「魔王誕生」第1話

(あらすじ)

ある日、パンドラの箱と呼ばれる国の研究施設で大規模な爆発事故が起こった。ギルドの護衛ハンスは爆発が起きた現場に調査に行くのだが、謎の生命体に寄生される。謎の生命体とひとつとなった彼は、超人的な力を身につけ、国が魔法の源となるマナを生み出すために人々の命を犠牲にしていた事実を知る。その後、彼は聖騎士に捕らえられ、仲間のデニスとともに地下監獄アンダーグラウンドに収監されてしまう。そこで、ハンスたちは研究者カタリナと出会う。彼女の協力もあり、彼らは監獄から抜け出し国の秘密を公にしようとするが失敗する。国に抵抗するため、同志を増やしたハンスは、新たな国を作る。人々は彼を畏敬の念を込め魔王と呼んだ。

(キャラ)
主人公 ハンス
主人公の親友 エリック 
ギルド仲間 デニス
研究者 カタリナ
軍服の男 ヘルマン 
聖騎士 ペレ 
    

(本文)

 ーーこの物語は、魔法と呼ばれる未知の力の存在を人々が認識し始めた頃の話。そして、ハンスが魔王となるまでの話だ。

 山の麓にある真っ白で立方体の形をした国の研究施設〈パンドラの箱〉。ここでは秘密裏に非人道的な研究が日々、行われていた。

「新たな果実たちが運ばれてきました」

 研究員の一人が、敬礼をしながら研究施設の所長に報告する。

「分かった。さっそく、果実に装置を繋げろ」

 所長は、研究員に指示を出すとニヤリと笑い、ガラス張りの向こう側にある光景を眺める。

 果実とは、ここでは被験者のことを指す。麻酔を射たれ眠りについた被験者たちが担架に乗せられ、ガタガタと音を立て次々と運ばれてくる。巨大な装置まで運ばれると、研究員たちが被験者たちの頭に、怪しげな装置を装着する。被験者たちは、主に罪人や奴隷など社会的に虐げられている人々だ。老若男女問わず、連れてこられている。

「機械の電源を入れろ。マナを取り出す」

 所長の指示に従い、研究員は巨大な機械にポチッと電源を入れた。すると、機械が稼働しはじめ、ブォーンという不穏な音を響かせ、被験者達の頭に繋いだ装置から、マナを取り出す。

「素晴らしい技術だ!大量のマナを入手できる!もはや我が国家は弱小国家ではない。周辺国を圧倒するほどの力を手に入れたのだ!」

 所長は、両手を広げ興奮気味に叫んだ。

 彼の発言はあながち間違いではなかった。かつて、ここ、ルル王国は周辺国の侵略を受け国家滅亡の危機に曝されていた。その状況を打破するため、生み出された力がマナによる力(魔法)だった。その人智を超えた摩訶不思議な力を使い、周辺国の侵略を退けるどころか、周りを圧倒するほどの強国となったのだ。

 マナの製造方法については、公表されておらず詮索することは禁忌とされていた。そのため、どこでどのようにマナが生み出されているのかは国民は知らない。

 その一方で、魔法と呼ばれる未知の力は国民によって広く使われるようになる。ルル王国の生活水準は瞬く間に向上し、王国は目覚ましい発展を遂げる。もはや、魔法は国民にとって生活に必要不可欠な力になっていた。

「所長、一人、麻酔から覚めた者がいます。どうしますか?」

 研究員がある被験者の異常に気が付いた。研究員の横には、麻酔から覚め担架の上で悶え苦しむ男がいた。

 なんだ、苦しい!頭から生気が吸い取られていく感じだ……。

 男の名前は、エリック。窃盗を行い捕まっていた囚人だ。妻に先立たれ、男手一つで子供たちを養わなくてはいけなかった。生活に困ったエリックは、金目のものを窃盗し、売り捌くようになる。ある時、彼は窃盗の容疑で捕まり、監獄に入れられていた。

「そのままにしておけ。今までの研究結果で、悶え苦しませたほうが多く、マナを入手できることが分かっている」

 所長は、眼鏡を怪しく輝かせ淡々とそう答えた。

 この鬼畜が!!!俺をあんなところから見下ろしやがって!!!

