「元勇者、命を狙われる」第1話

(あらすじ)

魔王討伐を果たした後、勇者カーラは引退して森の奥で一人ひっそりと暮らしていた。ある日、彼女宛に手紙が送られてきた。手紙には、魔物にさらわれた子供を救ってほしいという切実な内容が書かれていた。彼女は依頼主と出会い詳しい話を聞こうとするのだが、依頼主の小屋で複数の魔物たちの奇襲にあう。実は手紙の内容は嘘であり、彼女の命を狙う魔物の罠だった。一旦、魔物たちの魔の手から逃れたカーラだが、謎の魔物シンラからこう告げられる。かつての仲間を引き連れて魔王城に再び来るようにと。彼女は、かつて旅した仲間と再会し、再び魔王城を目指す。

(キャラ)

女性勇者 カーラ

僧侶 ソロ

拳銃を使用する魔物   ダン

謎の魔物   シンラ

(本文)

 穏やかな風が吹き抜けて、木々がさっと音を立てて優しく揺れる。斜めに差し込む木漏れ日の中で、小鳥たちの陽気なさえずりが響く。

 この森の奥には小さな湖がある。湖の近くには一軒の小屋があり、そこにはカーラという女性が住んでいた。

 彼女は、かつて仲間とともに魔王討伐のため旅立った勇者だった。魔王討伐を成し遂げた後、都市部の喧騒から離れ、この小屋で一人ひっそりと過ごしていた。

「うーん、今日はいい天気ね!」

 ちょうど日が顔を出して大地と森と湖を照らした頃、カーラは、両手を真上にぐーと伸ばしながら小屋の扉から出てきた。

 カーラが見上げると青く澄み渡った大空が際限なく広がっている。そんな青く澄んだ空を切るように鳥が、背中の両翼を羽ばたかせ縦横無尽に飛び回っている。

 カーラは、柵の上に両肘を置いて、顔に手をやると小屋の目の前にある湖の水面を眺める。

「平和。めちゃくちゃ、平和。面白いこと起きないかしら」

 彼女は退屈していた。現役時代は、毎日が刺激的な毎日だった。仲間とともに魔物と戦う日々。いつ死んでもおかしくない危険極まりない日々の連続。辛く苦しい時もあったが、魔王討伐の旅をしていた頃が彼女にとって最も充実した時間だった。

 カーラは柵から離れ、湖の水面まで近づくと小石を拾うと、勢いよく湖の向こう側に向かって投げる。彼女は軽く投げたつもりだったが、思ったより勢いがついていた。小石は、水面を切り裂き、さぁと波を生み出しながら一直線にものすごい速度で進み、湖の遥か向こう側まで飛んでいく。あっという間に視界から消え、湖の向こう側で木々が何本か倒れる音がした。

「小石で遊ぶのは、周りの自然を破壊しかねないわね。やめておきましょう」

 カーラは、残念な表情を浮かべると、湖にさっと背を向けた。

「ぐぅああああああああ!!!」

 唸り声を上げ、巨大な何かが四足で、叢から出てきた。さっと、彼女が視線をそちらに向けると、巨大な熊が凶暴な目つきをして立っていた。

「あっ、くまさんだ!!!いいわね、ちょうど私、暇してたところなの。相手になってくれる?」

 カーラは、キラキラと目を輝かせて笑顔を浮かべると元気のいい声で言った。巨大な熊を前にしても、全く彼女は恐怖を感じていなかった。むしろ、この退屈な時間に刺激を与えてくれる存在との邂逅に高揚感を抱く。

 巨大な熊は、興味津々な視線を向ける彼女の様子に困惑する。

 なんだこの人間は……。

 巨大熊は、彼女を注意深く観察し彼女から漂う常軌を逸した異様な力を感じ取り気圧される。

「ぐ、ぐうう………」

 先ほどとは、違い。明らかに元気のない声を出したかと思うと、顔面蒼白になった巨大熊は一目散に逃げ出した。

「あ、待ってよ!一緒に遊びましょう」

 カーラは、逃げ出す熊に向かって腕を伸ばし話しかけるが、巨大熊が逃げる足を止めることはなかった。一瞬で、叢に姿を隠してどこかに行ってしまった。

「あっ、どこかに言っちゃった。せっかく遊べると思ったのに……」

 彼女は、悲しそうな表情を浮かべ、叢が虚しく風に揺られる様子を見つめる。

 ピーヒョロロー。

 その時、上空で空を飛翔する鳥の鳴き声が響き渡った。鳥の鳴き声に、ふと彼女が上空を仰ぐと、手紙が、カーラのもとに手紙がゆらゆらと左右に揺れながらゆっくりと落ちてきた。

