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私の戦い&ボブの戦い&ロイスのトキメキ😁

同僚のヴィッキーは、仕事が始まると、ボススウィッチが入る。

「ユミ!スープはオーダーシートに書く必要ない!」
「わかってる。私のメモや」
はっきり言う人には、私もはっきり言う。
はっきり言ったからだろうか?ヴィッキーの仕返しが待っていた。
3人分のスープを入れて、持って行くと、すでに3人はスープを飲んでいた。
「(出したって言うてくれたらええやーん!)」
熱いスープが入った3つのボウルを、熱さに負けて落とさないよう、大急ぎでキッチンに戻る。そこに、うんざりした顔をしたヴィッキーがいる。こっちがうんざりだ。
「遅くて申し訳ないね」
私が嫌味を言うと、その日のクックのヤスミンが、
「最初は誰でも遅い」
バックアップしてくれた。
ヤスミンはイスラム系の女性だ。
「ユミと仕事するのは楽しい」
と言ってくれる。
捨てる神あれば拾う神ありだ。

とはいえ、ヴィッキーのことは嫌いではない。
彼女は3人の子供たちを育てるために、7DAYS働いている。夜の仕事を終えて、朝の6時半から仕事をしているので、疲れているのは当然だ。
そして、彼女は老人に優しい。
ヴィッキーを意地悪な人と思うか、思ったことをすぐに口にする人と思うかで、全然見方が違ってくる。
どちらかといえば、後者だと思っている。
ヴィッキーと友達になるつもりも、仲良くなるつもりもないけれど、気持ちよく仕事をしたい。
「私のすることが、あなたをイライラさせてるの?」
と聞いてみた。
「とんでもない!!!私は、あなたが効率的に仕事ができるように教えてるだけよ!」
心の底からビックリしている。
その後にスープ事件だったので、真実はわからないけれど、仕事がはじまると、彼女にはコントロールできないスウィッチが入るのだろう。

ヴィッキーと違い、若者はちょっとしんどい。
”食事だけ与えておけばいい”という感じで、ワイヤレスのイヤフォンで音楽を聞きながら、仕事をする。
私にも若いときがあったので、仕方がないなぁと思うけれど、自分も老人側に近いだけに、ちょっと悲しくなる。
若者は、長く休憩をとるために、とっとと仕事を終えたいらしい。
住民とはゆっくり話し、洗い物は効率的な方法を考えながらも丁寧にやりたい私は、彼女たちから見ると、遅くて腹が立つのだろう。
長いまつ毛をパチパチさせながら、顔にキラキラのドットをいっぱいつけたべッツィーが、ダイニングルームの掃除もせずに、洗い物をしている私のところにきて、私の横で洗い物を始める。
バーン、バーン、ガチャーーーン!!!
投げるように洗い、投げるように片付ける。
どう考えても機嫌が悪いことをアピールしているとしか思えない。しかも、その対象は私だ。
もう一度、ダイニングルームに戻り、掃除をせずに戻って来た。する気もないのだろう。
「まだ終わってないの?!?!」
するべき仕事を終えていない彼女に言われたくはない。
「私ひとりで片付けられるから、帰りたかったら帰れば?」
もっと怒って、どっかに行ってしまった。
これから彼女と仕事をするのは、難しくなるに違いない。

ベッツィーは、ブルックリンとおしゃべりするために来ているのかもしれないけれど、私はここに仕事に来ている。生活のために働いている。
ミゼラブル・ロイスは私のお給料を払っているので、どんなに意地悪でも普通に対応するけれど、ベッツィーの面倒までみるつもりはない。
ニコニコしながら、適当な英語を話すアジア人のおばちゃんは、弱そうに見えるかもしれないけれど、彼女にびびって変わるほど弱くはない。
とはいえ、なんで同僚と、チーム内で、しかも高校生と戦わなきゃならんのか?早く戦いを終える方法を考えたい。

さて、ミゼラブル・ロイスは相変わらずミゼラブルで怒っている。
「ここで大変なのはロイスだけよ」
受付の女性も、人事部のアーシャもうんざりしている様子だ。
私も、サーヴィスをするたびに文句を言われる。
「この音楽を変えなさい!私たちは、ここで食事を楽しむために来ているのよ!こんな音楽は耐えられない!」
音楽の変え方がわからないので、ヴォリュームだけ下げておく。
「あなたの飲み物の尋ね方が嫌いなの!」
アップルジュースが続いていたので、「アップルジュースにする?」と聞いたら怒られた。今度からは「なににする?」と聞くことにする。
「この肉を見なさい!どうして私たちに、こんな脂の多い肉を出すの!?クックに言いなさい!」
気持ちはわかるけれど、他の人全員が食べているので、彼女のためだけにメニューが変わることはないだろう。返事だけはきちんとする。

ロイスの怒りの根源は、別のところにあるはずだ。音楽を変えようが、私が飲み物の尋ね方を変えようが、まぁ、変わらないだろう。
ヴィッキーの話では、彼女の息子は、
「母が死んだら連絡ください」
と言って、ロイスをホームに放り込んだらしい。
娘は年末を含めて、年に2回だけ面会に来るという。
家族のことは、私にはわからないけれど、私が助けられる範囲のことではない。ロイスは怒っている人として受け入れるしかない。

ところが!

