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第二 『真実』は,いつ,どうして,『事実🟰非真実』にすり替えられたのか?(パレスチナ問題)1 論点整理
(パレスチナ解放戦線について)⑷ パレスチナ人の定義 ④ 現代イスラム教におけるパレスチナの位置付け

◎本項は,論点整理上,パレスチナ解放戦線についてのまとめを兼ねたもの。

その上で,世に(偽書)と名高い『シオン賢者の議定書』が出てくると,
 ブログ全体が(オカルト)認定されてしまいそうなのだが,,,

『シオン賢者の議定書』とは,
 ユダヤ人の陰謀として偽書←こういう意味ですからね。

交換文書が存在することは真実だし,それを交換してる人の名前まで明らかになっている。

ただし,筆者が四王天中将に一言申したいのは,
 中将は,⛰️騙されて利用されるユダヤ人 🌊騙して使役するユダヤ人,
この2種類のユダヤ人を紹介するわけだけれども,,,
『ジュゼッペ:マッツィーニとアルバート:パイクはユダヤ人じゃないよ!』
 ということ。

前項では,
 『このシオンの議定書に基づいて,反ユダヤ主義を全欧に広めた結社の陰謀によって,アミン:フサイニーはパレスチナゲリラをアラブの地に組み込むことに成功した』。というところまで説明した。

しかし,
 『侵蝕すべき真のターゲットとは?』
 これが本項の主題🟰引いては,パレスチナ解放戦線とは,イスラム教の変質に如何なる影響を及ぼしておるのかについて,である。

すなわち,
 アラブの地という地政的な目的ではなく,イルミナティが本当に崩壊させたかったターゲットとは、(イスラム教)という,プロテスタントにとって実はカトリックや正教よりも強大な宗教だったのではなかろうか?

 これが此処で考証してみたい本題なのだ。

と,言うのは,
 WW1によって命脈を絶たれる2つのイスラム教奉戴国家とは,その寛容性においてプロテスタントを圧倒していたからである。

 第一 言わずと知れたオスマン帝国
 第二 ずっと小規模だが,ブログにおける主人公の片割れヒジャーズ王国

 イルミナティの秘密結社が,この2つを完全に叩き潰そうと暗躍し,代わって,現在イスラム教を構成する各国を見た時,

(改革しようともキリスト教が勝てなかったイスラム教),プロテスタント視点
(ユダヤ教からの変質を指摘したイスラム教),カトリックからの視点
(ユダヤ教からの変質を指摘したイスラム教)ロシア正教を含む正教会からの視点
(ハザール時代に勃興した偽ユダヤ教が及ばぬイスラム教),多くの場合・現代ユダヤ教からの視点

この4視点において,イスラム教は絶対的に解釈として正しかった/4教義はその正当性においてイスラム教に劣る存在であった。


 ↑以前 今↓


現存するイスラム国家群は,寛容性を失い,国家主義に基づいて戦争することのみを正当とする,中世のキリスト教宗教戦争に喘いでいた時代のヨーロッパを見るような想いに駆られるからだ。

 これはもう((絶対))と言い切って良い。

なぜならば,イスラム教は,
 (オアシスという「普遍とは程遠い水場を探す」との,未知の生計の場を求めるという遊牧民としての立場から書かれている)
 という真実である。

そしてそれは,
 (流浪の民であったモーセに従う者たち🟰定住地を持たない🟰原則,イスラム教が定義する生活様式を有する民であったユダヤ人に,その神として定義されたヤハウエが,これを定めた(十戒)という絶対的な真理)に,

(行った先々の地権者🟰多神教崇拝者から,その地権者の正当性を理論化するため,一神教の本題を捨てて変質していったキリスト教・一部において現代ユダヤ教)というものが,原理より乖離しているという実態があるからだ。

 今 我々は(イスラム原理主義)という言葉で,イスラム原理とはテロを正当化する反社会的勢力であるとの認識を与えられ,これを否定すれば,危険な思想を有する犯罪者予備群のように扱われるわけだが,,,そうだろうか?

 ヤハウエ🟰アラーとは,①多神教の否定・②偶像崇拝の禁止・③財産の転貸による他人の支配の禁止 ←こういう神であるが,翻って,(キリスト教/矛盾を包摂するため異教徒として表裏化したユダヤ教)が,その存立基盤を形成する上で,当事国の教義と地位に座った東西ヨーロッパの各民族国家とは,(遊牧民ではない)わけである。

 つまり,ヤハウエ🟰アラーは,①多神教の否定・②偶像崇拝の禁止・③財産の転貸による他人の支配の禁止 これに基づいて教義を展開しているわけだが,「キリスト教/矛盾を包摂するため異教徒として表裏化したユダヤ教」を肯定するカトリック国家・正教国家・プロテスタント国家各国とは,❶多神教🟰組合資本や一家資本に基づき,❷偶像を崇拝し,❸財産を転貸し他人を支配している者によって国家が経営されている。

 筆者は,パレスチナ問題の本質とは,この「キリスト教および偽ユダヤ教というユダヤ教からの逸脱勢力」にとって,「ユダヤ教を比較的ストレートに受け入れているイスラム教」に対して,その廃止・変質を要求したものであると考えるからである。

 実は,これは他人事とは言えない。

 イスラム教よりも,さらにユダヤ教をストレートに受け入れた宗教と呼ぶよりも哲学に類する概念が存在するのが,実は日本であって,明治以降の国家神道ではなく,日本の貧民層に受け入れられてきた従来の神道について,フランシスコ:ザビエルがローマ本庁に送った指示要求の書簡が,日本の神道🟰ユダヤ教の本質🟰ユダヤ教のアラビア口語訳であるイスラム教への脅威を正確に物語っている。

