「元勇者、命を狙われる」第3話

 古代種。

 その種は、遥か昔に急激な気候変動を理由に絶滅したはずだった。ただ、近頃、古代種の特徴を持つ魔物を目撃したという情報が各地で出回るようになっていた。

 古代種は、今いる魔物とは明らかに違った点があった。ゲナと呼ばれる紫色の魔力を扱うことだ。現在の人々や魔物たちが使う魔力マナとは違い、ゲナは少量でより強力な魔法を使用することができる。

 そんなゲナを扱う古代種がいたとなると、人類の存亡に関わる一大事だ。カーラたちが討伐した魔王どころの話ではない。

 一人で山奥で過ごしていたカーラは当然、古代種が現れたという噂を知る機会がなかった。ソロの話を聞き、初めてその事実を知ることになったのだ。

「そんな感じだと、古代種については、初めて知ったという感じだね。幸い、この辺にいる古代種は、神秘の森に入り込んだものしか襲わないようです。森に入らない限りは、これ以上、被害は拡大しないと考えています」

「ソロ、あなたはそれでいいの。古代種を倒さないと、あなたの奥さんは、二度と目を覚まさないかもしれないのよ!私は、戦う。神秘の森に、いるのね。その古代種は……」

 カーラは、古代種の話を聞いてもなお、臆することなく、今すぐにでも魔物を倒しに向かおうとする。

「待て、待ってくれ!カーラ!私は、君も妻と同じように呪いをかけられて永遠の眠りについてしまう姿を見たくないんだ!」

 ソロは彼女を必死に止めようとする。

「でも、それじゃあ、いつまでもソロの大切な人の目は覚めないじゃない!誰かがやらなければならない。それなら、私がやる!それに、古代種なんて聞いたらワクワクしてきたわ!」

 カーラは、彼の言葉に従う気はない。相変わらず、古代種と呼ばれる魔物との戦闘を望んでいた。その様子に、ソロは吐息を漏らし呆れる。
 
「はあー、相変わらずの戦闘バカですね。カーラ。あなたはいくら止めても無駄そうですね」

「えっ!じゃあ、行ってもいいのね!ぶっ倒してくるわ!」

 カーラは、内で湧き上がる喜びを爆発させて拳をぎゅっと握りしめる。

「待ってください。あなた一人では、危険すぎる。私も行きます。これは、私がなさなければならないことですので」

 カーラのやる気に触発されたのか、ソロも呪いをかけた魔物と戦う意思を見せる。

「ソロと私なら、古代種でもきっと勝てるわ!神秘の森へ!」

 ソロの妻に呪いをかけた魔物を倒すため、彼らは村から東へ数キロメートル離れたところにある神秘の森に向かった。

「怪しげな場所ね。瘴気が漂ってる」

 神秘の森に入ると、カーラは周囲を見渡し、森の異様な雰囲気に警戒心を高める。

「前はこんな森ではなかった。光と生命に満ちた森だったんだ。奴が来てから、この森も変わってしまった。ここに住む動物たちも……」

 ソロが、森について語っている最中、近くで何かが蠢く。その気配を感じ、カーラとソロは顔つきを変える。

「何かいるわね」

「そのようですね」

 すっと二人が向いた先には、無数の足が生えた半透明の生き物だった。見たこともない生き物に、カーラは目を丸くする。

「なに、この生き物!?」

「こいつは、ナカナカ。体を変形させてくるか気をつけてください!」

 ドーン。

「あっ、殺意を向けられたから、もうやっちゃった。変形するところ、見たかったな」
 
 ソロが忠告する前に、カーラはナカナカに一撃を加えていた。思わぬ攻撃を受けナカナカは、見せ場もなく光の粒子となって消えていった。

「カーラ……。先走りすぎです」

 ソロは、手を額に当てて、カーラの様子に呆れ返っていた。

「ですが……」

 彼は、森の奥を見つめ、拳をぎゅっと握る。この先に、大切な人に呪いをかけた悪の根源がいる。彼の胸の中で、静かな闘志を燃やす。

「あなたとなら、勝てるかもしれません。この先にいる悪魔に」

 彼女の実力を改めて確認し、ソロは少し希望を見出す。

「ええ、呪いをかけた魔物を倒しましょう!なんだかワクワクしてきたわ!」

「ああ、ありがとう。カーラ」

 ソロは、微笑みを浮かべカーラに向かって言った。

 ※※※

 この気配、何者かが、神秘の森に来たようだ。これ以上、大自然の怒りに触れるなら、私が裁きを下そう。

 神秘の森の奥に、二人の気配を感じ取った魔物フォレスが瞳を開ける。半透明な球体の中、胎児のようにへその緒で繋がれている。人間の胎児のような見た目だが、額のあたりに、角が2本生えている。