 エリックは、憎しみに満ちた目で、ガラス張りの部屋から見下ろす所長の男をギロリと睨みつける。今すぐにでも、彼は男を殴り飛ばしたい気分だったが、担架に固定され動くことができない。

「所長、出力を上げます」

 研究員の一人が、機械のレバーを上げるとエリックの体からさらに多くのマナが吸収されていく。

「うぁああああああああ!!!!!」

 エリックは、息苦しくなり身体をばたつかせて担架から抜け出そうと試みるが、頑丈な金具で固定されていて抜け出すことはできない。

 湧き上がる憤怒で身体を震わせ、拳をぎゅっと握りしめると、エリックは憎悪の入り混じった叫び声を轟かせる。

「許さない!!!絶対にお前を許さない!!!覚えていろよ!!!地獄に送ってやる!!!」

 血走ったエリックの目には、ガラス張りの部屋にいる所長の男が映っている。その様子は、所長の男は、嘲り笑い、見下した目で見つめる。

「それは楽しみだ。できるなら、やってみなさい。どうせ無理だがね」

 そんな所長の男の声が、施設内に響き、ぷつりとマイクが切れる音がした。直後、エリックは身体に力が入らなくなり、意識が暗闇の中に飲み込まれていった。

 被験体から吸収した力(人間の魂)をもとにマナを生み出すのだが、マナを生み出す際に、ゲルと呼ばれる黒い液状の物質も生み出される。吸収した機械でマナとゲルを分けて、マナはマナ貯蔵庫へ、ゲルはゲル処分場に送られる。

 憎い、あの男が憎い。俺をこんな目にあわせた人間たちが憎い……。

 死してなおも、エリックのすさまじい怨念は残り続けた。それは、ゲルとなって、処分場に溜まった黒くドロドロしたゲルの塊に、ポチャリと落ちる。 

 その直後。異変が起こる。

 エリックの負の感情に反応して、処分場に溜まっていたゲルにエリックの意思が宿り始める。ゲルは流動し盛り上がると、ぐにゃぐにゃと形を変え施設を内部から破壊し始める。

 施設内は、赤く点滅し異常を知らせる警告音がひっきりなしに鳴り響く。

「警告音がしている……なんだかの異変が起きたのか!?」

 鳴り響く警告音を耳にし、所長は理由がわからず当惑する。

「うわぁあああああ!!!!」

 所長が当惑する最中、更に追い打ちをかけるようにあちこちから研究員たちの悲鳴が聞こえた。

「なんだ、何が起こっているというのだ!!!」

 所長が、たまらず声を上げた直後、近くの壁がドォーンという音を立てて激しく飛び散り砂煙が舞う。砂煙の中から、勢いよくゲルの黒い液状の身体が現れる。所長の姿を確認するやいなや、ゲルは先端を鋭く尖らせる。

 それを見て、所長はこのゲルは自分の命を奪いにきたのだと理解した。

「やめろ、やめてくれぇええええ!!!!ぐっ……」 

 男の゙叫び声も虚しく、ゲルは鋭く尖った先端で男の頭部を一瞬で貫いた。

 破壊してやる。こんな場所。

 エリックの怨念が宿ったゲルは怒りの感情に任せて施設を破壊し続けた。そして、施設に備え付けられた巨大な機械が破壊された事で火災が発生し、施設を一瞬で吹き飛ばすほどのすさまじい爆発が起こった。

