「魔王誕生」第2話

「よぉ、ハンス。待ってたぜ。途中で、抜け出しやがって。こっちは一人で大変だったんだからな!」

 ハンスの後ろにいたのは、デニスだった。ハンスのギルド仲間であり、普段は、ともに国の護衛をしている。

 デニスは、しかめっ面でハンスを見ている。それもそのはずだ。一人、ハンスは業務を放棄し、抜け出してしまったのだから。

「悪い、デニス。つい、好奇心が抑えられなくてな」

 ハンスは、両手を合わせデニスに誠心誠意、謝罪する。デニスは、そっぽを向いていたが、謝罪するハンスの方をそっと見る。

「まあ、いいぜ。次やったら許さないからな!でっ、あの爆発は何だったんだ?それなりの収獲はあったんだろうな」

 デニスも、実はギルドから見えていた爆発が何だったのか興味があった。

「ああ、収穫はあった。だが、俺は開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない」

 ハンスは、真剣な表情でそう呟いた。あそこで起きたことは、あまりにディープな内容だ。デニスに軽く話せる内容ではなかった。

「意味深な事言うじゃねーか。その様子だと、ただ事じゃなさそうだな。教えろよ。そのパンドラの箱の中身って奴をよ」

 デニスは、さらに興味を持ち始める。こうなってしまった彼は、止まらない。何としてもハンスから聞き出そうとするだろう。また、ハンスは、デニスに一人護衛の業務を任せてしまった責任も感じ、デニスに一連の出来事を話すことにした。

 デニスは途中までハンスの話を興味深そうに頷きながら聞いていたが、次第に顔を曇らせる。

「胸糞悪い話だな。人間の命を利用し魔法の源であるマナの結晶体を作っていたなんてよ」

 デニスは、ギルドの建物の壁にもたれかかり、ハンスに言った。

「ああ、エリックも゙施設でマナを作り出すための実験台にされてたんだ。そして、俺はエリックに命を救われた」

「エリック?」

 ハンスとエリックとは接点があったが、デニスは、エリックについて全く知らなかった。

「ああ、すまない。エリックは俺の親友だよ。ギルド訓練兵時代に一緒だったんだ。奴とはな」

「ギルド訓練兵時代の仲間か。それは大切な仲間を失ったな」

 デニスは、真剣な表情でハンスに言った。

「失ってなんかいないさ。ちゃんと俺の中で生きているさ」

 ハンスは、ゲルに覆われた部分にそっと手で触れる。

「やはり君たちは、知ってしまったようだね。あそこで行われていたことを」

  ハンスとデニスは、突如聞こえた声の方に顔をさっと向ける。

 気づかなかった……。話しかけられるまで。この格好は、聖騎士か。

 白い装束を着た男ペレがスピアを腰につけて笑みを浮かべ、ギルドの建物付近に置かれていた木の箱の上に座っていた。

 ハンスとデニスは、男が身につけている白い装束に見覚えがあった。その装束は、聖騎士と呼ばれる国直属の上級騎士にしか着ることが許されていないものだ。聖騎士は、国王によって認められたほんの一握りの実力者にしかその称号を与えられない。凡人が束になって挑んだとしても、勝利することは不可能だろう。

 そんな聖騎士ペレが、ハンスとデニスが国に関わるタブーな情報を漏洩する可能性がある異物として認識している。まさに彼が彼らを排除すべき対象と見ていることは明白だった。

 ハンスとデニスの判断は早かった。ペレの笑みから溢れる強烈な闘志を肌に感じ、反射的に聖騎士から距離を取る。ハンスとデニスは、少しでも危険を分散させるため二手に分かれる。

 そうだ、ゲルの力を使えば魔法を使える。

 ハンスは、マナの結晶石をゲルに取り込み強力な魔法を扱えるようになったことをふと思い出し、ペレに向かって咄嗟に片手を出す。

 なんだ、この威圧感。この男は危険だ。

 余裕を持っていたペレだが、ハンスから放たれるなんとも言えない威圧感に表情を瞬時に曇らせる。

 おかしい。なんか、魔法が使えない……。

 ハンスは、魔法を使おうと意気込んでいたが、その気持ちとは裏腹に体内にあるマナをうまく体外に出すことができなかった。前回は、エリックの力を借りていたため、うまく魔法を発動させられたが、エリックの自我が消滅した今となっては、前回のようにはいかなかった。

「なんだ、期待したんだけどな。見掛け倒しか」

 残念そうにそう呟くと、ペレは持っていたスピアを腰からさっと引き抜き構える。その直後、目にも止まらぬ俊足で距離を詰めるとハンスの僅かな隙をつき、ハンスの右肩のあたりをスピアの剣先が貫いた。

「ぐはっ!?」

 右肩のあたりを貫かれたハンスは、そのままギルドの建物の壁に勢いよく押し付けられ、ハンスの口から、苦痛の声が漏れる。

 気づいた時には、貫かれていた。なんていう俊足なんだ。

 ハンスは、苦痛で揺れる瞳でデニスの方を見た。心配そうにデニスは、ぽつんと立ち止まりハンスの方を見ていた。

「お前は逃げろ、デニス!!」

 ハンスは、デニスだけでも助かってほしいという一心で、必死に叫んだ。デニスは、涙を滲ませると、「かたじけない」という言葉を口にし、申し訳無さそうに背中を向けると走り去っていく。