「なんだろう……。鳥が手紙を運んできてくれたの」

 カーラは、地面に落ちる前に、そっと手紙を手に取り文章を読んだ。

 手紙には、カーラが勇者であったことを知る人物からの切実な依頼文だった。どうやら、依頼主の子供が魔物にさらわれたらしく、魔物からその子を救ってほしいという内容だ。

「大変じゃない!子供がさらわれたなんて!一刻も早く子供を助けに行かないと」

 純粋な彼女は手紙をぎゅっと握りしめ、さらわれた子供を救い出さなければと強い使命感を持つ。

 手紙の裏側にはマップが書かれており、目印がつけられていた。目印のついた場所に来てほしいと指示が書かれている。

「マップのこの目印の場所にある小屋で、依頼主が待っているのね。時間も指定されてる。依頼主と話してみないと詳しいことは分からないわね」

 ※※※

 カーラは手紙に書かれた指定時刻にマップを頼りに依頼主のいるところに向かうことにした。あたりはすっかり日が沈み周囲は漆黒に包まれている。

 現在、彼女が歩いている場所は広大な平原だ。夜の静かな風があたり一面に生える草木をかすかに揺らしていた。

「うう……依頼主のいる小屋はどこだろう。地図を見た感じ、この辺なんだけど」

 カーラは魔法で火の玉を浮遊させ暗闇を照らしながら、懐からもらった手紙を取り出すと地図を見る。この草原に来るのは初めてのこともあり、彼女はなかなか、依頼主のいる小屋を見つけられずにいた。

「おやおや、もしや、あなた様は元勇者のカーラ様ではないですか?」

 そっと、カーラが地図から目を離し、目の前を見ると身長の低いフードを被った老人がランタンを片手に持ち立っていた。

「ええ、そうです。もしかして、依頼主の方ですか?」

 カーラは目の前の老人に問いかける。

「ええ、その通りでございます。私は、あなた様に依頼させていただいた者です。ここで話すのは、何なんなので、私の小屋までご案内いたします」

 薄気味悪い笑みを浮かべると、老人はカーラに背を向けランタンで夜道を照らしながら草原の中をゆっくり進み始めた。カーラは、とりあえず老人のあとをついていくことにした。

 しばらく、夜道を歩くと、前方に白い煙が夜空に線を描くように伸びているのが見えた。

「もしかして、あそこがあなたの小屋?」

 カーラは、前方に見える煙を指差し老人に言った。

「……」

 だが老人からの返答はない。それどころか彼女の方に背中を向けたまま夜道を歩き続ける。

 き、気まずい……。何この沈黙。

 カーラは、謎の沈黙に困惑しつつ、トコトコと老人の後ろを黙ってついていく。
 
 しばらく歩くと、先程まで煙しか見えなかったがようやく小屋の建物が見えてきた。白壁のごく普通の小屋だ。ただ、周囲には、小屋以外の建物はなく、だだっ広い平原に一軒の小屋だけがポツリと立っており、どこか寂しさを感じる。

