てんでんこ

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本、絵本、おもちゃ、子育て支援を中心に、カフェも併設。〝てんでんこ〟精神で励まし合い、育ち合う場所を目指し、静岡県川根本町で活動中‼️ 詳しくはホームページ https://tendenco6.webnode.jp ツイッターとインスタもやってます。 どうぞよろしくお願いします。

マガジン

  • 室井光広日録

    川口好美が作家室井光広の日録をちょっとずつ読んだ記録。ただそれだけ。

  • 室井光広アーカイブ

    作家室井光広さんの単行本未収録の短い文章等についての記録です。

最近の記事

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これからのイベントまとめました!

    • 室井光広日録(26)

      2006.1月29日(日)晴。戊午 旧暦元日。 モノガタリ性の夢。のほほんとして、マツリを挙行。50男のヨミカエリ。 眼精ひろうによる頭痛。 座業による畑作。芭蕉ー柳田的な<座>の文芸のうけ取り直しを、座って書く孤絶の作業によって。 四月からの講座「外国文学の探究」でゲーテ『ファウスト』を、「詩論と詩」でボードレール『悪の華』を、翻訳で(!)精読(の予定とする)。我田引水ならぬ我畑放火。カノをおこす。けっきょく、じぶんのやりたいことした考えてないんじゃないの、という声。 ベ

      • 室井光広日録(25)

        2006.1月28日(土)晴。丁巳 多和田葉子氏の登場する夢。彼女がますます輝く文人となることを祝ぐ。 M・Pと柳田。転向ではなく。「と」の橋を渡る。 頭が悪いことの受け取り直し。哲学者・思想家のように歴史を描破できない。ゲーテは、歴史を、あくまで「偉大な個人」のソレとしてしか把捉できなかったとベンヤミン。 ソレデヨイのではないか、という居直り。 結局、イワシの信心も、人間=「個人」探究を通してしか接続できなかった。 M・P論、柳田論――凡庸なる(ゲーテの)書生の方法。

        • 室井光広日録(24)

          2006.1月27日(金)くもり、晴。丙辰 入眠が少し苦しいものの、眠りは以前とは雲泥の差。 海・山の間を考えるだけで心身がかるくなる。 陽当りも良いようだ。築三十年近い古屋はまったく苦にならない。縄文タテ穴住居の現代版のような家に生まれ育ったイワシなれば。 M・P稿第四回のワープロ出力稿を見直す。ベンヤミンのゲーテ論を畑作(ノート)しつつ再読。以前は、何も読みとっていなかったにひとしい、という思い。天才たちの著作は読み返す度、凡愚にいつもそう感じさせる。それがまた、カフ

        これからのイベントまとめました!

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        • 室井光広日録
          26本
        • 室井光広アーカイブ
          3本

        記事

          室井光広日録(23)

          2006.1月25日(水)くもり、晴。甲寅 西行の<しぎたつ沢…>で暮せることが奇跡のように思える。海まで徒歩5~6分! 海・山のあいだで、けんめいに仕事にうちこむ。希望はそれしかない。東北に帰れず、南島にも…。大磯に新しい畑を作る。わがバルベックとなるか。 南島では、畑のことをハタスというところもあるという。ねがいとゆめをハタス場所。畑作人=バウアー。 母に仕送り。タマオクリ。 小林秀雄のドストエフスキー(中絶)から宣長讃へのコース(と、同じになってしまうのか…)。M・

          室井光広日録(23)

          室井光広日録(22)

          2006.1月23日(月)くもり、晴。壬子 時代の終り――を告知するふうの夢。 もう、ムリな交わりをする必要がなくなったという安堵感。 腰痛、快方へ。足先の冷たさ。あれほど熱かった身体の先端が、今では…。 F・Kの『断食芸人』再読。 <この数十年のあいだに、断食芸人の人気はすっかりがた落ちになった。> 千葉一幹氏に、三作(『変身』「父の気がかり」『審判』)に決定した旨のハガキを書く。立春前にこの仕事を終えられないか。 『三田文学』会費を(はじめて正式会員に!)払う。 絶縁

          室井光広日録(22)

          室井光広日録(21)

          2006.1月21日(土)雪。庚戌 磯もとどろに寄する波…しぎたつ沢の秋の夕暮を思う夢(うつつ)。雪ふりしきる朝。 胸クソわるくなる学者たちの柳田批判にも、がまんしてひと通りは眼を通す。 知の制度に加担する者たちだけが鋳型…というような、因襲にあらがうというカタチのもう一つのインシュウにまったく気づかぬ者たちのモンキリガタ。内省を口にする彼らに欠けている内省。柳田がもっていた真の革新と内省。 腰をいたわる一日。戌の日にふさわしく。 民俗(学)につんのめっている50男。

          室井光広日録(21)

          室井光広日録(20)

          2006.1月18日(水)くもり、晴。丁未 眠剤をのんで、大山へ。(眠剤ともそろそろ遠ざかろう) この一年、身体の不調で学校を一回も休まず! お百度参り最終回。本日でハムレットをほんとうにさいごまで学生たちと<小屋ヨミ>した。ヨミノクニの行。学生たちに感謝。陰陽師の個人的レッスンにつきあってくれた若者たち…。彼らを愛す。 プール通い一年の後の大山詣で一年。 サナトリウム効果は大きかったと実感する。 Kierkegaardの失笑をかうイワシの信仰(神)について今こそハッキリと