 施設で起きた爆発に伴う衝撃と破壊音は、遠く離れたルル王国に拠点を置くギルドにまで届いた。

 ギルドの建物から慌ててハンスが、外に出て右手を目の上に当てて爆発がした方向を確認する。

「どうやら、どこかが爆発したようだ。何があったのか気になるな」

 ハンスの視線の先には、山の麓から青空に向かってキノコ雲が広がっていた。遠方からでも鮮明に爆発による雲が見えるくらい爆発の規模は甚大だった。

「すげーな、あそこは、謎の施設がある場所じゃないのか」

 ギルドメンバーの一人デニスもキノコ雲を確認しハンスに言った。

「謎の施設?」

 ハンスは、山の麓にある施設について知らない。デニスの謎の施設という言葉がしっくり来なかった。

「何だ、知らないのか。あの辺には、白い立方体の建物があるんだ。何の建物かは知らないけどよ」 

 デニスは、キノコ雲が出ているところを目を細めて見ながら言った。

「へぇ~そうなのか。面白そうだな。ちょっと、あの場所まで行ってくる」

 ハンスは、手足を動かし走り始めると、口笛を吹き馬を呼び寄せると、飛び乗る。

「お、おい!?警護中だろ、俺ら」

 デニスは、馬に乗って走り去っていくハンスに手を伸ばし叫んだ。

「すまないが、デニス、適当な理由をつけてごまかしておいてくれ!」

 ハンスはデニスの方を向き片手を上げそう言い残すと、走り去ってしまった。

「待て!!!こらぁあああ!!!ハンス!!!」

 デニスは、不満の゙叫び声を上げるが、すでに走り去ってしまったハンスの耳には届かなかった。

 何時間かかけて光が差し込む森林の中を抜けると、爆発が起こった山の麓までハンスはたどり着く。 

「こりゃ、ひどい有り様だな」

 馬に乗りながら、彼は周囲を見渡し声を漏らす。大規模な爆発が原因で、山の麓は周囲の木が吹き飛んでおり、地面は、ヒビがいくつか入っている。奥の方には、爆発が起こった研究施設〈パンドラの箱〉の白い残骸が至る所に散らばっている。

 ハンスは、馬から降りて何がこの場所で起きたのかじっくり探索することにした。

 火が残っているのか、黒い煙がどこからか漂っている。

「ゲホ、ゲホ!!」

 焦げ臭い匂いとともに、血の匂いがハンスの鼻を刺し彼は思わず咳き込んだ。

 これは血の匂い。人がここにはいたのか。これだけの爆発に巻き込まれ、生きているものがいるとは、考えづらいが……。

 ハンスは、白い残骸の下敷きになっている人の死骸を何人か見つけた。白衣を着ていることから、ここにあった施設の研究員の死骸ではないかと彼は考えた。

「この場所で行われていた研究に関する資料は、すべて回収し廃棄しろ。それが国からの命令だ」

「「はっ、承知しました!」」

 突然、前の方から黒い軍服を着た男たちが話しているのが見えた。

 なんだ、あいつらは。あの目。多くの人間を殺してきたような冷たい目をしている。

 ハンスが、前の方にいる男たちに驚き佇んでいると、軍服姿の男たちの一人ヘルマンが彼の気配に気づきさっと振り向く。

「誰かいるのか!!!」

 ヘルマンの視線の先には、すでにハンスの姿はなかった。ハンスは、危険を察知して、すかさず、近くの白い残骸に身を隠していた。

 あぶねー!!!もう少しで見つかるところだった。見つかれば、最悪、あの銃で射殺されてたかもな。

 ハンスは、ゴクリとつばを飲み込むと、物陰から軍服姿の男たちの腰に装着されている拳銃にそっと目をやった。 

「気のせいか。貴様ら奥に進むぞ。俺の推測が正しければ、この先にお宝が眠っているはずだ」

 軍服姿の男たちは、さらに奥の方に歩いて進んでいく。その様子を見て、ハンスは、安堵のため息を漏らし、肩の力を抜く。

 なんとか気づかれずに済んだみたいだ。お宝とか言っていたな。俺の好奇心を刺激する言葉だ。これ以上、首を突っ込むのは危険だが、確かめずにはいられないな。 

 ハンスは、こっそり白い残骸に身を隠しながら、軍服姿の男たちの後を追う。

 しばらくすると、男たちは巨大ななにかの目の前まで行くと立ち止まった。

 あれは……なんでこんなところにこんなものがあるんだよ。

 ハンスは、男たちの目の前にある物体に驚愕する。一方、ヘルマンは不気味な笑みを浮かべると、興奮気味に叫んだ。

「素晴らしい!とんでもない数のマナの結晶だ!」

 彼らの目の前には、山のように連なった巨大なマナの結晶だった。太陽の光に反射して色鮮やかに輝いている。この結晶は、被験者たちから集めたマナが、爆発により外部に流出し結晶化したものだ。

 あれほどのマナの結晶。普通じゃない。もしや、この場所はこのマナの結晶を生み出すための施設だったのかもしれない。

 ハンスは、顎に手をやり、仮説を立てて情報を整理する。

 マナの製造方法は明らかにされていない。そもそもどうやってマナをこの場所で製造していた。なにかマナを製造するための素材があるはずだ。だが、ここには素材らしいものはない。人の死体を除いては。いや、待てよ。もしかして……人を使ってマナを生み出していたのか。