「つきました。ここが私の家です。さあさあ、お入りください……」

 老人は、小屋の門を開けると、右手でなかに入るように彼女を誘う。

「ええ、こんなところに小屋があるなんて思わなかった」

 そういいながら、カーラは門を通り小屋の中に入った。

 カーラは、部屋の中に入った瞬間、小屋の中の様子に違和感を感じ呆然とする。

「どうされましたか?」

 老人は、カーラの方を見ることなく淡々と問いかける。

「空っぽ……何もない」

 カーラの視線の先には、何も置かれていない空っぽの部屋が広がっていた。

「存分にこの光景を焼き付けてください。ここは、今日からあなたの墓場となるのですから。さあ、始めましょう。殺戮を!!!」

 老人は狂ったような笑みを浮かべた直後、バタンという音を立てて背後の扉がいきなり閉まり、鍵がガチャリと閉められる。

 そして、老人の顔面がグシャグシャになり、額のあたりに一本の角がニョキニョキと映えると鬼の姿に変貌する。

「ま、魔物!?久しぶりね!」

 今にも魔物に襲われる危機的な状況に常人であれば本来恐怖してやまない場面なのだが、案外カーラは顔をニコッとさせて心躍らせる。

「余裕でいられるのは今のうちだ!」

 鬼は、予想と違った彼女の様子に苛立ちを募らせ、力強く両手を組む。するとカーラの真下の床に魔法陣がポアンと浮かび上がり光を放つ。

「拘束魔法の一種ね!」
 
 ひと目見て、彼女は真下にある魔法陣が動きを拘束する類の魔法であることを見抜いた。動きを封じられたにも関わらず依然として落ち着いた様子だ。

「今さら気づいても遅い!何もできず命を奪われるがいい!」

 鬼の叫び声とともに、小屋の天井から黒い影がすっと落下してきたかと思うと、その影が凄まじい速度で身動きを封じられているカーラに向かって襲いかかる。

 黒い影の正体。それは、コウモリ型の魔物だ。刃物のように研ぎ澄まされた両翼で滑空して彼女に向かって行く。

「もう一体。やっぱり天井に控えていたのね。面白くなってきたわ!」

 カーラから自ずと笑みが零れる。老人が鬼へと変貌した瞬間、息を潜める他の魔物の存在に気づいていた。長年、培われた彼女の殺気を感じ取る力は、抜きん出ている。魔物の位置やその魔物がどのくらいのレベルなのか、どのような感情を抱いているのかも気配で概ね推測することができる。

「久しぶりに少し力を出せそう」

 カーラは、少し体の中に秘めていた魔力を放出する。彼女から放たれた魔力は身体に秘めるごく僅かな魔力でしかなかったが、鬼は彼女の魔力を肌で感じ、瞬時に脳裏に恐怖が刻まれる。

 あっ、やばくね。

 単純に鬼はそう思った。彼女に勝てるイメージが全く持てなくなった。底知れない彼女の力に触れ戦慄が全身に走る。

 鬼は、彼女が秘めたる力を出した直後、彼女を拘束していた魔法陣がすでに消失していることに気づく。

 魔法陣が破られているだと……。

 彼女が拘束魔法を破り自由になったのを見て、彼は彼女を襲いかかろうとするコウモリ型の化物に鬼気迫る声で叫んだ。

「まずい……彼女への攻撃をやめろ!」

「えっ!?」

 コウモリ型の魔物は、素っ頓狂な声を出し、すかさず動きを止めた。だが、それは彼の意思ではない。正確には、動きを止められたというのが正しかった。
 
 コウモリ型の魔物の鋭く研ぎ澄まされ翼は、彼女の片手ですんなりと受け止められていた。

「ば、馬鹿な!?」

 鋼鉄でも容易に切断する翼を受け止められてしまった。コウモリ型の魔物は困惑の声を漏らさざるを得なかった。

 彼女の手から逃れようとばたつかせるも、両翼をがっしりと捕まれ抜け出すことができない。

「さあ、遊びましょう」

 カーラは、どこか狂気を感じさせる笑みを浮かべながらコウモリ型の魔物を握る手に徐々に力を入れていく。

「ひっひいいいいいい!!!」

 コウモリ型の魔物は、この時になってようやく理解した。自分は相手にしてはならない相手に喧嘩を売ってしまったのだと。

 こ、殺される……。

 コウモリ型の魔物の脳裏に死の一文字が不意に浮かんだ。途端に、彼は意識が遠のき気絶する。

 気絶して泡を吹いている……。

 カーラはコウモリ型の魔物が気絶する様子に残念がる。

「あら、遊べると思ったのに残念ね。次はあなたの番ね」

 カーラは、そっと鬼の方に鋭い目つきで視線を向けた。

「ぐっ……」

 彼女の威圧に鬼は一瞬、気圧されるが、笑みを浮かべる。

「私一人だと思わないことだ」

 鬼が呟いた瞬間、彼女の背後の影から死神のような魔物が姿を現れた。

「お命頂戴する」

 死神のような見た目の魔物は両手でぎゅっと握っていた巨大な鎌を勢いよく、振り下ろした。

 スポッ。

 一瞬にして、魔物の持つ巨大な鎌は目の前のものを切断し、何かが宙を舞った。鎌を持った魔物は、宙に待ったそれを見て、眉をひそめる。

「な、何が起こった……」

 彼は、油断したカーラの首をめがけて鎌を振った。確かに鎌は首に到達し、彼の思惑通り彼女の命を刈り取れるはずだった。だが、目の前に飛んでいるのは、カーラの頭ではなく、鬼の頭だ。