          室井光広日録(20)

          室井光広日録(19)

          2006.1月16日(月)くもり。乙巳 産屋は喪家というエコーのひびく洞穴でねむる夢。 三年後には済(な)ることがあろうという卦を再び聴く。 25年にわたって十干十二支を学習してきたが(イワシが東洋暦占に入門したのは二十代の半ば)アタマがわるく、いまだにその時間・空間のマンダラふう構造への理解ができていない。しかし、日本民俗にしみとおったものもイワシと同じで、アイマイである。 しょせんは俗信――ソレでよい。俗信のかたまりを、ひとつずつ、ほぐす。天皇制にからめとられた陰陽思想

          室井光広日録(19)

          室井光広日録(18)

          2006.1月15日(日)くもり。晴。甲辰 連日の寺子屋づとめ(辻原氏によるありがたい引き廻し)で、又も頭痛。昔とちがい、クスリが効くので、治ると仕事をする他ない。このヤッコぶりも良し。 制度批判を趣味とする気鋭のアカデミシャンたち。(誰よりも制度に守られつづけている者たち) 勲章の類をせせら笑う文芸ジャーナリズムの寵児たち。(文学賞と勲章が五十歩百歩であることに自覚的でない者たち) そのいずれの側からも<無能>のラク印をおされるところに<下ノ畑>を切り拓くこと。 来たる

          室井光広日録(18)

          室井光広日録(17)

          2006.1月14日(土)雨。癸卯 そろそろ物忌が…と考えるうち、沖縄行きもひかえるべきかという思案につつまれる夢。早朝、頭痛トンプク。 方違え――のようにして、大磯の海・山のあいだに仮の庵をむすび、ひたすらあてどない仕事にうちこむべき…という紙神の声。 往復6時間のお百度参り、いよいよフィナーレへ。あと1回で達成。ことほぎことほぎ、昨日同様、辻原氏と歓談。 「文學界」に紹介してくれるというのなら、素直にうけよう。だめになっても、柳田詣での仕事は、必ず何かのかたちでとりかか

          室井光広日録(17)

          室井光広日録(16)

          2006.1月11日(水)くもり、晴。庚子 山参りの行。予定通り、学生たちとハムレットを肉声でよむことができた。あと1回で全篇、了。 脱線話で学生に、十干十二支・陰陽五行について語る。 田中和生氏の永井荷風論(「三田文学」)を車中で読む。「今」「ここ」「私」について、何事かを記しつづける覚悟が。ジャーナリズムからできうる限り身を離して。 井上孝先生がはじめに面倒をみてくれた大磯の不動産屋から連絡があり、さいしょに見に行った物件の大家が、猫と一緒でもよいといってくれているとい

          室井光広日録(16)

          室井光広日録(15)

          2006.1月9日(月)くもり。戊戌 物語性の夢。不安、恐怖があっても、ドラマ仕立て…。ある種の余裕の産物か? 新宿方面から来て、寺子屋のある近傍より、山があらわれる(大山)。それをみるたび、心がふるえる。こうした山信仰(遥拝)の源流も、小文字のjomon世界の中にあった。 吉野裕子説で、はじめてそれを体認。 <蛇は祖霊なので古代日本人は自然物の中では、川にも風にも野にも道にも蛇を体得した。その中でも取分け崇高な祖先神中の祖先神、祖霊中の祖霊が、山の神、大蛇であった。>(

          室井光広日録(15)

          室井光広日録(14)

          2006.1月8日(日)くもり。晴。丁酉 このところの眼の酷使がたたって、又も頭痛。トンプクだより。しかし今はこのクスリしかのんでいない…画期的なこと。プラス方面を思え。 二日休んだM.P稿のつづき。少しでも、休んでしまうと、再開がきつい。毎度おなじみの感覚。 吉野裕子の著書をたてつづけに2~3冊読み、衝撃をうける。jomonにさかのぼる小文字のjapanの民俗の核心にせまるもの。『縄文の記憶』のときに、ちゃんとは読んでいなかった…日本民俗学、歴史学の欠落を埋めるこういう

          室井光広日録(14)

          室井光広日録(13)

          1月5日(木)くもり。甲午 オクライリの常民たちと交わる夢。異和をしのぐ共生の感覚。わるくない。 下仕事。下人。ケの世界へ。 疲れたときには他者にアンマをほどこす。これも、下人の、ミソギとハライ。 学生たちにも、この姿勢で――。 柳田国男ノート2冊目へ。民俗学入門ノート3冊目へ。どんどんハタケをふやせ。 М.P稿も、手を抜くな。アンゴラパンツをはいて、数行でも、満足できるものに向い…。 何を食うか…というより、何を食わないかに心をくだく。サナトリウム健康法。 アルコー

          室井光広日録(13)

          室井光広日録(12)

          2006.1月1日(日)くもり。庚寅 くすりとわらってクスリをやめた――元日。 蓑ひとつだに無きぞかなしき…という歌がひびく夢…。 山野河海にホネをまくような、そのような書き方。本をつくってヤマを誇示(頂上制ハをみとめてもらう)することからひそかに遠ざかり、ヤマをおりつづけることを<書くこと>とする歩み方。 文壇人からも大学人からも遠くはなれた野をめざす…そのためのチカラを与えたまえ、と紙神にねがいたてまつる。元日の、いのり。ヤマと平地のあいだの斜面の「/」をしずかに歩む晩年

          室井光広日録(12)