 それでいい。俺があの施設の話をしてしまったばっかりにデニスを巻き込んでしまったのだから。

 ハンスは、去っていくデニスを見ながら、彼を巻き込んでしまったことを歯をぎゅっと噛み締め悔いた。

「逃さないよ」

 ペレは、そう言って不穏な笑みを浮かべた直後だった。どこからかデニスに向かって石が勢いよく飛んできて、走っている彼の足に直撃する。

「ぐっ!?何だ」

 デニスは思わぬ奇襲に、状況がわからず困惑する。足が石の直撃でやられ、体のバランスを崩すと、地面に激しく倒れてしまう。

「どうやら、命中したな」

 ハンスたちがいる場所から数百メートル先離れたところにいる聖騎士ロベルトがニヤリと笑みをこぼす。

 ロベルトは、生まれつき視力が良かった。数百メートル先で走るハンスを視界に捉える。狙いを定め近くに転がっている石を持ちマナを込めると、ハンスの足に向かって投げたのだ。

「こいつらを連れて行け。あの場所まで運送する」

 ペレは、地面に倒れ込むハンスとデニスを見ながら待機していた軍服姿の男たちに指示を出す。軍服姿の男たちは、ハンスとデニスに注射針を突き刺すと、なにか薬品を注入する。すると、彼らの意識が遠のいていき、視界が真っ暗になっていく。

 どこに連れて行かれるんだ。俺達は……。

 軍服姿の男たちに運ばれる最中、今後どうなってしまうのかという不安だけが彼らの胸の中に渦巻いた。がさつに馬車に乗せられたところでハンスとデニスは、ぷつりと意識を失い深い眠りについた。

 ※※※

 ハンスか目を覚ましたのは、馬車の中だった。ガタガタと馬車は揺れて、どこかに向かって進んでいる。手足は、縄で縛られて、自由に動くことができない。

「ハンス、起きたか!」

 デニスの声が横から聞こえた。すでに彼はハンスより先に目を覚ましていた。ハンス同様、手足を縄で縛られている状態だ。

「デニス、やっぱりお前も奴らに捕まってしまったか」

 ハンスは申し訳無さそうにデニスに言った。

「ああ、俺らを襲った奴は何者なんだよ?」

 デニスはハンスの方を見て、問いかける。

「あれは聖騎士だ。国直属の騎士……」

「聖騎士だって!?あいつがそうなのか。聖騎士の姿を初めて見たぜ」

 デニスは、襲ってきた者の正体が聖騎士だと知り驚愕する。

「俺は一度だけだが聖騎士の姿を見たことがある。俺の身長の10倍くらいはある巨大な魔物を剣の一振りで、一刀両断しあっという間に屠る姿をな……」

 ハンスは、過去に聖騎士の圧倒的実力を目の当たりにしていた。その時の光景は、目に焼き付き、未だに心に刻まれている。

 ガタッ。

 馬車がいきなり進行するのをやめた。その反動で、ハンスたちは、起こしていた上半身が倒れて、馬車の中の壁にぶつかる。

「痛っ!?何だ、急に馬車が止まったぞ!」

 デニスは、頭を打った部分を手で擦りながら、言った。

「着いたのかもな。目的地に……」

 ハンスは、冷静にデニスに答える。

 すると、馬車の後ろにある垂れ幕が上がり恰幅のいい筋肉質な男たちが、現れた。

「こいつらを、建物の中に運べばいいんだな」

「ああ、アンダーグラウンドの中の牢屋まで運べという命令だ」

 アンダーグラウンドだと……。

 男たちの会話を聞き、ハンスとデニスは、お互い顔を見合う。二人ともその場所に覚えがあった。アンダーグランドはルル王国最大の刑務所だ。地下に伸びた構造をしており、より重い犯罪を犯した囚人ほど、より深い地下に収監される。重罪を犯した人間は、収監されれば二度と外には出られないという噂だ。

「ハンス、やばくねーか。俺たち、とんでもないところに連れて来られてしまったんじゃ」

 デニスは、ごくりと唾を飲み込み言った。

「ああ、俺たちは一生、この中で地獄のような日々を過ごすことになるかもしれない」

 ハンスは、胸のうちで頷き湧き立つ不安を口にする。

「うるさいぞ!お前ら!おとなしくしろ!」

 男たちが苛立ちながら、ハンスたちに叫ぶと、手足を縛られ身動きが取れない彼らを肩に乗せると馬車から下ろす。

 眩しい。

 馬車から外に運ばされ、強烈な太陽の光が差し込み、ハンスは目を細める。男たちが、運ぶ先には高い壁に囲まれた施設が立っている。その建物を見て、今から連れて行かれるのは、収容施設アンダーグラウンドであることを確信した。

 この施設に入ってしまえば、もう二度と外には出れないかもしれない。ハンスたちは男達に連れて行かれながら今見ているこの地上の光景を記憶に焼き付けるように一望した。


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