 施設に関する隠された真実に辿り着こうとした瞬間、横から声がして、ハンスの頭に銃口が向けられる。

「お前、見たな。殺す」

 ハンスは、殺意に満ちた冷たい声に反射的に身体を動かし、頭部に押し付けられた銃口から離れる。その直後、拳銃の引金が引かれ、バンという強烈な銃声が鳴り響く。

「しぶといやつだ。急所を避けたな」

 ヘルマンはニヤリと笑い、腹のあたりからの出血を片手で抑えてなんとか立っているハンスを見る。

「どうして、俺の位置がバレた。ずっと俺は、白い残骸に身を潜めていたはずなんだけどな」

 ハンスは、視界が薄暗くなり意識が朦朧となりながらも言った。

「映っていたのさ、一瞬、マナの結晶にお前の姿がな」

 マナの結晶は透明度が高く、白い残骸に身を隠しているハンスの姿を映し出していた。

「ちっ、全くついてないぜ」

 ハンスはため息混じりで言った。

「ここに来たのが、運の尽きだったな。お前はパンドラの箱の中身を見てしまった。禁忌に触れたものは、その事実とともに葬り去られる定めなのだ。死んで後悔しろ」

 ヘルマンは、今度は確実に命を奪うため、ハンスの頭部に狙いを定め銃口を向ける。

 憎い、人間が憎い。

 今にも、ヘルマンによって拳銃の引金が引かれようとした瞬間、突如、得体のしれない怨念と憎悪が押し寄せ、彼らを戦慄させる。

「何だ、この液状の黒い物体は!!!」

「くねくね動いているぞ」

「「ぐっ……」」

 マナの結晶の前に立っていた軍服姿の男たち二人が何かに頭部を貫かれ、地面にバタリと倒れ込む。

 何だ、あの黒い物体は……。

 同時にハンスとヘルマンは、突如現れた謎の生命体を視界に捉え、呆然とする。

 彼らの視線の先には、憎悪に取り憑かれたゲルがぐにゃぐにゃと蠢いている。ゲルは、呆然と眺める彼らに気づき、間髪入れずに身体の一部を刀のような形状に変形させると、その刃先を勢いよく振り下ろした。

 地面には、きれいな破れ目ができ、砂埃がぶわっと巻き上がる。

 危なかった。避けなければ、一刀両断されていた……。

 ハンスは腹のあたりが出血している中でも、ゲルの攻撃を後ろに飛ぶことで回避していた。ヘルマンもまた同様に回避していたが、ヘルマンの持っていた拳銃の先は間に合わずゲルの攻撃により切断されてしまった。もう拳銃は使用できない。

「くそ、使いものにならねぇ」

 ヘルマンは、持っている拳銃が役に立たないことに気づくと、拳銃を放り投げすぐにこの場から立ち去る。潔く走り去るヘルマンの背中を見て、ハンスは追いかけようとするが、思った以上に腹のあたりの傷がひどい。意識が朦朧として、体にスッと力が入らなくなる。

 ドスッ。

 気づいた時には、地面に倒れ自分の身体から流れる血液に浸っていた。

 俺の命もここまでか……。

 輝きを失いかけているハンスの瞳に、ゲルが近づいてくる様子が映る。ハンスは、死を覚悟しゆっくりと瞳を閉じた。

 お前はハンス……。まさか、こんな形で出会うとは。死ぬな、俺の唯一の親友。

 ゲルに宿るエリックの意思が、目の前で倒れているハンスを救おうとする。ゲルは、ハンスの身体を優しく包み込むと、腹のあたりの傷口から体内に入り込む。

 生と死の境目。ハンスは、暗闇の深淵に引き寄せられるように沈んでいた。

 このまま、沈めば俺は死ぬんだろうな。

 彼は、直感的にこの暗闇の底は死の世界に繋がっていることが分かった。

 ハンスの手を誰かの手がぎゅっと握りしめる。そして、沈み行く暗闇の中、確かにハンスは聞いた。

「生きろ」というエリックの声を。

 ※※※

「はっ!?」

 エリックの声を聞いた直後、ハンスは目を覚ます。上半身を起こし、周りを見渡し状況を確認した。周囲には、白い残骸が至る所に転がっており、巨大なマナの結晶が奥に見える。ハンスが意識を失った場所から変わってはいなかった。

