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レオとノーラ 9

     5(承前)

 車に戻ろうとふり返った時、ふと空の一点がピカッと光ったように見えた。同時に、キンという、耳の奥に直接ささるようなイヤな音を感じる。
 何かが飛んでいる? 飛行機ほど高くないあたりで、確かに「それ」は光ったような気がした。
 監視カメラからジロジロ見られているような、イヤな胸騒ぎを感じたけれど、きっと気のせいだろうと、無理に忘れることにする。
「あれ??」
 エンジンが止まっているはずのノーラが、バックのままで、ゆっくりと出口の方に動き出している。
「なんで? まあちゃん! 動いてるよ!」
 気づいていないのか、フロントガラスから見えるまさるは、まだハンドルに突っ伏したままである。このままでは道路に飛び出して、他の車とぶつかってしまう。
「まあちゃ〜ん!!」
 駐車場の入り口から、すらっと背の高い男性が現れる。勝手に動いている赤い車を見て、ちょっと驚いた顔をするも、すぐに事態に気づいて両手で動きを止めて、安全な場所までなんなく押し戻してしまう。
「おい、お前!」
 男性はコツコツと窓ガラスを指でたたきながら、運転席のまさるに声をかける。
「は、はいっ?」
「サイドブレーキ引いてねえだろ? 何ぼんやりしてやんのか知らねえが、道路に飛び出しちまうとこだったぞ!」
「サイドブレーキ?」
「知らねえのか?! 左下のバーだよ!」
 まさるはあたふたしたあげくに太ももの横のバーを発見し、ギッと上に引きあげる。
「お前、ちょっと表に出ろ!」
 迫力のある男性の大声に、反抗などできるはずもなく、塩をふったナメクジみたいに溶けかけの状態で、まさるは運転席から出てくる。
「さっき運転してやがったのはお前か?」
「は、はい……」ゆうに10秒は眼を泳がせてから、まさるは消え入りそうな声で返事をする。
「もしかして、お前、無免許か?」
「……はい」
「バッキャロー!! 何考えてやんだ!!」
 手を出しこそしないものの、男性の怒鳴り声は全身がビリビリしびれるくらい迫力があった。
「ごめんなさい! ぼくが無理にたのんだんです。まあちゃんは悪くないんです」
 勇気をふりしぼって、シュンはまさるの横に並ぶ。
「ふん、ガキどもの悪巧みにしては度が過ぎてる。えらくフラついてる車がいたから、何かトラブルじゃないかって見にきたら、こんな事だったのか」男性は、ちょっとつり上がった眼で二人をギヌリとにらみ付ける。
「お前らが勝手に運転して、勝手に事故るぶんには良いさ。でもな、もし他の人を巻き込んだらどうする? お前らの無責任な行動で、他の人の命を奪うことになったら、お前らどうするつもりなんだ?! いいか、車っていうのは、凶器にもなりうる。使い方によっては、お前らや、他の人の大切な生命を、奪うことになっちまう。それが分からねえ奴らは絶対に運転なんかしちゃならねえんだ!」
「ご、ごめんなさあい……」
 真正面から怒鳴り声を浴びていたまさるは、ついにさめざめと泣き出してしまう。全然悪くないどころか被害者なのに、怒鳴りまくられているまあちゃんの姿を見て、シュンは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。後でどうやって謝ろうか……。
「男がメソメソ泣くんじゃねえ! みっともねえ」
「ごめんなさあい」
「男がすぐあやまるな!」
「ごめ……うえっぷ……」
「あれ?」男性の声に聞き覚えがあるような気がしたシュンは、彼の顔を見て思い出す。
「源太郎さん?」
「ん? を、お前は……」と、男性の方も面白そうに鋭い眉を上げる。「うちによく来てる子か」
 いつもと違う格好なので気付くのが遅れたが、男性はカート場の整備士、源太郎だった。
  

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