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そのふたり! 洗心亭マスター長谷川正さん

岳温泉 ハンソデ

こんにちは!地域おこし協力隊のハンソデです。

岳民二人目は、長谷川酒店の店主で居酒屋洗心亭のマスターでもある長谷川正さんにインタビューさせていただきました。今や押しも押されもしない(元々してたっけ?)、岳にあるディープな居酒屋洗心亭のマスターとして、今日も正さんはDAKE-MINだ。おし、二人でレッツGO!

少し奥まったとこにある洗心亭。味わいのある佇まいだ。


スキーに熱中した若かりし頃


正さんは岳生まれの岳育ちですが、子供の頃はどんなことをして遊んでいたんですか?

「ビー玉やパッタ(メンコ遊び)をして遊んでいたね。パッタは風圧で逃げないようにこう片側に足を置いて(と、机の上で手でやって見せてくれた)。中学生になってからは、冬は本格的にスキーを始めたから、帰ってくるとトレーニング。日曜日祭日もトレーニング。ちゃんとコーチもいて下の岳公園グラウンドから県民の森近くの橋のところまで行ってきたりね。」


「高校一年生の頃だったかな、東京オリンピックの聖火ランナーをやったんだよ。俺だけじゃなくて安一くん(元・陽日の郷 あずま館社長)やのぼるくん(恵美寿屋さんの次雄さんのお兄さん)とかも。」

矢印のあるところに正さんが!
矢印のあるところに正さんその2!


「俺はスキー選手として活躍している先輩がいて、選手やってくんだったらうちの会社どうだって誘われたのが始まりで。そこで長く勤めてたんだけど、手に職をつけないとダメだなという気がしたから、ホテルの調理場で洋食を担当してたんだ。今とは全然関係ないけどね。」

「スキー選手として47歳まで現役だった。今のスキー場の<奥岳の湯>の建ってたあたりに<あだたら温泉ヒュッテ>っていうのがあった。そこで食事もできて、仲間でスキー合宿をやってた。
今でもスキー学校で教えてるよ。恵美寿屋の次雄さんも教えてる。」

湯守りもされていたそうですが、どんなきっかけで?
「春から秋までは山ガイドをやってた。林間学校の子供たちの引率が主だったな。震災の後から5、6年手伝ったけど、夜の居酒屋がメインだからとても持たなかった。」

そうなのだ。実は洗心亭はほぼ365日休みなく営業している。その気合いというか今日も店を開けるぞ!という心意気はどこから出てくるんですか?

「お客さんが岳の夕食でどこもやってないとガッカリしちゃうから開けてる。岳温泉でどこもやってないっていうともうそのお客さんは来なくなっちゃうんだよ。温泉場だからどっかしら空いてるだろうと思って来るんだから。そんなことがないように毎日開けてるんだ。
開けるのが夜8時っていうのは少し遅いから、不思議がられることもあるんけど、昔は旅館の宴会が始まるのが6時だった。そうすると飲み食いして終わるのが二時間後。コンパニオンが、芸者さんがお客さんを連れて外を出歩くのが8時だったんだよ。その頃はみんな浴衣で下駄でさ、カランコロンカランコロンって、「あ、お客が来たぞ!」ってなったんだよね。」

何よりもお客さんのことを思う心意気はすごいと思った。
8時からの営業は昔の旅館に合わせていた名残りだったんですね。昔の岳温泉を自分も除いて見たい気がした。セピアカラーの中で、坂にカランコロンと響いて、浴衣の人たちが楽しそうに歩いているのが想像されて楽しい。

暮れかかる頃合いに、お店の前にて


洗心亭マスターとスキー選手の二足の草鞋


今や岳にあるディープな居酒屋として有名だが、そもそも洗心亭はいつからやっているんですか?

「27歳の頃に岳に帰ってきてあちこちでアルバイトをしてた。安一くんが修行の後に岳に帰ってきて、あづま館を継いだ頃だった。それでうちの店空いてるからやってもらんねぇべかと誘いを受けて、あづま館の中でテナントで始めたんだ。その時についてた名前が「洗心亭」だった。その後あづま館が建て直しになるときに、自宅に居酒屋を移してそのまま名前を貰った。もう40数年経つかな。」


洗心亭ならではのメニューはどんなものがあったんですか?ヘビや雀も出していたと聞いたことがあります。

「スズメは毛が取られた状態で送られてきて、それを料理する。串に刺したのを熱燗に入れてみたりね。トカゲ酒もあったよ。ニシキヘビもあって、でっかいやつ。皮剥いて自分で切って串に刺してたんだ。それにしてもスズメは惜しいな〜。今でもお客さんに「マスターやってねぇのかい今は〜」「手に入んないんですよ」ってね(一同笑)。そういったのは独学もあるし来るお客さんに教えてもらったりしてだんだんメニューが増えていったんだよ。」


ニコニコ共和国の国境は、俺が守る!

当時の洗心亭の盛況ぶりはどうでしたか?

「ニコニコ共和国が始まった当初に、洗心亭がオープンしたんだよ。だから当時のパスポートには洗心亭は載ってない。当時は国境警備隊長をしてて、ジープを乗り回してた。制服もまだあるしね。ニコニコ共和国で忙しい時だったから、店どころじゃなかったかもしれない。」

ニコニコ共和国等時の名刺を見せてくれた

「衣装は凝ってたんだ。帽子はその人その人で違ってて、保安官ならテンガロンハットとかね。俺は国境警備隊長として、ヘルメットを銀色に塗って被ってた。制服はブルーで。白いベルトで。ジープに乗るときはヘルメット。そこで今のコインランドリーの下あたりに検問所を作って車を止めて、パスポート売ってた(笑)。来る車は全部止めてたけど、それでもお客さんが来んだから、ニコニコ共和国やってるって。だからバスなんかだと何冊も売れる。ないと入れねぇし、保安官(大内次雄さん)もいるから。
この前の仮装盆踊りのときに誰か昔の制服引っ張り出してきて着るかな〜と思ったけど(笑)」

制服を実際に見せてもらった。きちんとビニールに包まれて、なんだか博物館の資料のように大切に保存されていた。コバルトブルーでかっこいい!本物の警察みたいだった。


正さんにとっての岳


正さんは今年で73歳ですが、今でもとてもスキーをされたりとエネルギッシュに活躍されていますね。その秘訣ってありますか?

「動くの好きなんだ!家にぼ〜としてるのはダメなんだ。2、3日前は安達太良山の塩沢登山口や県民の森登山口に行って、草刈りをさせていただいたよ。」

動かないと嫌だなあというのは私ハンソデも感じることなので、非常に共感できた。
しかも「草刈りさせていただいている」という謙虚な姿勢で山の整備にも参加されている。以前別な登山整備の方々と関わったことがあるが、その人たちも謙虚な姿勢で関わっていた。そういった姿勢は山に対する畏敬の念があってこそだと感じた。尊いです。

P.S. 実はニコニコ共和国国立スキー学校の指導員もされていた!


・岳のいいところや岳の自慢
「やっぱり温泉だね。温泉に関しては自信持って日本一だと思うね。それでその話をする時に「湯守りをちょっとやってたことがあんです」っていうと余計に話がはずんだり。なんでもやってみることで人に聞かれた時に答えられるし、その経験を人に話せて良かったなと思うよ。」

・岳のお気に入りスポット
「夏は登山(安達太良山)、冬はスキー(スキー場)。」

正さんとハンソデ(次はバンちゃんを撮ってあげようと思います)


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