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【第11話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2
ドラッグゲーム
前回の話はこちらです。
⇩ ⇩ ⇩
シスコは、彼のステップ・ブラザーだ。
パパのお葬式の半年ほど前の話だ。
アルバイトを終えて帰宅すると、ダンナが言った。
「さっきまで弟と電話で話しててん。
あいつユタにおるねんて。
全然知らんかったわ。なんでユタなんやろ?」
ユタで暮らしていること以前に、弟の存在を知らなかった。
「弟おるんやー」
「せやで。俺のダディーの子供」
相変わらず、互いのことを知らない、夫婦の会話を交わした。
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「シスコは悪いでー。
俺も悪かったけど、あいつはホンマに悪い。
彼に比べたら、俺なんてすっごい真面目なええ子やで。
シスコは刑務所を行ったり来たりしてるねん。
最後に会ったのは随分前やなぁ」
その日以降、シスコから時々電話がかかるようになった。
「仕事もしてないのに携帯なんかいらん」
ダンナは携帯を持っていなかったので、家の電話にかかってくる。
彼が留守の時は私が出る。
「お・・・すっごい悪い人だ・・・」
ちょっとだけ思うけれど、シスコは私に優しかった。
一度だけ、私の発音が通じなかったとき、怖いシスコがちらりと顔を出したけれど、ダンナのそれより優しかった。
ダンナは、パパのお葬式で、久しぶりにシスコに会った。
帰って来たダンナが言った。
「あいつ、葬式終わった途端に消えてん。
絶対ドラッグ探しに行ってんで。
俺に怒られるから連絡してこえへんねんで。あのアホが。
帽子も前後逆にかぶってたから、かぶりなおさせてん。
金も一銭も持ってなくて、俺がチキン奢ったってんで。
絶対、あいつはええ状態じゃない」
帽子のかぶり方には理由がある。
帽子を前後反対にかぶるのはギャングのかぶり方だ。
その上、帽子やバンダナが、青や赤のギャングカラーであれば、ギャングと思われても仕方がない。
ダンナはいつも、白、グレイ、ブラウンといった地味な色の服しか着ない。
お洒落な彼が、なんでこの色を選んだのかな?と出会った当初は思うこともあったけれど、シューティングやトラブルに巻き込まれないためだと知って納得した。
彼は、私がギャングカラーを身につけることも許さない。
「それ、脱げ」
のひとことだ。
「こんなハッピーフェイスのギャングはおらんやろー!」
と思うけれど、青や赤以外の色もあるのに、青や赤を着て殺されたら、確かにバカみたいだ。
それでも時々、青い色を身につけている黒人はいる。
気にしていないのか、時間と場所を選んで、警戒しながら着ているのか、どちらかはわからない。
たった一度のミステイクで命を落とすこと、それが自分に起こり得ると受け止めているかどうか、その人の経験値や性格によっても違うだろう。
2013年、シカゴの若手ブルース・ミュージシャン、エリック”ギター”デイヴィスが、サウスサイドのシューティングの被害者になった。
「あいつ、いつも青いバンダナしてたから。
あんな恰好でサウスに行ったら、ギャングに間違われてもしゃーない。
行ったらあかん時間に、行ったらあかん場所に、行ったらあかん恰好でおったんやろ」
とダンナが言った。
エリックが、無差別のシューティングに巻き込まれたのか、ギャングに間違われたのかはわからない。
けれどもアメリカでは、非常に高い確率で殺される場所があり、それを極力避けるためのルールもある。
回避可能だったかもしれないシューティングに、若いエリックが巻き込まれたことが、残念で仕方ない様子だった。
ギャングのこと、黒人の環境、危険回避のルールについては、ダンナの話以外に、映画、ドラマ、本から学ぶことが多かった。
2010年、ニューヨークタイムスでベストセラーになった、ジ・アザー・ウェス・ムーア(The Other Wes Moore)は、私の中ではヒットだった。
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著者のウェス・ムーアが、同姓同名でジェイルに入っている男の存在を知り、真逆の人生に興味を持つ。
どちらも黒人、どちらもゲトーで育った。
それにも関わらず、著者は、ローズ奨学生(オックスフォード大学の大学院生に与えられる奨学金制度)、軍で士官を務め、ホワイトハウスの職員になった。
もう一方のウェス・ムーアは、ドラッグディーラー、窃盗、殺人でジェイルにいる。
ネガティヴな環境に取り囲まれている黒人の環境は、ほんの小さな判断ミスで、命に関わる危険にさらされる。
子供から大人へと移行していくタイミングで、両親、保護者、子供たちが関わる人間、若者を育てる組織の存在は重要だと著者は言う。
似たような環境だったけれど、著者のパパは病気で亡くなり、他方は息子を捨てた。
