吉川精一

吉川精一

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    『柳生一族の陰謀』!

    さくやBS日本で映画『柳生一族の陰謀』をみた。 1978年昭和53年の東映作品だ。 当時映画館で見たが懐かしく思いテレビで見た。 記憶にないシーンが多かった。 出演。 中村錦之助・三船敏郎・千葉真一・松方弘樹・西郷輝彦・芦田伸介・原田芳雄・成田三樹夫・室田日出男・夏八木勲・ 山田五十鈴・大原麗子・ 監督深作欣二・ 以上皆『鬼籍』に入られた方ばかり。 松方さんと西郷さんは私より年下。 あとは全て年長か同年。 映画は『傑作』であり皆『名演』であった。 見ながら思った。 今の時代は

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      • 『沼津が日本一』!

        全国『海水浴場』は数々あれど『綺麗な海水浴場日本一』は沼津だという。 しかもベスト10の中に『4箇所』も入っているとのことだ。 どうやら富士山から流れ出る『狩野川』の綺麗な水のせいらしい。 沼津には孫が住んでいるのでともあれ喜ばしいことだ。 もっとも誰もが『海水浴』を楽しむ時代ではなくなっているがちょっと浸かるだけでも『綺麗な海水』は嬉しいではないか。 あとどのくらい孫が沼津にいるかわからないが一度くらいは綺麗な海水浴場に行ってみたいものだ。 この40年ほど『海水浴』は無縁に

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        • 『五能線』沿いの町!

          鯵ヶ沢も深浦も『五能線』沿いの港町。 青森に勤務していた折もその後の仙台時代にも何度も取材で訪れた海沿いの街。 『鯵ヶ沢』は津軽民謡『鰺ヶ沢甚句』で著名なところ。 『深浦』は『観光スポット千畳敷』で知られる街。ともに『北前船』の昔から栄えた漁師町だ。 その『鯵ヶ沢・深浦』がこの度の『豪雨の被害』にさらされている。 まさか!だ。 冬場には『荒波』や『吹雪』に悩まされるところだがこれまで『水害被害』は聞いたことがなかっら。 思い出す方が『遠い昔』を懐かしむが今『被害』の只中にある

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          • 『盆祭り』!

            『盆祭り』という言葉はある。『盂蘭盆』と同じ意味だ。 辞書で『盆祭り』の存在を知って私が『盆』の『迎え火と送り火』を題材に作詞をし娘が作曲してくれたのは数年前のことだ。 毎日家では歌っているが人前で歌うことは滅多にない。 先日少ない機会があってカラオケで歌ったところ『バックの映像』が一面の『ひまわり畑』でさながら『ウクライナの風景』彷彿させてくれた。 そして名作映画『ひまわり』を思い出した。 『ダム』と『ジョイサウンド』にはリリースと同時に配信されたのだが、バック映像の『ひま

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            • 命短し『蝉しぐれ』!

              昔『命みじかし恋せよ乙女』という歌があった。 今を盛りと鳴く蝉の命は比べようもなく短い。 『地中』に数年、地上に出て『鳴き始めて』ほんの十日前後で命は尽きるらしい。 しかも『鳴く』のは『雄のみ』のようだ。 鳴き疲れたか迷ったか時々ベランダに『アブラゼミ』が落ちている。 手に取ってみるとまだ生きていて話すと彼方へと飛んでいく。 『もうひと鳴き』するつもりらしい。 今年これまでに『ニイニイゼミ』『アブラゼミ』『ミンミンゼミ』の鳴き声は聞いたが、『ヒグラシゼミ』も『つくつく法師』も

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              • 『被災地の談話』!〜『実感』〜

                水害被災地で復旧復興に全力を挙げる方の談話。 『仮設トイレが欲しい』!何よりも率直な『願い』だ。 江戸の昔岡っ引きの『親分』がこう言ってたそうな。 何かあったら『腹一杯の飯と厠の確保』 江戸の昔も今も変わらぬ災害時の『基本』だ。 三度三度のご飯がいただけ、睡眠ができ、お風呂に入れ、 厠の水回りの確保、これに勝る幸せはない。 災害はこんな『日常』を奪ってしまう。災害地の皆さんには 何事もできないが、『普段通り』の生活ができることこそ最上の『幸せ』と感謝せねばなるまい。 『自然の

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                • 『蝉の声なし原爆忌』!

                  涼しい朝。 いつもなら聞こえてくる蝉の声も今朝はなし。 『茅蜩』や『つくつく法師』が鳴き始める頃合いだが今年はまだだ。 『原爆忌』ゆえ控えているのかもしれない。 テレビを見ながら豪雨による被災地で奮闘する被災者始めボランティアの方々には心底頭の下がる思いだ。 当方など思えど到底駆けつける『気力・体力』もなし。 しかし被災された方は『高齢』とはもうせ我が家のこと『片付けぬ』わけには参らない。心中察して余りある。 気の毒とは思えども何できるわけでなし。 ひたすら一日も早い『復興復

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                  • 『ほぼ旧知』の『土地』ばかり!

                    東北、新潟、北陸の豪雨被災地ほとんど一度か2度は訪れた『土地』だ。 10年、20年あるいはそれ以上前に伺った『市や町や村』なのでお世話になった方々がご健在かどうかは不明だが、今も確実に記憶したいる『山や川や風景』だ。 その一つ新潟県村上市『鮭の産地』で演歌歌手の『村上幸子さん』の出身地。 村上さんには一度『松本市』での『のど自慢』にゲスト出演していただいたが程なくして他界された。これからの歌手だったのに。 松本からの帰路、『梓何号』かだったが、私は『八王子駅』で降りた。村上さ

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                    • ああ『最上川』!