 すかさず、死神のような姿をした魔物は鬼の立っていた場所に目を移す。そこには、カーラが何事もなかったかのように立っていた。

 魔法で場所を入れ替えたのか。

 死神のような魔物が思考するほんの数秒の隙にカーラは一気に距離を詰めると、拳を握りしめると目にも止まらぬ速度で魔物のみぞおちあたりを殴打する。

「ぐはっ!?」

 みぞおちあたりに強烈な痛みが走った魔物は、悶絶した叫び声を上げ、バタリと気絶する。

「あら、もう気絶しちゃった。これでも手加減したんだけどな」

 カーラは、気絶して動かなくなった魔物を見ながらつまらなさそうな表情を浮かべ呟いた。

 やばい、やばい、やばいいいいい!!!こんなに元勇者が強いなんて……聞いてねえー!!!

 鬼は首を切られてもなお生きていた。頭から小さな足をニョキニョキと生やし、彼女にバレないようにこっそりとこの場を去ろうとしていた。

「やはり、奴等では彼女の足元にも及ばないか。ダン、予定通り行こう」

「了解」

 カーラのいる小屋から数キロメートル離れた場所。ダンという魔物は、テレパシーで何者かの指示を受け拳銃を構える。

 ダンは、遠視の魔法で数キロメートル先のカーラの様子を鮮明に見ることができた。なすすべもなく小屋の中の魔物が、彼女にやられていく姿を見て思わず声を漏らす。

「ありゃ、化け物だな。面と向かっての戦闘は死んでもゴメンだね」

 ダンは、遠視の魔法で遥か遠方に立つカーラの挙動を観察しながら、構えた銃の先を彼女ではなく、彼女のいる小屋の置かれた燃料タンクに向ける。

 これはあらかじめ上から言われた指示だった。ダンは、直接、彼女を狙えると発言するも、彼女は、数キロメートル離れた弾丸を軽々、回避するだろうと忠告されていた。

 そんなわけ無いだろ……。いくら元勇者とはいえ。

 と、ダンはたかをくくっていたが、今なら上の言っていた言葉はあながち嘘ではないと理解できた。それほどまでに彼女は強かった。

「じゃあな、元勇者さんよ。化け物じみた力を持つとはいえ、人間なんだ。爆発に巻き込まれれば、ただではなすまないだろう」

 ダンは、ゆっくり銃の引き金を引き、燃料タンクに向かって弾丸を放った。彼の魔力が込められた弾丸は異常な速度と威力を誇っている。数キロメートル離れた距離であっても、空を裂きながら、ものの数秒で目標物に弾丸が届き貫通する。

 小屋の横に置かれた燃料タンクに穴が空く。弾丸の纏っていた炎とタンクの中に入っていた油が反応し強烈な爆発を起こした。

 ダンの魔力と化学反応の相乗効果で、爆発の規模はより甚大なものとなった。

 ドオーンといつ凄まじい轟音とともに平原にぽっつりと佇む小屋が一瞬で消し飛び、砂をさっと巻き上がると爆発による衝撃でで突風が吹き荒れる。

「目標達成。計画通りだ」

 ダンは遠視でカーラのある小屋が爆発に巻き込まれ大破する様子を確認し、安堵する。

 元勇者と聞き、今回は失敗に終わる可能性も゙考えていたが、やはり、今回も目標は達成した。今までもこれからも俺の目標が達成されないことはない。

 元勇者を倒したことで、確固たる自信が彼の中で芽生える。魔王を討ち滅ぼした元勇者を倒すことは、魔物界の偉業だ。魔物の英雄として彼は讃えられる未来が約束されたも同然だ。