そのミゼラブルなロイスに、トキメキが訪れた。
「彼は誰?名前は?」
私に手招きをして、コソコソと聞いてきた。
「ダンっていって、1か月くらい前に入居した人だよー」
どうやら、若手のダンが気になるらしい。
ダンは、ボサボサの長髪姿の浅野忠信さん(俳優)に似ている。浅野さんはカッコいいけれど、ダンはホームレスちっくだ。
ロイスはその日から、食事を終えると、ダンのテーブルに近付き、おしゃべりをする。
トキメキが彼女をハッピーにしてくれればいいけれど、ダンが相手では、それほど長く続かないかもしれない。

というのも、ダンはおそらく脳のどこかが故障しているからだ。
お決まりのオレンジジュースを、グラスとコーヒーカップに注ぐと、ダンは必ず叫ぶ。
「俺は、OJ(オレンジジュース)が大好きだ!」
フルーツはぶどうが好きだけれど、いつも「ぶどう」という名前が思い出せない。
「俺は、あのパープルの美しい、丸いものが好きだ。あの美しいものはなんていうのかな?」
「ぶどう」
「おぉ!それだ!それをくれ!」
フルーツボウルから、他のフルーツを取り出し、ぶどうだけ持って行く。
ランチのデザートのアイスクリームは、毎回3種類の異なるフレーヴァーを所望する。
アイスクリームを食べ終わった頃に、別の質問が待っている。
「昨日、俺はとても美味しいものをここで食べた。アレはなんだ?丸くて、渦を巻いてる」
「スウィーツ?」
「そう。甘い。あんなに美味しいものは食べたことがない。あれをくれ!」
「わからん。クッキー?」
「いや、ちがう。口の中でとろけるんだ」
「アイスクリーム?」
「おぉ・・・それだ!それをくれ!」
「今、3つ食べたよ」
「おぉ・・・俺は、アイスクリームの上にかかっているものが欲しい」
「チョコレートソース?」
「そうだ!それだ!俺は金を持っていないけど、あれはいくらするんだ?」
「さぁ?ここのは会社で買ってるからわからんけど、今度スーパーに行ったときに、見とくわ」
「スーパー?そうだな・・・知らないことは調べる。素晴らしいことだ・・・でも、俺はあのボトルが今欲しいんだ!」
「聞いとくわ。ちょっと仕事に戻るわ。またあとでね」
チョコレートのボトル1本をあげたら、部屋で全部飲み尽くしそうだ。お金やルールのことより、体に悪そうなので、一旦退散する。
けれども、私が別のテーブルでサーヴィスをしている間に、ベッツィーがつかまったらしい。面倒くさかったのだろう、ただちにチョコレートのボトルを進呈していた。

普通の会話に聞こえるけれど、毎日、同じ会話をしているので、普通ではない。ダンは、特別ルームの「メモリーケア」に入るかどうか、ギリギリのラインらしい。したがって、ダンとはそのつもりでおしゃべりしなければならない。
高校生のハワは、わからずに、まともに相手をしたようだ。
「あの人、もうイヤ~!」
叫んでいた。
ロイスも、今はまだ気付いてない。
彼女のトキメキが続くといいけれど、ロイスは頭もクリアだし、歩行器なしでひょいひょい歩くし、ダンに冷める日はそれほど遠くないだろう。

女性のロイスはトキメイテいるけれど、男性のボブは新参者のダンのことが気に入らない。
ボブは、10分おきにタバコを吸いに行くので、ナースや看護人たちには嫌われているけれど、有害な人物ではない。コーヒーとグアヴァジュース、タバコと女性のおっぱいが好きなおじいちゃんだ。
他の住民と会話をすることもなければ、喧嘩をすることもない。淡々とひとりで生活している。
ところが、ダンがいると、歩行器を押して、必ず喧嘩を売りに行く。
「お前、何見てるねん!!!」
喧嘩を売りに行ったところで、ボブもダンも歩行器だし、言葉もスムーズに出てこないので、そう簡単に喧嘩はできない。
喧嘩はできないけれど、ダンを見ると、ボブはパブロフの犬状態で、喧嘩を売りに行く。
「俺をひとりにしてくれ~!」
ダンが叫んだ。

先日、ボブの指定席にダンが座った。復讐か?
ボブが、ダンの正面に座った。
それを見たナースが飛んできて、二人のテーブルに座った。
ボブは肉体的に戦えないけれど、頭はクリアだ。
そのうち、ダンと戦っても仕方がないと気が付くのかもしれないけれど、今のところ、ボブの戦いは終わっていない。

私の戦い&ボブの戦い、ロイスのトキメキ💛To Be Continueでーす!





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