「魔王誕生」第3話

 ガチャ。

 勢いよく牢屋の鉄格子の扉が閉まる音がした。

 ハンスたちは、地下深くまでエレベーターで連れ行かれ、薄暗い牢屋の中に収容される。彼らは、アンダーグランドの門を通る際に、門番に目隠しをされ、牢屋に行くまでの施設内の様子を見ることができなかった。ただ、エレベーターのようなものに乗り地下深くまで、降りたことは音から分かった。

「ハンス、これからどうする?」

 左隣の牢屋からデニスの声がした。

「……ここから脱出する手立てが全くないわけじゃない」

 ハンスは、一つの希望があった。それは、親友エリックが残してくれたゲルの力だ。

 ゲルの力を使えば、マナの結晶石なしで強力な魔法を発動できる。問題は、いつゲルの力が俺の身体に馴染むかだ。

 ハンスは、顎に手をやり思考を巡らせる。

「まじか、何だよ、その手立てって。教えてくれよ」

 デニスは、鉄格子を両手で握りながら、ハンスに期待のこもった声で言った。

「しっ、誰か近づいてくる、デニス」

 ハンスは、何者かが近づいてくるコツコツという足音に気づき、デニスに小さな声で言った。慌ててデニスは、口に両手で覆い隠す。

 誰だ。ここの牢屋の見張りか……。

 ハンスに緊張が走る。静寂に包まれた牢屋に反響する足音が大きくなるにつれ、彼の心臓も激しく鼓動する。
 
「あなたが、パンドラの箱の秘密を、知ってしまったという人物ね」

 ハンスの牢屋の目の前に立ち止まったのは白衣を身にまとい眼鏡をかけた女性だった。興味深そうに、ハンスのことを見ている。

「何者だ?」

 ハンスは、警戒心を緩めず問いかける。左隣の牢屋にいるデニスは、二人の会話を聞き取ろうと、壁に耳をペタッとつける。

「私はカタリナ。かつて、パンドラの箱にいた研究者よ」

 カタリナはニコリと笑う。その彼女の笑顔からは、敵意を感じられない。

「あの施設の研究者だと。研究者が俺に何のようだ?」

 一方、ハンスは、カタリナに敵意を向ける。エリックの記憶で、研究者たちがパンドラの箱で残虐な研究をしていたことを知っているからだ。
 
 ハンスの問いかけにカタリナは怪しく眼鏡を輝かせる。

「爆発事件の後、パンドラの箱を訪れたの。そこにはあるはずのものがなかったのよ」

 カタリナは、ハンスが去った後にパンドラの箱のあった場所に来て調査していた。

「……」

 ハンスは、彼女の言わんとしていることがまだピンと来ておらず、黙り込む。

「あそこでは、人々の命を使って大量のマナとゲルが生成されていたはず。なのに、私が来た時には、マナとゲルが見事になくなっていたのよ。あなたの仕業じゃないかと思って」

 カタリナの推測は的を得ており、ハンスは思わず声を漏らす。

「なっ!?」

「その反応、私の推測はあながち間違いでなさそうね。あれほどのマナとゲルをどこにやったのかしら?」

 カタリナは、微笑みを浮かべ淡々とハンスに問い詰める。

「それを聞いてどうするつもりだ?」

 ハンスは、拳をぎゅっと握りしめ彼女に言った。

「どうもしないわよ。ただ知りたいのよ。真実をね」
 
 この女性を信じてもいいのか。分からない。分からないが、この女性からは敵意を感じられないのは確かだ。

「好奇心というやつか。だが、マナとゲルの場所を言うことでなにか俺にメリットがあるのか?」
  
 カタリナは、少し目を瞑り、考えると目を開けて言った。

「そうね……なんの見返りもなしに、聞くのも野暮ね。わかったわ。話してくれたら、条件次第では、あなたたちの脱獄に協力してあげる」

「なんだと。本当なのか、それは」

 彼女の思わぬ提案に、ハンスは困惑する。

「ええ、本当よ。ただし、国が隠している真実を明らかにするのを手伝ってほしいの。あなたがあの施設で見た真実は、ある巨大な真実の断片でしかない」

「まだ、国はあれ以上の秘密を隠しているというのか?」
 
「ええ、その通り。私は、国に隠している真実を暴くために研究者になった。真実を暴くためには、あなたみたいな人に協力してほしいの」

 カタリナはまっすぐな目で、ハンスを見て言った。彼女は、純粋な目をしておりとても嘘をついているようには見えない。

「どうやら、俺達の利害は一致してるらしい。あの施設で、生成されたマナとゲルは俺の身体の中にあるんだ」
 
「へっ?」

 カタリナは、目をまんまるくして呆気にとられる。
ハンスは、カタリナにゲルに命を救われ、マナの結晶体を取り込んだことを話した。それを、デニスは、隣の牢屋で頷きながら聞いていた。

