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ほんまる神保町で、棚主へ⑧

2024年6月8日(土)。
またほんまる神保町へ行ってきた。

まずこの棚を見ていただきたい。

2024/06/08
一冊売ってみせた棚だ。面構えが違う。

前回訪れたとき、まだ幼い顔つきだった我が棚が、すっかり大人の顔になっている。
「まんま」「ぶーぶ」「ちっこでる」くらいしか語彙がなかった棚が、「書籍の販売こそが我が使命なり」と胸を張るようになった。
すごい……! 戦いの中で成長してる……!!

しかしここからどうするか、が問題だ。
私には美的感覚というものが欠けている。この棚になにか装飾などを加えてみたいという思いはあるが、具体的なアイデアというものは浮かばない。

そもそもがおしゃれな店内であるため、素人が下手に手を出すと野暮ったくなるだけに終わる可能性がある。佐藤可士和氏が関わっている時点でもはや完成であり、正解ではないのか。
それでも自分の中に「これ」という理想像があるのならやってみるのだが、それがない。

ふと、思い出したことがある。
転職の多い私の人生で、一番長く勤めたのはある冷凍倉庫だった。
冷凍倉庫は当然ながら寒いため、季節に関係なく防寒着を着込む。ネックウォーマーに、ニット帽、防寒靴。そこにおしゃれの入り込む余地はなかったのだが、ある若手社員だけは違った。
その若手社員のヤマダ(仮名)くんは、お世辞にもルックスに恵まれているとは言い難かった。きつめの天然パーマに、下膨れの頬。腫れぼったく細い目に、不自然なほどの福耳。
そんな彼が、ある日シンプルな石のピアスを両耳につけてきた。

繰り返すが、彼はきつめの天然パーマに、下膨れの頬、腫れぼったく細い目に、不自然なほどの福耳の男だ。
そこにシンプルなピアスがつけられればどうなるか。

大仏の完成である。

もちろんファッションなど個人の好きにすればいい。そんなことにけちをつけたくはないし、ピアスは服務規程でも禁止されていない。
だが、厳然たる事実として、似合う、似合わないというものは存在する。
彼はどうか。
「似合う」のである。むしろこれまでの状態が画竜点睛を欠いたものであり、ピアスをしたいまの姿こそが完成形なのだ、と思わされる凄みがあった。彼はピアスをつけることによって建立に至った。

不思議なものだ。大仏のイメージとして、「ピアスをつけている」というのはあまりない。なのに、ピアスをつけたヤマダくんは完全体の大仏となった。

しかしどうか。
彼、ヤマダくんは「大仏みたいになりたい」と願ってピアスをしただろうか。
あり得ない話ではないが、その可能性は低いだろう。
韓流スターを意識したものであろうと私は認識した。

そんなところへ、シロさんの登場である。シロさんは定年間近の男性で、とても穏やかで人当たりのいい好人物ではある。
だが、余計なことを口にする悪癖があった。私もたいがい余計なことを口にするところがあるが、まだ理性によるブレーキというものがある。しかしシロさんにはブレーキがない。

ただひとつ救いなのは、シロさんは他人の変化にまったく気がつかない人でもある。
いつだったか、同僚の一人が足を骨折してしばらくギプスをしてひょこひょこ歩いていたことがあったのだが、一週間以上してから「え! 足、どうしたの!?」と驚いていたくらい、人の変化に気がつかない人だ。
小さなピアスなど気がつくはずもない、と思った瞬間にシロさんは言った。

「ヤマダくん、今日はなんだか大仏みたいだね!」

どうして。

「大仏……?」
聞き返すヤマダくんに、シロさんは元気いっぱいに答える。
「耳につけてるやつのせいかな! 大仏そっくり!」
シロさんはそれだけ言うと、そのまま去ってしまった。

ヤマダくんの瞳が動揺を示し、私のほうへ向く。

「俺、小学生の頃からあだ名が『大仏』で……」

正直言って、それはもう、そうだろう。
どこかの学校で「あだ名禁止」とされたとニュースで見たことがあったが、それもわからなくもない。このあだ名はセーフで、このあだ名はアウト。そんなジャッジを的確にすることなどできない。

「変、ですかね……」

ヤマダくんの顔はすっかり曇っている。せっかく新しくピアスをつけてきたのに、いきなり大仏呼ばわり。あまりにも気の毒だ。
彼の悲しそうな顔を見て、私の脳内に「大仏ブルー」という謎ワードがよぎる。そしてL'Arc〜en〜Cielの「DIVE TO BLUE」が脳内再生される。やめろ、羽ばたくな。膝下の境界線とんでしまうな。

現代では人の見た目に言及すること自体、タブーとするような風潮がある。
しかし、だ。
見た目の美醜というものは確実に存在するし、口に出さずとも「大仏みたいだ」と心の中で思うのは止められない。
百人いれば百人が「大仏みたいだ」と思っているのに、誰もそれを口に出さない。それで損をするのは誰か。
ヤマダくん自身である。

シロさん──あれはあれで大いに問題があるが──のような存在は貴重だ。
以前、シロさんは出入り業者の男性に「きみ、絶対ワキガだよ。手術したほうがいいよ」と遠慮なく言ってのけたことがある。
実際、言われた男性はそれでワキガ手術を受けたらしく、臭いは格段に減った。
名前すら知らない出入り業者の男性に対して、普通はそんなことは言えない。しかしシロさんは気負うことなく、アドバイスしてやろうという感じでもなく、思ったままを口にする。

私も年長者として、そうあるべきではないか。「よく似合ってる」と言ってやるのは簡単だ。だが、それはその場しのぎに過ぎない。
シロさんのように、「大仏みたい」という率直な意見のほうが大事なのではないか。

いや、違う。もう一歩踏み込んだ意見が必要だ。
ヤマダくんはいま、「小学生の頃からあだ名が大仏」だと言った。本人はそれが嫌だからこそ、逆方向への一歩としてピアスをつけたのだろう。それがまさか、大仏方向への一歩だとは夢にも思わず。
多少手を加えたところで、鎌倉の大仏か奈良の大仏かの違いくらいしか出せない。
かと言って、大規模な整形手術などはハードルが高いし、まさかそれを勧めるわけにもいかない。
髪型をがらりと変える、というのもアリではある。
しかしたとえばツーブロックにしてみても、ツーブロックの大仏が建立されるだけに終わる気がする。

「髭とか生やしたらどうかな」

我ながら完璧なアドバイス。男である以上、剃らなければ髭は伸びてくるはずだ。
髭を伸ばし、髪型を変え、眼鏡でもかければ、もう大仏の痕跡はだいぶ薄れる。
たぶんハマ・オカモトみたいな感じになるのではないだろうか。
彼がハマ・オカモトみたいになりたいかはさておき。
ハマ・オカモトとは浜田雅功氏の子息であり、オカモトズというバンドのベーシストであり、星野源の後ろでベースを弾いている──と書いていて我に返った。
なぜ私はハマ・オカモトの説明を書いているのだろう。
棚主の話をしていたはずなのに、と振り返ってみると、冒頭すぐに脱線してずっと大仏の話をしている。いまさら元の話に戻るのは不可能だと潔く諦めた。
この潔さが私の美点だ。

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