 俺は、軍服の男に拳銃で打たれたはずじゃ……。

 ハンスは、腹の頭に手をやり、傷口がどうなっているのか確認してみた。

「えっ……嘘だろ。傷が塞がっている。どうなってんだよ」

 腹のあたりにあった傷は、黒い物体に覆われ完全に塞がっていた。自分の眠っている間に、何が起こったのか皆目検討がつかず当惑していると、ハンスの傷口を塞いでいる黒い物体がニョキニョキと動く。

「うわぁああああ!!!何だ!!!キモい、キモすぎる!!!」

 ハンスは、突然、自分の体の一部と化した黒いなにかが蠢き始め驚愕の゙叫び声を上げる。

 黒い物体は次第に、人の顔のような形に変形し、最終的にエリックの顔になった。

「よお、ハンス。久しぶりだな」

 聞き覚えのある声に、ハンスはその声が誰であるのか瞬時に分かった。だが、自分の身体から親友の顔がニョキっと生えているシュールな状況に思わず頭に両手をやり戸惑う。

「エリック!?どうなってるんだ?なんでお前が、俺の体の一部のようになってるんだよ!!」

 エリックは、目をつむり少し考えるような素振りを見せると話し始めた。

「色々あってな。口で説明するよりも、俺の記憶を共有したほうが早そうだ。目を閉じてくれ」

 エリックの言うことにはピンと来ていなかったが、ハンスはとりあえず彼の指示に従った。

「お、おう……」

 ハンスが目を閉じた直後、エリックがパンドラの箱の中で体験した一連の出来事の記憶がどっとハンスの頭に流れ込む。

「どうだ、記憶の共有はうまくいったか?」

 エリックが、ハンスの顔色を伺いながら問いかける。

「エリック……この記憶は本当か。俺は、許せない。多くの人々を犠牲にし大量のマナを生み出していたなんて」

 ハンスは、歯をぐいっと噛み締めて、拳をぎゅっと握りしめる。ハンスに流れ込んできたのは、単なる記憶だけではない。エリックの中にあった憤怒の感情もまたハンスに流れ込んでいた。

「事実だ。国は秘密裏に研究を行っていたんだよ。魔法という力は、人々の血肉でできている。犠牲あってこその魔法だったんだ」

 エリックは、装置に繫がれマナを吸い出されていた時のことを思い出し、感情を押し殺しながら淡々と答えた。

「戦争に勝つためなら手段を選ばないということか。魔法は兵器だ。魔法により一瞬で、敵国の街が灰になり消し去られた光景が今でも頭に焼き付いている」

 ハンスは、ギルドの兵士として戦地に赴いた時のことが頭によぎる。

「ハンス、お前にはここで行われていた研究のすべてを公にしてもらいたい。これ以上、犠牲者を増やさないために」

 エリックは、白い残骸の近くに転がる研究の犠牲者たちの死体を眺め言った。

「ああ、そのつもりだ。国が隠している残虐な事実を白日のもとにさらしてやる」

 ハンスの力強い言葉を聞き、エリックは安堵の表情を浮かべる。

「その言葉を聞けて嬉しいよ。お前の命を救った甲斐があった。ハンス、あのマナの結晶がこのまま国の兵器として使われるのは、癪に障る。俺ならあのマナを吸収できるだろう。マナの結晶に近づき右手を伸ばしてくれ」

「こうか」

 ハンスはマナの結晶の塊に近づいて右手を伸ばしてみる。すると、お腹にあった黒い物体が右腕に、巻き付くように移動し、右手を黒色に染める。黒色に染まった右手は、マナの結晶を光の粒子にし、その右手にマナのエネルギーを取り込んだ。

「マナを吸い取ったのか……かなりの量だと思うが」

 一瞬で山のようにあったマナの結晶体がなくなる。エリックを介して、すべてハンスの身体に吸収されたのだ。吸収が終わると、右腕に巻き付いていた黒い物体が元の腹のあたりに戻っていく。