                      芭蕉の俳句でも名高い最上川。急流だ。 それゆえ 『五月雨をあつめて早し最上川』。 しかしまさか『氾濫』するとは思っても見なかった。 線状降水帯による豪雨のせいだ。 民謡『最上川舟歌』の取材などで何度も訪れた最上川。 芭蕉が見たら『びっくり仰天』で『俳句』どころではあるまい。 天気のことはよくわからぬが『猛暑』と『豪雨』はどうやら『表裏』の関係らしい。 急に『命を守る行動』を要請されても高齢者は『右往左往』するばかりではあるまいか。 『コロナ』『猛暑』『豪雨』気の休まる暇もない

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                      • 『十五夜お月さん』の歌!

                        昨夕の月はまだ三日月だった。 十五夜の月まではまだ間がある。 気になっていた童謡がある。 野口雨情作詞 本居長世作曲 『十五夜お月さん』という楽曲。 1920年大正9年の作品だ。 3行詩で3番まであるが実に短い曲だ。 『婆やがお暇したり』 『妹が貰われて行ったり』 『もう一度母さんに会いたい』など寂しくも『鮮烈』な歌だ。 一説によれば『没落家族』の物語とも言われている。 本居長世は三重県松坂出身の江戸時代の国学者『本居宣長』から数えて6代目の当主。生まれは東京だ。 長世には三

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                        • 『真夏の夜のジャズ』!

                          今や『伝説』の『ジャズフェスティバル』 64年前のアメリカニューポート市での『ジャズフェスティバル』の『映画』を『DVD』で見た。 64年前といえば私が『映画』の仕事を目指していた頃。単純に計算すれば 17歳の頃ということになるが、多分映画の公開はもっと後21歳の頃だったと思う。 購読していた映画雑誌には絶賛の記事が載っていた頃だ。ただその頃は見る機会がなかった。 ようよう昨日手に入った映像で見ることができた。 『サッチモ』こと『ルイ・アームストロング』が『監修』したものだ

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                          • 孫『沼津へ帰る』!

                            三日間帰省していた沼津の孫が昨夜沼津へと帰って行った。 母親の娘と爺婆の三人で見送った。 孫は沼津4年目。 藤沢駅で見送るのもすっかり慣れた。 孫は元気に東海道線で帰って行った。 最寄りの片浜駅からは歩いたらしい。 昨夜は沼津も『夏祭り』。 タクシーが止めにくかったのだろう。 昨夜9時半ごろには『帰宅』のメールが来た。 帰省している三日間は『富士山』を見ても何も思わず何も願わずだが 孫が沼津に帰った後からは富士山を見るたびに、あるいは見えなくても富士山の方に向かって孫の『無事

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                            • 『焼き肉』と『ソーメン』!

                              今日はカミさんの誕生日。 昨日は娘一家が一日早いプレゼントで『焼き肉店』に誘ってくれた。 たまたま二人の孫も合流できて六人、賑やかな2時間であった。 焼き肉店はこのコロナの中ひと家族『2時間以内』の縛りがあって慌ただしいかなと思ったが十分だった。 そのお店はなかなかの人気店で予約制。娘が早くに行って『予約番号1番』を確保してくれていた。 久しぶりの六人での会食であった。 そして今日は昼過ぎに二人の孫がカミさんの『ソーメン』を所望してやってくる。かみさん手製のソーメンの『お汁』

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                              • 『再掲載』とか!〜日刊ゲンダイ〜

                                昨年六月に日刊ゲンダイの『陽気な病人たち』に取り上げられたしその後本にもなったのだが『好評につき』かどうかは知らないが近々『再掲載』されるという。先日その確認が担当者からあった。無論『断る』理由はない。 しかし『再掲載』がいつなのかは知らされなかった。 昨年六月の最初の掲載日に思わぬ方から『電話』があった。 『読みました!』と!私の地元の市会議員の方。『癌』で『闘病中』の方だった。元気な声であった。 まさかと思ったのだが『読者』というものは様々なところにいるのだなとも思ったし

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                                • 『そのうち』はなかなか『実現せず』!

                                  茅ヶ崎の知人から本人が通う『リハビリ施設』での『カラオケ大会』の司会を頼まれた。 昨年暮れのことだ。 七月中になんとか実現を思っていたがコロナのとんでもない感染拡大で実行できなかった。皆さん楽しみにしてくれるというがこのままでは八月も 難しい。 何でもかんでも『コロナ』のせいにすれば済んでしまうのだがなかなか『そのうち』にという口約束は実現できないものだ。 相手も高齢者こちらも高齢者互いに『無理』はしないしまたできない。したがって一日延ばしになってしまう。 仕方がない。 芸能

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                                  • 『やり手の蝉派遣』か?

                                    先日『ミンミンゼミ』の鳴き方に不満を述べた。 通常6回7回鳴き続けるところを今年のミンミンゼミは3回4回でやめてsまう。しかも鳴き声の『着地』つまり『鳴き尻』が定まらず誠にお粗末だと述べた。 この文章をミンミンゼミの誰かが目に留めたのであろうか。 昨日我が家の前の電信柱に止まっていたミンミンゼミがこれ見よがしに鳴き続けた。 数えてみるとその数実に11回。それを2度にわたり続け私が思わず『お見事』というと『サッと飛び立って』行ってしまった。 それはまさに『どうだ』と言わんばかり

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