさっと観客席の影に隠れる。

 舞台の上でピアノを演奏しているのは、長髪で細身な女性だった。細い指で、軽やかにピアノの鍵盤を叩いて、美しい旋律を奏でている。見た目は、普通の人間のように見える。

「きれいな人だな」

 鬼山は、ピアノを奏でている女性に見とれていると、横からアルバートの声がした。

「へぇ~鬼山は、ああいう女性が好きなのか?早速、話しかけてみたらどうだ。俺は、それをここから見とくからさ」

「違うよ!ただ彼女の奏でる曲がいい曲だなと思っただけだし!それに、邪魔したくないんだ。彼女は、自分の世界に入って美しい演奏をしているように思うから」

「そうか。なら、彼女の演奏を終わるまでここで曲を聞くとするか」

 二人は、観客席の影に隠れながら、ピアノの演奏を止むのを待った。演奏を聞いている間、あまりの心地良さに、眠気が襲ってきたが、なんとか耐えしのぎ聞き終えた。

「どうやら、演奏が終わったようだな」

「うん、あの人に噂の話を聞きに行くチャンスだね」

 鬼山が、観客席から顔を出そうとした時だった。アルバートが、舞台袖から誰かが出てきたのを見て、慌てて鬼山を止めた。

「待て、鬼山!誰か出てくる」

「えっ!?」

 鬼山は、アルバートに止められ、観客席の影に隠れる。

 二人は、舞台袖から出てきた人物に目をやる。その人物を視界に捉えた瞬間、目を大きく見開く。

 顔が狼の顔だ。これはまるで……狼男だ。

 鬼山は、全身に緊張が走る。自ずと体に力が入った。それに対し、アルバートはニヤリと笑みを浮かび、このスリリングな状況を楽しんでいるように見えた。

「舞台袖から出てきた人、狼の顔をしている。本物かな」

 鬼山は、アルバートと顔を見合わせて言った。

「だとしたら、かなりリアルな作り物だな。あの威圧感、俺は本物じゃないかと思う。俺の勘だけど……」

「本物!?」

「まあ、本物かどうかしばらくここで様子を見てみようぜ」

 アルバートがそう言った瞬間、背後から声がした。

「なんだ、お前たち。どうしてこんなところにいやがる!」

 さっと二人が声をしたほうに振り向くと、そこには先程まで舞台の上にいた狼男が立っていた。

 おいおい、マジかよ。少し目を離した一周で俺たちの後ろにまわりこんだっていうのか。

 アルバートは、身構えながら、冷静に状況を整理する。一方、鬼山は目の前の狼男のあまりの迫力に体の震えが止まらない。

「美味そうだ。いい血肉が味わえそうだ」

 狼男は、目を赤く充血させ、よだれを垂らしながら鋭い歯をのぞかせる。両手から生える爪は、ナイフのように尖っており、簡単に人の肉を引き裂けそうだ。

 狼男の視線は、アルバートの方に向けられていた。まずは、アルバートから襲おうとしていることは明らかだ。 

 このままだと、アルバートが襲われる。どうにかしないと。でも、どうすればいいんだ……。そうだ。これを使えば、もしかすれば。

 鬼山は、狼男がアルバートに視線を向けているところにすかさず懐から塩の入った瓶を取り出す。そして、瓶の蓋をきゅっと開けると、狼男の充血した目に向かって勢いよく塩を飛ばした。

「ぐっ!?何をしやがった!このクソガキが!!!」

 突然、塩を飛ばされ、狼男は、さらに充血した目に手をやり怒り狂った叫び声を上げる。
 
「アルバート!」

「ああ!」

 二人は、必死に手足を動かし狼男の下から離れ、地上に通じる階段を目指して駆ける。

「やるな、鬼山。塩なんて持ってきてたのか」

「もしかしたら、白い大蛇に襲われるかもって思ってさ」

「白い大蛇には塩なのか……まあ役に立ったからいいが」

 そんな会話をしながら、走っていると、何者かに行く手を阻まれる。

「アルバート……」

「ああ……これはまじでピンチかもしれない」

 立ち止まった二人の前にはライオンの顔をした大柄の男が立ちふさがっていた。彼から放たれる威圧感は並大抵のものではなかった。彼らの生存本能が、目の前の存在と相まみえることを拒絶し赤信号を出す。

「鬼山、お前だけでも逃げろ」 

 アルバートは、二人での生存は難しいと判断し覚悟を決めた。生存本能に抗い、ライオン男の元へと駆ける。

「アルバート、何をする気なんだ」

 鬼山は、ライオン男に向かうアルバートの背中をただ見ることしかできなかった。
 

 
 

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