 ーーだが、それは、元勇者を倒すという目標が本当に達成されていた話である。

 爆風が収まり、巻き上がった砂が地面に落ちると、視界が鮮明になる。

 小屋は跡形もなく崩壊し、見る影もなかったがそこに平然と立つ人物がいた。そう、カーラだ。

「まさか、爆発するとは思わなかった。小屋にいた魔物以外にも、私の命を狙う魔物がいるのかしら。面白いわね。もっと楽しめそう」

 彼女は、昔の高揚感を思い出しわくわくしていた。そんな彼女の姿をダンは見ていなかった。勝ちを確信したダンは、指示を出した人物と通信を行うため、魔法石を耳に当てて連絡を取ろうとしていた。

「久しぶりにあの魔法を使ってみよっと!」

 自分を襲った魔物の位置を特定するためカーラは指をパチンと鳴らす。すると、あたりに散乱した残骸が時間が巻き戻されたかのように次々と爆発が起こる前の状態に戻っていく。

 彼女が行った魔法は、見た通り自分を中心として半径50メートルにあるもの(生命を除く)の時間を巻き戻す魔法だった。とりあえず、爆発する直前まで時を戻し、指を鳴らすと時間停止の魔法を今度は使う。

 時間停止をされた対象は、その場で静止する。それが宙に浮いていたとしても、落下せず宙にとどまり静止する。

「うーん、何が原因で爆発したんだろう。小屋の中には爆発の原因となるものはなさそうね。もしかすると外かも」

 カーラは、小屋の扉の時間停止を解くと、ゆっくりと開けて、小屋の外を確認する。

「あった!!これね、燃料タンクがある!!タンクを爆発させて私の命を奪おうとしたみたいね。でも、少し私を傷つけるには火力が足りなかった」
  
 彼女は腕を組みながら、小屋の横に並べられた燃料タンクを見つめ言った。

 燃料タンクのすぐ近くには、ダンが放った弾丸が宙に留まっている。

「この弾丸を使って燃料タンクを発火したみたい。弾丸の動きを巻き戻せば、弾丸を放った何者かに会えそうね。待ってて、今からすぐに会いに行くわ!!」

 カーラは、弾丸に触れると時間巻き戻しの魔法をかける。その直後、弾丸がきれいに一直線に発射される前の状態に戻っていく。

「こんなものかな、せーの、どん!!」

 彼女は、足を曲げ屈み込むと足裏に魔力を溜める。そして、溜め込んだ魔力を解き放つと同時にジャンプし、目にも止まらぬ速度で戻っていく弾丸の後を追った。

 その頃……。

 ダンは、カーラが自分のもとに迫ってきていることなど思いもよらず、魔法石を使い、会話していた。

「シンラ、小屋を爆破し彼女を始末したぜ」

 ダンは、木にもたれかかりながら、魔法石に向かって言った。

「そうか、それはよかった。ところで、彼女の生死はちゃんと確認したのかな」

 魔法石から落ち着いた口調の声が聞こえる。

「いや、実際に彼女を倒した姿を見たわけではないが、あの爆発を受けて無事でいられるはずがない」

「へぇ~、そうなんだ。いけないな。ちゃんと彼女の生死を確認しないと。彼女を君は甘く見すぎていると思うよ」

「彼女が生きているとでも……」
 
 ダンが戸惑いの声を上げた直後だった。彼の近くに、ドオーンとまるで隕石が降り注いだかのような凄まじい轟音が響き渡った。

「な、なんだ……何かが空から降ってきた!?」

 彼はさっと顔を上げる。

「きっと、彼女だ」

 鳴り響く轟音を聞き状況を理解したシンラの声が魔法石から聞こえた。

「そんな馬鹿な!?あの爆発に巻き込まれて生きていられる人間がいるわけがない!!」

 ダンはシンラの言うことをにわかには信じられず動揺する。彼は恐る恐る音がした方に視線を向けた。

 地面に穴が空いている。だが、穴が空いているだけだ。

 ダンは、地面に空いた穴に一瞬、思考が停止する。

「弾丸を打ってきたのはあなたね」

 彼の後ろから彼女の声がした。

 いつの間に……。後ろに。

 ダンは、とっさに後ろを振り向き、持っていた拳銃を彼女に向けると引き金を引く。その間は、1秒もかからなかった。

 カキン。

 銃声が響いた直後、弾丸が弾き飛ぶ音がする。

「はっ!?」

 ダンは、思わず素っ頓狂な声を出す。とっさに放った弾丸は、確かに彼女の身体に直撃した。だが、弾丸は軽々と彼女の身体に弾き飛ばされていた。