「面白いわね。ゲルの力を、身体に宿しているなんて。今までそういった事例は聞いたことないわ。あなたが初かもね。ますますあなたに、興味が出てきたわ!」

 カタリナはハンスの閉じこめられた牢屋の鉄格子を握り、目をキラキラと輝かせながら顔を近づける。彼女のものすごい圧に、ハンスは、顔を背ける。

「それよりも、あんたの求める情報は提供したんだ。脱獄に協力してくれるんだろうな」

 顔を背けながら、ハンスは、カタリナに言った。

「ええ、でも、私もそれなりのリスクを背負うことになる。国が隠している真実を、暴くことに協力してもらえるなら、この監獄の秘密の抜け道を教えるわ」

 ハンスはゆっくりカタリナの方に顔を向ける。

「分かった。俺も、その国が隠している真実って奴に興味がある。協力しよう」

 ハンスは、彼女を信じ切った訳では無いが、この監獄から抜け出すための手段は多いほうが良いと考え、彼女の申し出を受け入れることにした。

 少しずつ希望の光が見えて気の緩みが出たところで、突然、凄まじい咆哮が下の方から響き渡る。

「ぐぉおおおおおおおおお!!!」

 あまりに強烈な咆哮に、監獄内は激しく揺れを伴い、ハンスたちはすかさず耳に手で覆い鼓膜が破れないようにする。

「何だ?この叫び声は?」

 得体のしれない何かが自分達の下の階には潜んでいる。ハンスたちは、警戒心を高める。

「アンダーグラウンドの最深部には、ドラゴンが収容されてる。時々目を覚まして暴れ出す」

 カタリナは、すさまじい咆哮が聞こえなくなったところで、ハンスたちに最新部に潜むドラゴンについて説明した。

「ド、ドラゴンだってぇええええ!!!」

 隣の牢屋でデニスが声を上げずっこける。

「デニスはさておき、どうしてドラゴンがこの場所の地下にいるんだ?」

 ハンスは、カタリナに尋ねる。

「地下にいるドラゴンは、特殊みたい。ここに収容して、ドラゴンの研究が行われているのよ」

「そうなのか……」

 ハンスは、地下にいる特殊なドラゴンが少し気がかりに感じた。

 その後、ハンスとデニスはカタリナから、脱獄に役立つ有益な情報を色々と教えてもらった。彼らは頷きながら彼女の話を聞いた。

 ※※※ 

「デニス、昨日、話した通り今日、脱獄を決行するぞ」

 ハンスは、隣にいるデニスに壁を通して言った。

「おう、分かってるぜ!ここからはおさらばだ」
 
 壁に耳をつけハンスの言葉を聞き取ると、今度はデニスが壁を通してハンスに答えた。

 このアンダーグランドに監獄されてから、数日が経っていた。ずっと、牢屋に閉じ込められる訳ではなく、日中は作業をさせられる。

「出ろ、作業場に連れて行く」

 拳銃を持った男が、いつものように牢屋の前に来て鉄格子の扉を開ける。隣のデニスとともに男の後ろにゆっくりとついて行く。

 道をまっすぐ進み、どんつきの部屋に入ると、そこは大食堂だ。厨房の前に、何列も長細いテーブルが並んでいる。清掃道具を取り、他の囚人たちとともに大食堂の掃除をする。

 二人の見張りが常に監視しているが、大食堂の掃除をしている囚人の数が多く、全員の行動に目を光らせることは難しい。

 ハンスたちは、見張りの目がそれたことを確認すると、長椅子の影に隠れ、目的の場所に向かう。一度見つかれば、周囲は騒然となり、捕まってしまう。そうなれば、二度と脱獄することは不可能だ。彼らは、息を殺しながら、バレないように慎重に進んでいく。

 あの場所に行けば、地下通路に行けるはずだ。

 ハンスは、大食堂の右端の床に視線を向ける。事前にカタリナから、唯一の抜け道を教えてもらっていた。研究員である彼女は、一度、このアンダーグランドの設計図を見たことがあった。たった一度だけではあったが、彼女は一度見たものを忘れず記憶に留める能力に長けていた。

 設計図の記憶を呼び起こし、抜け道になる場所がないか思考した末、彼女は最も脱獄に適したルートを導き出した。

 それが、大食堂の右側の床だ。設計図上は、大食堂の右側の床には、地下に降りる階段が存在する。当初、より多くの囚人が収容されることを想定し、地下に降りる階段を作る予定だったが、収容される囚人の数が激減したことで、階段を封鎖し、床のタイルで覆ったのだ。

「ここだ!ここだけ、音が違う!」

 デニスは、コツコツと床を手の甲で叩いて確かめると言った。

「ああ、そのようだな。あとは、あれを待って魔法でタイミングよく床を破壊するだけだ」

 ハンスたちは、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると、集中力を高める。

 そして、彼らの思惑通りあの声が響き渡った。

「ぐぉおおおおおおお!!!」

 地下に潜むドラゴンの咆哮が轟く。それと同時に、ハンスたちはカタリナからもらったマナの結晶を握りしめ床の上で勢いよくジャンプした。

 体が浮き上がった瞬間、彼らは魔法で自分たちの体重を何倍も重くすると、着地と同時に床を破壊する。破壊音は、ドラゴンの咆哮で掻き消され、周囲の人間は、ハンスたちが床を破壊したことに気づいていない。

 ハンスたちは床を破壊しそのまま地下の暗闇の中へと消えて行った。

 
 

 
 

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