 球体の周囲には、無数のナカナカが蠢き、コツコツという奇妙な音を鳴り響かせながら獲物が来るのを待つ。

 そんな事も知らずに、カーラとソロは、神秘の森を歩いて奥の方へと進む。森の中は、白い霧が発生しかなり視界が悪い。

 突然、敵に不意を突かれる可能性があり、常に周囲をする警戒をする必要があった。そういった意味で、常人には精神的にもかなり負荷がかかる状況と言える。

「敵は出ないかな!早く魔物と戦いたい」

「やれやれ、あなたといると調子が狂いますね」

 カーラとソロの二人にとっては、この息が詰まりそうな環境下でもごく普通の精神状態でいられた。厳しい旅と経験を積み重ねることであらゆる環境にもすぐに適応する力を身に着けていた。普段から、周囲に警戒することに慣れている二人には、もはや霧に包まれた森など大したことはないのだ。

 2人が話していると、森の奥の方で、人影が見えた。霧に包まれ、顔はよく見えないが、手を動かし杜の奥へ招き入れようとしている。

 カーラとソロは、互いに顔を見合わせる。

「なんだか不気味ね」 

「ええ。まるで私達にこっちへ来いと言っているように見えます」

「行ってみる」

 カーラは、何故か楽しげにソロに言った。

「おそらく罠ですよ。古代種の魔物は、私たちの存在に気づいているでしょう」

 ソロは、顎のあたりに手を当てて答えた。

「ということは、古代種の魔物が、あの先にいるかも知れないってことじゃない!探す手間が省けたわ」

「あなたは楽観的ですね。でもより一層気を引き締めて行きましょう。これから戦う相手は、あの古代種なのですから」

「分かってるわ。ソロの大切な人を救うためにも、この戦いは、絶対に負けられない。必ず古代種の魔物を倒して、村に帰りましょう」

 カーラは、真剣な表情を浮かべソロに行った。その表情を見た彼は、彼女の強い覚悟を感じ安堵する。

「そうですね。絶対に勝ちましょう」

 二人は、霧に映る人影に誘われる方向へゆっくりと歩き進んでいく。しばらく歩くと、開けた場所に出た。真ん中には、この場所にいざなった人影のようなものが立っていた。

「どうやら、あの人影はここに誘い込みたかったようですね」

 ソロは、真ん中に立つ人影を見つめながら、状況を判断する。

「ええ、何か仕掛けてくるわ」

 カーラは、人影から放たれたわずかな殺気を感じ、目つきを変える。

 彼女の読み通り、人影に異変が起きる。グニャグニャと人影が動いたか思うと、液状になり地面に溶け込んだ。

「ソロ、後ろよ。攻撃が来る」

「はい、分かっています」

 二人が視線を後ろに向けると同時に、地面から先程の人影が現れる。霧でよく見えなかったが、間近に現れたことでその姿が鮮明になる。

 黒い鎧のようなものを身に纏い、片手には鋭利な剣を持っている。重厚感があふれる姿は、武装した騎士そのものだ。生半可な攻撃では、ダメージを与えることは不可能だろう。

「人間ではないみたいね。魔物特有の瘴気を感じる。こんな魔物、初めて見るかも」

 カーラは軽い身のこなしで、謎の魔物による剣撃を紙一重のところで回避する。剣先は、激しい轟音を響かせながら、地面を激しく穿つ。

「魔物の瘴気からするに、私たちが知る魔物のようですよ。この魔物の正体はナカナカです」

 ソロは、目の前の魔物から漂う瘴気を肌に感じ、魔物の正体を瞬時に突き止めた。

「ナカナカ!?そうなの」

 カーラは、驚きの声を思わず漏らす。

「ええ、ナカナカが変形した姿でしょう」

 間髪入れず、騎士の姿に変形したナカナカは今度はソロに向かって剣を振るうが、彼も上手く回避する。

「先程見た半透明な魔物が、こんな姿になるなんて思いもしなかったわ。それに……一体だけではないみたいね」

 二人は、霧が漂う周囲を見ると、何体もの人影が2人の方を向いてゆらゆらと揺れている。 

「見た感じだと10体はいるようです。周りを囲まれては逃げ場所はないのですね。あまり、古代種と戦う前に、体力を消耗したくはないですが、仕方ありません」

 ソロは、ゆっくりと懐から杖を取り出す。横にさっとその杖を振った。

 騎士の姿をしたナカナカが、ふわっと浮かび上がる。突然、身体が浮かんだナカナカは、何事かとあたふたしている。

「私は攻撃魔法は苦手ですが、相手の動きを止めることはできます。カーラあとは頼みます!」

 ソロは、杖を構えながらカーラに向かって叫んだ。

「動きを止めてくれてありがとう!倒しやすくなったわ」

 カーラは、地面を思いっきり蹴り、まずは近くにいる一体のナカナカの懐に入ると右手をぎゅっと握り込みみぞおちのあたりに強烈な一撃を与える。

 ピキッ。

 ナカナカが身につける重厚な鎧にヒビが入ったかと思うと、一瞬で砕け散り柔らかな身体があらわになる。彼女の拳は、そのまま直進しあらわになった身体を攻撃した。

 その瞬間、甚大なダメージを受けたナカナカは、彼女の強烈な一撃を受けて、たちまち光の粒子となって宙に消えていった。
 

 

 
 

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