 あり得ない。山肌をも簡単に貫く弾丸だぞ。まあ、いい。ターゲットがまだ生きている。それが問題だ。

 ダンは、気持ちを切り替えると、地面に手をやり魔法を使う。

 地面から、いくつもの拳銃を生み出した。彼女に人差し指と中指を向けてダンは一言言った。

「発射」

 彼の一言で、地面から生み出されたいくつもの拳銃が一斉に弾丸が放たれる。

 ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
 
 勢いよく無慈悲に銃が乱射される。あらゆる角度からの弾丸を一点集中させる攻撃は、彼の出せる最も火力のある攻撃だった。

 彼女でも流石に、まともにこの攻撃を受ければただでは済まないだろうが、乱射された弾丸は一つも彼女の身体にはたどり着けなかった。

「嘘だろ……」

 ダンは、目を見開き目の前の光景に目を疑った。カーラは、乱射された弾丸を全て魔法で宙に停止させていた。

「とっさに切り替えての攻撃、やるわね!でも、私には届かない」

 そう言うとカーラは指をパチリと鳴らすと、宙で停止していた弾丸が、瞬く間に巻き戻り元の拳銃の中に戻り周囲の銃を破壊する。

 あっという間に、カーラに自分が出せる最大火力の技をいともたやすく防がれた光景にダンは敗北を認めざるを得なかった。

「く、俺の完敗だ。好きにするがいいぜ」
 
 ダンは潔く持っていた拳銃を地面に投げ捨て、もう戦意がないことを示す。

「ええ、もう終わりなの。もう少し楽しみたかった。まあいいわ。あなたは何者?なぜ私を狙うの?」

 カーラは、残念そうな表情を浮かべた後、ダンに気になっていた疑問を投げかける。

「それは俺の口からではなく、この計画を企てたご本人様に聞いてみるといい」

 ダンは、そう言って魔法石をカーラに投げる。彼女はそれを片手で受け取り、耳につける。

「やあ、久しぶりだね。カーラ」

 魔法石から、シンラの声が聞こえた。

「あなた、誰?」

 カーラは、シンラの声を覚えておらず、思わず当惑した声を出す。

「……」

 シンラは、彼女の思わぬ反応に少しの間沈黙した後、気持ちを整理し再び冷静な声で語り始める。

「まあ、いいよ。君にとっては僕のことは覚えるに値しない存在だということがよくわかった。君は覚えてなくても、僕はずっと君のことを覚えている。魔王様を倒した君のことをね」

 カーラは、魔王という言葉に少しばかり眉がピクリと動く。

「あなたは魔王と関わりを持つ人物なのね。言われてみれば、あなたの声、どこか聞き覚えがあると思ったら、魔王の右腕を名乗っていた魔物の声ね」

 かつて、魔王討伐の旅に出ていた時の記憶を呼び起こし、その中から、彼女は声の持ち主の記憶を見事に探し当てた。
 
「そうだよ。君は僕の命を奪わなかった。その時から、僕はね、君に復讐することだけを考えて生きてきたんだ。魔王城に来ると良い。かつての仲間を引き連れて。再び決着をつけるんだ。魔物と人間の戦いのね」

 シンラは、そう言い残すと、ギギギというノイズとともに通信が切れた。
 
「魔王城に来いですって……面白そう!!また、みんなと冒険の旅に出るのね!!みんなに会いにいかなくちゃ」

 魔物と人間のこれからを決める戦いが繰り広げられようとしているにもかかわらず、カーラは両手をぎゅっと握りしめ闘志を激しく燃やしていた。迫りくる困難が大きければ大きいほど彼女の心は踊るのだった。

「あれ……」

 彼女はある事に気づいた。魔法石でシンラと話している間に、ダンが姿を消していたのだ。

「うーん、今の魔王城はどこにあるのか聞き出したかったんだけどな。多分、前の魔王城は私が破壊しちゃったから、そこにはない気がするんだよね。まあ、いいか!」

 カーラは、現在の魔王城の場所が分からなかったが、持ち前のポジティブ思考で気持ちを切り替える。まずはかつて、一緒に旅した仲間に会いに行くことにした。


 
 

 
 

 

 

  

 

 

 
 
 

 

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