◎ 私(フランシスコ:ザビエル)は,これ以上,日本に生きる人々を導く方法を知りません。

◎ 私は今日まで,出会った全ての人々に,(イエスを信じることで貴方が助かる)と教え,それを受け入れない人々を知りませんでした。

◎ 今日,私の目の前に居る日本人たちは,私の言葉を聞いて,このように問いかけてきます,(自分はそれで良いとして,もう亡くなっている自分の父母はどうして助かるのか?)と,
そして私が,(助けられるのは生きている者だけなので,亡くなっている貴方の父母は助けられない)と答えると,
(ならば,自分だけ助かっても寂しいので,助からなくてよい)という。

◎ 日本に生きる人々の大半は,我々西洋人と違い文章が読めないので,法規上の善悪に対し,(目を閉じて母を思う)ことで善悪を判断するのだと。
(自分が それ を為せば,母は喜ぶか?悲しむか? )
(母が喜ぶと思えば,自分も嬉しい,よってそれは正しいことで)
(母が悲しむと思えば,自分も辛い,よってそれは悪事である)
(目を閉じ,イエス様を思っても,その行為の悲喜は感じられない と)
 ※ これは,ユダヤ教におけるユダヤ人の定義・満3歳まで礼拝を欠かさない母と生活を共にした者をユダヤ人と定めるという教義と同じ※

◎ 目に見える事柄ではなく,心に思うことで真贋を判断すると。
 ※ この部分は,般若心境の(色即是空空即是色)の教えるところ※

◎ 私(フランシスコ:ザビエル)の正義は,彼ら一人一人の倫理観に劣っていると,そう私自身が思ってしまうことに恐怖を覚えています。
 どうかお導きを,私を救ってください。
※ つまり(ザビエルは,ザビエル自身も,目を閉じ母を思う方が,目を閉じイエスを想うよりも,自分の成そうとすることへの悲喜を強烈に覚え得た🟰(在りて存るもの)の意味について,そうか‼️神とは一人一人の良心であるのだ‼️そうザビエル自身が感じてしまった)ということ※

 ↑このザビエルの立場は,

 オスマン帝国を宗教的に調略することが不可能であるとの判断により,
 中東を大きく迂回(イスラム圏を宗教論理で征服不可能)することでしか,
 世界戦略を構築できなかった国家群・ある意味・ユダヤ教をアンチの地位に置くことで成立しないものを強制的に成立させてきたキリスト教文化(カトリック・正教・プロテスタントを問わず)として,

イスラム教も,別の視点から日本の神道概念も,

 キリスト教的な正義基準・倫理基準に入れ替えないと,その時の権威が脅かされるという背景に基づいて,

 イスラム教をキリスト教的な価値基準に変貌させる目的で,

 イスラム圏に送り込まれた宗教媒体・戦闘組織媒体,それがパレスチナゲリラである。
 ある意味,(日本の従来の神道)に対して(国家神道として送り込まれた靖国精神)と同等のもの。

 ↑このように感じているわけですね。

イメージは,『フルベッキの写真』として有名な明治維新の群像写真で,

 この中央に,息子を膝に映し出されている人物が『ジェイソン:フルベッキ』というアメリカ国籍のプロテスタント牧師にして,今はイギリスと偽られる当時オランダ企業であるマセソン商会(英蘭戦争敗戦後ジャーディンマセソン商会)のエージェント。

 撮影地とは長州・桜山招魂社の柿落とし落成記念会場で,この招魂社の2番館こそ,現在の靖国神社であるわけ。

 要するに,靖国を援用することで可能になった,プロテスタント系秘密結社の日本神道侵蝕には,

 プロテスタント牧師フルベッキの関与が確定しており,

 その靖国精神とは,
『ソロモン神殿が聖地奪回のための貧しき戦友たち』
 これを,
ソモロン神殿→靖国/聖地→日本,
 こう入れ替えただけの,テンプル騎士団🟰カトリックより禁制指定後はプロテスタントが,日本に持ち込んだ愛国精神であるわけ。

 嘘だと思うなら,
 ザビエルが恐れたという日本人の正義基準。

(母が喜ぶか?悲しむか?)を,
(日本国家のため)より上位に置く日本人が,
今いるか?いないか??? これを思ってみると良い。

 今いますか?貴方の周りに。

 でも,本当にザビエル神父は,日本をキリスト教化することはできない,
 それどころか,私(ザビエル)の方が,神道の方が正しいのではと,心を乱していると,
 その心情を吐露していたのに,

 そういう原始日本神道の信奉者🟰一人一人の良心が神であるとの真理を理解する日本人は,今,日本から居なくなってしまった。

 そう感じませんでしょうか?

そして進出するだけでは意味がない。
 獲ったら,それを維持・統治できねば,

しかし,宣教師が倫理観において統治不可能と評価する,
 そういう地域に,宗教観において説得力として自分たちの方が劣るものを,
 正当なる当事国🟰日本人の正義概念として,新たに構築ねばならぬ。

 それを実現させるには???

【国家主義を正義と認知させ,宗教観の本質を変造させる】

↑これしか無かった。

 パレスチナゲリラがイスラム圏で行っていることとは,明治維新における日本での神道意識の変質・だからテンプル騎士団の正義を【国家神道】と名付けた,このことと同じだと考証するわけ。


 さて,それでは,
論点整理のもう一方の定義。

ユダヤ人の方はどうなのか?

 それは次回で。

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