パパに捨てられたムーアは、ドラッグ売買に手を出した。
ある時、更生を決意したけれど、一度犯罪を冒した黒人に仕事はない。
貧困に勝てず、弟の仲間とともに、ジュエリーストアへ窃盗に入る。
この時、弟が警察官を射殺し、犯罪を冒した4人全員に対し、殺人罪が下った。
一方、パパが不在の家庭で、著者も犯罪の道へ進みかけたことがあった。
この時、ママは親戚中からお金をかき集め、全寮制の、厳しいミリタリー・アカデミーに息子を送り込んだ。
ママの素早い判断と、協力してくれる親戚がいたおかげで、彼は引き返すことができた。
ゲトーで育った著者が、ゲトーを歩くときのルールを記載していた。
1.絶対に人の目を見ない。
2.絶対に笑いかけない(タフに見えないので)。
3.誰かが何かを言ってきても、無視して歩き続ける。
4.お金はフロントポケットに入れる。絶対にバックポケットには入れない。
5.どこにドラッグ・ディーラーがいて、どこにドラッグを買う人間がいるかを把握しておく。
6.常に、どこに警官がいるか知っておく。
もちろん、ギャングカラーについても記載されていた。
この知識が必要かどうかは別にして、テレビや映画を観ているときに、「おっ、これか!」と思うことはあるかもしれない。
私は、これを読んだとき、
「おーーー!ダンナが歩く時とおんなじだ!」
と思った。
シアトルに来てからは、もう少しリラックスして歩いているけれど、相変わらず周囲に目を光らせ、時々後ろを振り返り、危険が迫っていないか確認しながら歩いている。
ドラッグゲームについても書かれていた。
「ゲトーで金を稼ぐ一番早い方法はドラッグ売買に関わることだ。
このゲームに学歴は関係ない。
必要なものはガッツと、継続的な恐怖にさいなまれながら生きる精神力のみ。
そして、このゲームでいかなるポジションに就こうとも、ある時期がくれば、必ず牢屋に入るか、殺される」
ダンナが子供の頃、ダイアの指輪をいっぱい指につけたギャングが、遊んでいる子供たちに近付いてきたそうだ。
「お前らもこんなジュエリーが欲しいか?金欲しいか?」
ドラッグ・ゲームに参加するかどうか、人生の分岐点だ。
参加した子供たちは、運び屋や、ポリスが来た時にサインを出すポジションを得る。
このゲームの恐ろしさは、一旦参加すると、ほとんどの場合、抜け出すことができないことだ。
コメディアンのクリス・ロックの少年時代をドラマ化した「エブリバディー・ヘイツ・クリス」というコメディー・ドラマがある。
クリスが補導されて、家に連れ戻されると、母親は警察官に聞く。
「この子、ドラッグ売りました?」
警察官が、
「ノー」
と答えると、
「それならええわ。入ってよし」
とクリスを家に入れる。
ゲトーの親は、子供がこのゲームにさえ手を出さなければOK、逆に手を出した時点で、ある種の覚悟を決めるのかもしれない。
”ジ・アザー・ウェス・ムーア”を読んだとき、ダンナとシスコのことを考えた。
ダンナの人生を他の人と比べることはできない。
ひとつだけわかることは、彼はゲームに関わらず、危険な環境の中を、今日まで生き抜いた。
プロジェクトで暮らしていた時は、常に死の可能性を感じていたはずだ。
そのことに気付いたのは、カウチで眠っている彼を起こしたときだ。
彼は一瞬にしてボクシングの構えをした。
知らない間に、彼の背後に立つことも、彼を異常に緊張させる。
起こす時も、部屋に入る時も、少し離れたところから、音を立てながら近付くようにしている。
シスコは、ダンナの家からワンブロック離れた場所で育った。
シスコが通った小学校は、ダンナが通ったそれとは随分違い、治安の悪い子供たちが来る学校だった。
その環境だけが原因だとは思わないけれど シスコはゲームに関わり、牢屋を出たり入ったりの人生になった。
パパのお葬式から数週間後、2010年12月23日、シスコはドラッグ売買のトラブルから、頭を撃たれて亡くなった。
シカゴでシスコを見たとき、覚悟とまではいかずとも、ダンナは、なにか起こる可能性を感じていたのかもしれない。
どんなに覚悟ができていても、弟を失くした悲しみは変わらない。
黒人が、黒人の子供たちをドラッグゲームに巻き込むこと、黒人同士が殺し合うことに対し、家族や友人の死に、その根底にある理不尽な差別に対し、ダンナの心の中は悲しみと怒りでいっぱいだ。
シスコはこの国がつくりあげた、人種差別の犠牲者のひとりだ。
私たち日本人が知っている黒人は、この国で成功した、もしくは中流レベルの生活ができている、ほんのひと握りだ。
人生に希望を持てず、生きるためだけに生きている黒人は、まだまだたくさんいる。
彼らの環境を変える力は、私にはない。
けれどもドラッグゲームから子供たちが救われ、彼らが母国で安心して眠れる日が、1日も早く来ることを、強く強く願っている。
最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!