「ああ、俺がマナを吸い取った、同じようなやり方で今後もマナの力を吸収することが可能だ。吸収したマナのエネルギーを使って魔法も使えるだろう」

 エリックは、再びハンスのお腹のあたりにニョキッと顔を出し言った。

「魔法を使ったことはあるが、普通はマナの結晶石がないと、使えないんじゃないのか」

 ギルドの訓練兵時代に、支給されたマナの結晶石で魔法を使った経験はあったが、現在はマナの結晶石を所持していなかった。

「ゲルに、マナの結晶石を取り込んだから、結晶石がなくても魔法は使える。試しに魔法を使ってみろ」

 ハンスは、片手を出し指で拳銃の形を作ると、その先に、水滴が集まるイメージをする。彼は訓練兵時代に得意としていた水鉄砲という魔法を使用しようとしていた。指先に集めた水滴を銃のように勢いよく放つ魔法だ。

「すごい、みるみるうちに、水滴が集まっていく。どこまで大きくなるんだ!?」

 ハンスは、自分の身長の数十倍にまで膨れ上がった水の溜まりを一気に凝縮し、勢いよく前方に放った。

 ドォーン。

 という、轟音とともに、放出された水の塊はハンスの前方にある山肌を穿ち貫いて一直線に貫いていく。

 山の向こう側まで、貫いていてもおかしくない勢いだ。直進しすぎて、水の塊がどこまで行ったのか確認ができない。

「……」

 ハンスは、魔法のあまりの威力に言葉を失った。訓練兵時代に魔法を使った時は、空き缶をはじき飛ばすぐらいの威力しか出せなかった。その時は、段違いの威力だ。彼はどこか恐怖すら感じた。

「呆気にとられているようだな。俺もゲルとして活動していた時は、驚いた。ゲルに、マナの結晶石を取り込めば、石がなくても、魔法が使える。しかも、結晶石を取り込めば取り込むほど、より強力な魔法を扱えるようになるんだからな」

 エリックは、困惑するハンスに身体の一部分となった黒い物体ゲルの持つ特性について話した。

「かなり変わった身体になったみたいだ。なんと言うか人間離れしたような感じだ」

 ハンスは、身体にいまだかつてないほどの活力が湧いてくるのを感じていた。自分の身体のはずなのに、自分の身体ではないような奇妙な感覚だ。

「そういえば、言い忘れていたが、俺はあと数秒後に自我が消滅する」

 エリックは、しれっと重要なことをつぶやいた。

「自我が消滅するだと!?どういうことだ!!」

 ハンスは、不意をつくエリックの言葉に、慌てふためく。

「言葉通りの意味だ。俺の自我は崩壊しただのゲルになっちまう。俺を介して今はゲルの力を使えているが、消滅後、しばらく使えなくないかもな。ゲルの力がお前の身体に馴染むのに時間がかかる。まあ、なんとなく体の感覚で分かるはずだ。あとは、頑張ってくれ、ハンス。頼んだぞ!」

 エリックはニョキッと出していた顔を徐ろに引っ込める。

「エリック!おい、ちょっと……」

「……」

「エリック、まだいるよな?」

「……」

「エリック?」

「……」

 ハンスはエリックに話しかけるが、返事が返ってこない。待てども、沈黙が続くだけだ。どうやら、エリックの自我は消滅しまったようだ。

「エリック!!!!!!!!」

 ハンスの悲しみの雄叫びが、周囲に響き渡る。その叫び声は静寂に包まれた、このパンドラの箱があった場所にやたらと、響いて聞こえた。

 ハンスは、親友エリックが突然、消滅したことにショックを受け、しばらく頭を抱えたが、これと言ってなにかすることもなかったのでとりあえずギルドに戻ることにした。

 しばらく、馬に乗り来た道を戻るとギルドに無事についた。ハンスは馬から降りてギルドの周囲を見渡す。

 特になんの変化もないな。いつものギルドだ。

 彼は、肩を撫で下ろし少し安堵する。軍服の男たちが、待ち構えていないか心配だったからだ。突如、襲いかってきたヘルマンは、立ち去った後、彼の命を奪おうと、どこかに潜んでいるかもしれない。

 ハンスがヘルマンに拳銃を向けられ襲いかかられた時のことを思い出していると、後ろから誰かの手が伸びて彼の右肩に触れる。

 誰だ……。

 後ろにいる誰かにハンスにさっと緊張が走る。狂ったように鼓動し始めた心臓が、警鐘を鳴らす。ハンスは、ゆっくりと後ろにいる人物にゆっくりと視線を向けた。


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