第23回『本場・歌舞伎町からやってきた元ヤンホストの狂夜』

うぃす! 大阪男塾の塾長です。

2004年、僕は勤めていたホストクラブで集団無視されるというイジメに遭ってました。

ほとんどの人間は「タクマ(※僕の源氏名)とは、絶対しゃべるな」と示し合わせてましたが、数人だけ僕と仲良くしてくれた、いい奴らがいたんすね。

今回紹介するのは、その中のひとりっす。

そいつの名前は狂夜きょうや

僕の勤務先はミナミのホストクラブだったんで、関西人が多く関西弁が飛び交ってたんすけど、狂夜は珍しく東京弁。

彼はホストクラブの本場、歌舞伎町から大阪へ拠点を移すという、珍しいパターン。

大阪のホストクラブから歌舞伎町へというのは、結構あるんすけどね。

狂夜のビジュアルは、いつもダブルのスーツでばっちり決めてる古風なホスト。

ヘアスタイルはロン毛。元ヤンだけあってイケイケのオラオラ営業スタイル。

僕はやんちゃなヤツと気が合うので「こいつ、おもろいやん!」って、すぐ意気投合したっす。

年齢はそんな変わんないんすけど、僕のことを「タクマさん、タクマさん」と慕ってくれました。

当時は、本当によく一緒にいたっすね。

歌舞伎町って日本で一番ホストクラブの多い街なんすよ。

日本のホストで頂点を目指してるヤツは、地方から上京し歌舞伎町で勝負を挑むんすね。

「歌舞伎町のホストって、どんなもんやろか?」と興味津々だったんすけど、狂夜はすぐ売上ナンバー1になりました。
彼はそれくらい実力のあるヤツなんすよ。

何もなかったらずっと歌舞伎町にいたと思うんすけど、多分何か理由があって歌舞伎町で働けなくなって、大阪へ来たはずなんすよね。

しかもホームページ顔出しNG。

つまり、わけありなんすよ。

無神経な僕は
「なあ、お前歌舞伎町でやらかしたやろ?」
と執拗に聞き出そうとしたんすけど、

「ななナな、な、何もな、ないっすよ、た、タクマさん。。。」

と絶対口割ることはなかったんで、
「こいつガチでなんかやらかしたんや。」
と確信しました。

狂夜はそこまでイケメンじゃないんすけど、ナルシストで声が志村けんそっくり。

ぶっちゃけ僕はシムケンって呼んでました。

緊張と緩和じゃないっすけど、そこも抜けた感じで面白かったっす。

感情の起伏が激しい狂夜は、よくお客さんの女の子とケンカするんすね。

狂夜のキレてる様子がまるっきりコントだったので、僕は止めるふりをして余計に煽ってました。

大阪の人が激怒したら「ふざけんな!」って言うじゃないすか?

東京はそういうとき使う言葉が「ふざけろよ!」なんすよ。

僕は悪ノリが大好きなんで、狂夜に理不尽にキレられてる女の子を煽って、ふざけさせるんすね。

やっぱお客さんも関西人なんで、ノリがわかってるんすよ。

すると狂夜は「おまえ『ふざけろ』って言ってんだろ。何ふざけてんだよ」と余計怒る、女の子は「あんたが『ふざけろ』言うから、ふざけたんやんか?」、狂夜は「だからオメー、『ふざけろ』ってマジで!ムカつくなぁ、あーもう、なんなんだよお前はよー」っていうふざけろふざけるエンドレスは爆笑もんでした。

僕が狂夜を好きだったのが、一本筋が通ってるんすよ。

中には軸のない行動をとるホストもいるんすけど、アイツはどんなときも自分をしっかり貫いてましたね。

そしてやっぱり売れるホストほど、ストイックっす。

いつ会っても女の子を連れていて、常に仕事モードって感じだったっすね。

負けず嫌いの僕は「こいつに負けたくない!」と狂夜をライバル視し、切磋琢磨してました。

そして元歌舞伎町No.1の狂夜は後輩やけどホスト歴の浅い僕に「どうすればNo.1になれるのか?」や「歌舞伎町の最先端の知識や営業時間外の使い方、お客さんとの駆け引きのやり方」などを教えてくれて、どっちかっていうと育ててもらいました。

そのおかげで僕のホストレベルがグンと上がったんすよね。

自分がレベルアップするには、自分にないものを持っている人間が近くにいることが大事なんすね。

僕と狂夜と仲の良かった秀吉ってホストがいるんすけど、三羽烏って感じでよく遊んでました。

次回は狂夜にも負けない強烈な個性の持ち主、秀吉について書くっすね。

最後まで読んでもらって、あざしたぁ!!

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