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【シリーズ第65回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 シアトルへ引越すことを決意した。
 大好きな音楽、エンターテイメントのあるシカゴを捨てて。
 しかも、夫でも恋人でもない、同居人と共に。

 何が私の心を動かしたのか?

 「犬でも3年暮らせば情がわく」

 という同居人の発言は、ちょっと気に入った。

 「私は犬かーっ!!!」

 とつっこみたかったけれど、相手は至って真面目だ。
 もう少しマシな表現があると思うけれど、そんなことすら考えない彼は、嘘つきではないだろう。

 シアトルの素晴らしさを聞き続けた効果もないとは言えない。

 彼と、彼の息子の願いを叶えてあげたい気持ちも少しはあった。

 とはいえ、それだけで大好きなシカゴは捨てられない。

 さすがの私も、

 「このままの生活を続けてたらあかん!」

 と考え始めていたタイミングだった。
 夜な夜なクラブ通いをし、コンサートへ行きまくり、大好きな音楽を聞いているのは、たまらなく楽しい。
 とはいえ、ヴィザ維持だけのために学校へ行き、雇ってもらえる場所で働く生活は、必ず行き詰る。
 何かを始めなければならない。
 私の場合は学生ヴィザのタイムリミットもある。
 シアトルが正解かどうかはわからない。
 けれども、とりあえず生活できるシカゴにいたら、ズルズル時間が過ぎてしまう、という予感があった。
 今の状況を変えたかったのかもしれない。

「よしっ!行こう!」

 と決めた。
 
 決断したら、シアトルに向ってまっしぐら。🐗
 州を変わるとなると、電気、ケーブル、ガス、銀行、部屋の解約、転校の手続きなど、やることは山盛りだ。
 中でも転校の手続きだけは後回しにできない。
 学校を選択する前に、引越しの日程と、住むエリアを決める必要がある。
 これらはひとりでは決められないので、同居人に相談する。
 
 ところが!!!

 私が前進し始めた途端に、同居人のモチヴェーションはダダ下がっていた。

 なんでーーーっ?!?!
 
 そして、私に与えられた情報は、

 「雪が降る前にシカゴを出る」

 以上だ。

 ・・・大まかにも程がある。
 
 しつこく聞いたところで結果は同じだ。
 シアトルの北でも南でも、どうにでもなりそうな、”シアトル・セントラル・コミュニティー・カレッジ”を選んだ。
 
 無事に転校手続きは終えたけれど、やはり具体的な日程は必要だ。
 電気やガスは直前でもいいけれど、大家さんへの連絡は、そうはいかない。
 シカゴを出たら、しばらく収入がないので、アルバイトはギリギリまで続けたい。

 「引越しの日だけでも決めてくれへん?」

 「雪が降る前って言うたら、11月半ばまでに引越しやん。
 それ以上のことはわからん!」

 ・・・くっそーっ・・・なんで機嫌が悪いねんーーーっ!!!

 とはいえ、答えてもらえないのだから仕方がない。
 11月半ばを目指して準備をした。
 そんなある日、同居人が嬉しそうに言った。
 
 「B.L.U.E.Sでジミーが年越しライブするねん。ひとり5百ドル。このギグを逃すのはもったいないで。
 引越しは、年明けてからにする?」

 「・・・ぐううぉーーーっ!!ええかげんにしろーーー!!」

 私もジミーの年越しライブは見たい。
 けれども、今回はそれどころではないことが、なぜわからーーーん!!

 ・・・とはいえ、彼は私じゃない。
 私が彼を理解できないように、彼も私を理解できない。

 こうなったら、私だけでも、引越しを楽しもう!💪💪💪

 引越しの唯一の楽しみは、シアトルの気候だ。
 一度くらい、温暖なウェストコーストに住むのも悪くはない。
 冬は寒く、夏は蒸し暑いシカゴから、爽やかでピカピカのお天気のシアトルに引越しだーい🌞
 
 ところが!

 引越しの手続きで役所を訪れた際、温暖で、明るいシアトルのイメージは崩壊した。
 順番待ちの間、おしゃべりをしていた黒人のおじさんが言った。

 「シアトルみたいに雨ばっかり降ってる街なんか、住みたくないわ」

 「えーーーっ!シアトルって雨が多いの?」

 「そうやで。知らんかったん?」

 「・・・初耳です・・・」

 シアトルは、花が咲き乱れて美しい街じゃないの???
 大急ぎで帰宅し、調べてみると、シアトルには雨季があり、10月から6月までずーっと雨だと書かれていた。

真実を知った瞬間

 こんなの裏切りだーーー!!!

 ウェストコーストに興味がなかった私は、西海岸は北から南まで、カリフォルニア州のような気がしていた。
 そして、カリフォルニア州といえばロスアンジェルス。
 年中暖かく、湿気もなく、爽やかな、地中海性気候だ。
 そういえば、ワシントン州については、最近調べたばかりだ。
 ワシントン州はカリフォルニア州ではないことも、ウェストコーストにはオレゴン州があることも知っている。
 なんで、全部カリフォルニア州になってたんだ?
 
 えーーーん、何を楽しみに引越しすればいいんだぁ!!!

 悲観に暮れながらアルバイトを終了し、友人に別れを告げた。
 11月半ばになり、電気もガスも解約したけれど、出発する気配はない。
 
 どうなるのかなぁ・・・。

 真っ暗な部屋で、ぼーんやりする日が続いた。
 ある夜、これまでずっと不機嫌だった同居人が、ニコニコ笑顔で帰ってきた。

 「チコにだけシアトルへ行くこと言うてきてん。今から出るぞ!」

 ・・・夜逃げみたい。

 とはいえ、ここで文句を言ってもいいことはない。
 大家さんに部屋を出ることを伝え、荷物を運び出し、バタバタと車に乗り込んだ。

 「シアトルが嫌いやったら、戻ってきたらええやん。
 ヴィザが維持できへんかったら結婚したらいいし。
 結婚がうまく行かんかったら、それはそれでしゃーない。
 お前が日本に帰らんでええようにだけはするから」

 優しい声で彼が言った。
 その言葉が有難いのか、有難くないのか、現時点ではよくわからない。

 それでも、彼の不機嫌の要因は理解できた。
 ”シアトルで仕事があるのか?”
 ”学生の私は学費を払えるのか?”
 ”万が一、日本に帰る羽目になったら、どうやって責任を取ろうか?”
 彼は、ずっと考えていたに違いない。

 ”どうにかなる”と思って、これまで生きてこれた私は、一度決断したら猪突猛進。
 一方、この国で黒人として生まれた彼は、”どうにかなる”人生ではなかったはずだ。 
 千思万考、シアトル引越しによる危機回避のために、あらゆる可能性を想定している横で、私はぶんぶん突き進んでいる。
 ストレスで機嫌が悪くなるのも当然だ。


 ハイウェイに入ると、ダウンタウンの美しい夜景が見渡せた。
 
 ・・・やっぱり行きたくな~い!
 
 と思ったけれど、嫌なら戻ってこれるらしい。

 ・・・ま、いいか。
 
 ばいばいシカゴ~!!!
 絶対に戻ってくるからなー😁

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