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[小説] エンドロール

 「付き合ってください」
 ピィちゃんは顔を顰めた。目の前で頭を下げて手を伸ばす男子学生の姿を、ここ一ヶ月、毎日見ていた。
 「ごめんなさい」
 ピィちゃんは綺麗に整った眉毛をへの字形に曲げて言った。
 「そうとは言わずに」
 彼は引き下がらずに、むしろ、腕をよりピンと張った。
 ピィちゃんは腕を組んで、膝を曲げ、左足のつま先をタンタンと上下に上げて、苛立ちを示した。学校の誰にも見せたことがない姿だった。
 「何度も何度もしつこいの。ずっと断ってるのになんでそんなに諦めないわけ?」
 ピィちゃんは声を高く響かせ、早口で言った。
 彼はそんなピィちゃんの様子に動じることなく、落ち着いた口調で言った。
 「もし、断られたら、今まであなたに関わってきた時間だけ、あなたが不幸になる」
 ピィちゃんから彼の表情は見えなかった。しかし、その言葉から真剣さが伝わった。
 「もし僕があなたと付き合えなかったら、あなたは好きでもない人に一ヶ月間告白されたことになる」
 「そうよ、その通りだわ」
 「だから、僕は諦めてはいけないんだ。あなたは僕の好きな人だから、幸せになって欲しい。どうか、僕のことを好きになって欲しい」
 「バカみたい」
 ピィちゃんはスカートを翻して踵を返した。男子学生はその日、学校が終わるまで腕を伸ばしたまま頭を下げていた。
 
 翌朝、ピィちゃんが学校に登校すると、靴箱に手紙が入っていた。
 それは毎度見慣れた白い無地のもので、大して驚きもしなかった。このまま無視してやろうか、と思ったが、ピィちゃんは根っからの優しい人で、告白の手紙を無視して帰れる人ではなかった。
 どうせ断るのだから帰っちゃえばいいのに。ピィちゃんはそんな自分に苛立ち、ここ一ヶ月間の溜め込んでいた感情が溢れ出して、怒りに変わった。
 放課後、体育館裏に来たピィちゃんは、彼の姿を認めると、早足で詰め寄って言い放った。
 「あんた、映画は好き?」

 エンドロールが流れる。下から上に白い文字が次々に浮かび上がっていく。
 「でましょうか」
 そう伝えると彼は戸惑っていた。彼はどうやらエンドロールを最後まで見るらしい。
 「あ、そう」
 ピィちゃんは一度浮かしていた腰をもう一度座席につけて、フンと鼻を鳴らした。余命宣告された彼女が死んでいった。それを見て彼氏が泣いていた、ただそれだけの話。宇宙人は攻めてこないし、未曾有の災害は起きないし、彼女の秘められた能力は開花しなかった。
 途中、彼氏が彼女に別れの言葉を述べるとき、そばを啜るような音が隣からして、横を向くと、彼が涙と鼻水を滝のように流していた。
 エンドロールと彼を待つのがバカらしくなった。
 「じゃあ、私帰るから」
 「え」
 ピィちゃんは席を立ち、映画館を後にした。
 翌日、靴箱に見慣れた封筒が入っていた。 
 ピィちゃんはそれを手に取ると、一直線にトイレに駆け込んで、ビリビリに裂いて便器に流した。 


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