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樹堂骨董店へようこそ⑮

その後しばらくの間イツキ邸は落ち着いていた。先日のごたついた休日を境に家の中の状況が一変していた。
二階のイツキの部屋は相変わらず鍵がかかっていたが、リリアの籠っていた部屋は重く冷たい空気はなくなり、完全に雰囲気が変化していた。なにより、リリアがあまり姿をみせなくなったのだ。これは予想外だった。

あの後、休日の日に那胡は桜杜へと出かけた。お花見の中心エリアを抜けて森の奥へ行き、立ち入り禁止の柵を乗り越えて、いくつも地面に風穴のあるエリアへ入っていく。少し行くと急にあたりが開けて目の前に巨木が現れた。幹の周囲が三メートルくらいありそうな古い桜の巨木だった。
「この前はありがとう」
那胡が見上げるとふわっと風が吹いたような気がした。

イツキには内緒にしていたが、那胡は子供のころからここへ何度も来ている。自分と母が行方不明になった場所。那胡は行方不明だった一週間分の記憶が抜け落ちている。それを見つけたいということと、もしかしたら母の手がかりがあるかもしれないと思って内緒でよく来ていた。
「いいかい、七年祭りの年は特に立ち居禁止区域には行ってはいけないよ」この周辺の住民たちはみんな口をそろえる。なぜなら、普段からこの森では行方不明者がよくでるうえに、祭りの年は激増するからだ。おかげで、七年祭りの翌年は行方不明者の捜索を行っている。

那胡は目を閉じる。
風の音、枯葉の舞うカサカサという音が聞こえ、冷たい風が足にまとわりつく。十二月初旬の風は乾いていて冷たい。
周囲にヒトの気配はまったくしない。なのに時々、母の気配がするような気がする。これは子供のころから変わらない。
どうしてもそのナゾが解けなくて那胡は通い続けていた。
「なんでかなぁ…」
那胡は近くの岩に腰をおろすとポケットから古びた懐中時計をとりだす。これは那胡が行方不明になってここで発見された時に落ちていたものだった。大人たちに見つからないように那胡はそっと拾ってずっと持っていた。なんとなく、この時計が那胡を守ってくれたような気がしたからだった。

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